第15話 悪化し続ける状況

「あれ?神崎さん帰ってきたんですか?」


 ガラガラと神崎家の戸口を開ける音を聞いて、多江ちゃんは店先と茶の間を隔てる戸を開けた。


「へ?」


 と多江ちゃんは首を傾げた。そこにいたのは、神崎ではなく見知らない松田優作の探偵物語を模したような小柄な男だった。足や腕が長いからこそ許されるその黒スーツの姿は、足の長くないスタイルの悪い男がやると滑稽でしかない。


「ださい…」


 多江ちゃんは心の声を洩らしてしまった。しかし、彼には聞こえなかったのか、とりあえずその男は何も返さずに語り出した。


「どうも。僕は探偵の佐久間零士と言います。今は雇われの身でしてね。あー、神崎守さんはいますか?」

「いませんよ。さっき出掛けちゃいました」

「そうですか。まっ、実はそれはもう知っているんですが」


 そういうと佐久間はよく警察官が所持している拳銃をポケットから取り出して、多江ちゃんに向けて構えた。多江ちゃんも驚きながらなんとなく海外ドラマを想起して、両手をゆっくり挙げた。


「因みに今の『ださい』にめっちゃ傷ついてまーす」


 佐久間は涙を一筋垂らしながら笑った。


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 口論する神崎とサーラを遮るように着信音が鳴った。神崎がポケットから携帯電話を取り出す。


「あっ、電話」

「ちょっと。まだ話の途中なんですけど!」

「知ってるよ!発信番号不明だから今切るところですー!」

「なによ、その言い方は!アンタが思わせぶりなことをするから…」


 一度切ってポケットにしまった電話がまた鳴る。神崎はすぐにまた切った。そして、電源を落とした。



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 佐久間は唖然としていた。何故奴は電話に出ないのだ。こっちは人質を取っているというのに。普通の人間ならこんな場面の電話なら取るに決まってるだろう。そうしないと話が動かないじゃないか。

 そんな佐久間に多江ちゃんが質問する。


「神崎さん、電話に出ませんか?」

「あぁ…」

「まあ、そういうところのある人なんで。お茶でも飲みますか?」

「あっ、コーヒーがいい」

「分かりました。じゃあ、ちょっと淹れてきますね。あっ、何回か頑張ってみてください。そのうち繋がりますよ、きっと。」

「…うん」

「なんだかんだ見捨てられない人ですから」


 笑顔で多江ちゃんは落ち込む佐久間を励まして、台所に向かった。婆さんと落ち込む佐久間は茶の間でただ静かに座っていた。


「はぁ…仕方ない。一応メッセージを送っておこう。『人質を預かった。10分後までに返信しなければ人質は』…」





「『殺す』…っと」


「いやいやー、悪役は辛いねぇ。だが、仕事のためさ」


 佐久間は拳銃の銃口で帽子のふちをあげてみせた。


---


 釈迦由美子子は頭を抱えていて苛立っていた。


「どいつもこいつもどうしてそうなのよっ!」


 中国は上陸と東京における軍事の司令権を中国に譲渡せよと一方的に通知してきた。もし従わない場合は自国防衛のため二時間後にミサイルでの爆撃を始めるという。

 一方米国も負けてはいない。中国の要求も何もかも筒抜けで、故に一時間後を期限に回答を求めてきている。

 中国の要求を拒否すること。日本のシュメールの技術を全ての渡すこと。門の破壊を禁止し、終戦後は研究権を米国が独占すること。それと軍事費を増やす。

 そして、聖ノブリス王朝からの迷い子"第一王子"を探し出して、米国に引き渡すこと。


 火事場泥棒とはまさにこのことだろう。どちらも完全に技術力を独占しようとしているのが丸わかりだった。そして、日本を火の海に包むことも。

 釈迦は頭を抱えながらもインカムに叫ぶ。


「避難はどれほど進んだの!?」

「渋滞と停電でおよそ7%しか人口は減っていません!駅もピストンバスの発車場もすごい列ですが進んでおらず、逆に貧血や将棋倒しなどトラブルが多発しています!」

「こんなの間に合いっこないじゃない。ところで佐久間は!?」

「分かりません!音信不通です」

「あの馬鹿っ…!」


 釈迦はインカムを壁に投げつけた。



---


「少年…」

「ナルミア…」


 口論をするオレとサーラは同時に一人の男の子の姿を見つけた。門の方からマントを旗めかせながら歩いてくるのはナルミアだった。


「見つけたよ、兄さん姉さん」


 そう、この少年とも決着を付けなきゃいけないのだろう。そんな気がした。オレは風に吹かれながら彼を見つめた。

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