第35話 最終話

 神崎守の家では、椅子に腰掛ける婆さんが膝にタマを乗せていた。そこに多江ちゃんがお茶を持ってくる。多江ちゃんは守の代わりにここに住んで、二人、いや一人と一匹の面倒をみてくれていた。


「ただいまー」


 そこに仕事を終えたサーラが帰って来て、テレビをつける。テレビの中では、「サウジアラビア出身のコメンテーター」としてアントニオがニュースの解説をしている。


「はぁ。いいご身分。私とは大違い。ねぇ、多江ちゃん。前田商店さ、安月給な割にハードなんだけど?」

「それは仕方ないですよ。だって守さんいないし、アントニオさんも辞めちゃって、淑恵さんも定年を迎えちゃいましたからね。でも、もう少しの辛抱ですよ」

「もうー。そういって何年よー。アイツまだ帰って来ないわけ?」

「そうですねー。そうこうしている間に、私もおばちゃんになっちゃうんですけど。嫌だなー。私もサーラ達みたいにエクートで年取るの遅くしたーい」

「なに、嫌味?ちょっと辞めてよー。こっちは守の代わりで疲れているんだから。」

「えへへっ、すみません。じゃ、私ご飯の準備してきますね」

「ありがとうー!多江ちゃん大好き」

「えへへ」


 こうして、平凡な毎日が過ぎて行く。あのとき一緒に戦った仲間達は散り散りとなり、釈迦や佐久間がどうしているのかはもう分からない。時々、喜一と喜介は「守は戻って来たか?」と山の写真と手紙をくれていた。唯一、ババアはコンビニ店員をしているが。



 神崎守がいなくても日々は巡り、世界は止まることなく変化し続ける。まるで彼を忘れたかのように。だが、それも今日で終わりだ。




 台所の窓から満月を見ていた多江ちゃんの肩を優しく叩く手があった。多江ちゃんは振り返り、肩を叩いた男の姿を見て、少しずつ少しずつ口角を上げていく。


 男は手を挙げた。多江ちゃんは涙を浮かべながら、目一杯の笑顔を浮かべる。




「おかえりなさい」


「ただいま」




fin.

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