『巨人の軌跡』




 リヒトとクラースの快進撃は順調に進んでいた。


 単体戦闘に特化したクラース。

 圧倒的な速さを武器にした神速の抜刀術によって全ての敵を一刀両断してみせるその姿は、紛れもなく強者だ。

 一方、中距離から面制圧を可能とするリヒトという二人の実力は、『位階』を上昇させた『系譜』に名を連ねた冒険者であっても驚愕に値するものである。


 故にこそ、どこか懐疑的な目を向けさせる事にも繋がっていた。


 ネルシア王国、王都冒険者ギルドレストラン。

 その場所でもリヒトとクラースの『ダンジョン配信』は話題となり、レストラン内は多くの観衆でごった返しており、スクリーンに映し出された映像に観衆が沸いている。


 そんな中、一人の男が酒を飲みながら面白くなさそうに、わざわざ周囲に聞こえるような大きさで声をあげた。


「――そもそも『位階』を上げてなかったなんて嘘だろ。あんだけ強いんだ、実は二人とも『位階』が高くて、初心者ルーキーのフリをしているだけに決まってる。ダッセェ真似しやがって」


 自分たちが『系譜』に名を連ねた時は、そんなに強くなかったから。

 周りにそんな強さを持った存在はいなかったから。

 そんな強さを最初から持っているなんて、ずるい・・・

 だから、認めない・・・・。否定したい。


 そうやって湧いてきた幼児のような嫉妬心を、常識的な考えというさも聞き心地の良い言葉で形容して、己にない強さを有する二人を否定する声は、あわよくば同意を求めていて実に浅ましいものだった。

 多くが顔を顰める中、しかし男のような感情を抱いた者は少ないものの確かに存在していたようで、何名かもまたそれに同調するように頷いてみたり、自分もそう思っていたなどと尻馬に乗ってみせる。


 どことなく冷や水を浴びせられたように熱が冷めていくそんな中、最初に声をあげた男へと返ってきたのは、涼やかな女の声だった。

 

「――聞くに堪えないわね。負け犬の遠吠えもここまでくると滑稽過ぎて笑えもしない」


「っ、なんだと!?」


 激昂した男が椅子から勢い良く立ち上がって声をあげ、女へと目を向ける。

 視線の先に立っていたのは、金色の長い髪を真っ直ぐ下ろし、綺麗な碧色の瞳を冷たく細めている、背の高い美しい女性だった。

 身体は引き締まり、胸は大きすぎず、けれど形が整ってしっかりと主張している。

 ラフな装いではあったが左右の腰には一本ずつ造りの良い剣を帯剣しており、ひと目見ただけでも歴戦の冒険者である事が窺える。

 一見すれば器量の良い女ではあるが、しかし纏っている空気から近寄り難さを感じさせる、そんな女であった。


 女は男の視線を受けながらも、冷徹に冷めた視線を送って続けた。


「負け犬の遠吠え、と言ったのよ」


「……ッ、んだと……!?」


「そもそも『系譜』を得る前から鍛えている者は多いし、『系譜』を与えられたからといって強さが一律のものになる訳でもないわ。『位階』の高さだけが強さではない、なんて当たり前の話よ。だと言うのに、あなたはそんな現実すらも悔しくて認めようともしない。私から見れば、あなたは自分の直面している現実から目を背けて、必死になって相手を貶め、価値もない己を空虚に満たしたがっているただの負け犬。だから、負け犬の遠吠えと言ったのよ」


「テメェ――……ッ!?」


 男が激昂のあまり女に掴みかかろうとした次の瞬間には、女の剣が男の首元でピタリと止まっていた。いつ抜いたのかも気がつかなかった男が動きを止める中、女は変わらない調子で続けた。


「あなたがつまらない矜持にしがみつこうが、根拠のない自信に盲目的に慢心しようが、私にとってはどうでもいいわ。勝手にやっていなさい。でも、そんな己の小ささを露呈して無駄に声をあげるのは耳障りで、不快よ。その喉を掻っ切って二度と声を出せなくしてやろうかしら」


「……っ!?」


 騒動に周囲からも目が向けられているが、それらに一切動じる事もない。

 かと言って、これだけの衆目が集まる中で自らの非を認められるほど、男は潔くはなかった。

 そもそもそれだけの潔さがあるのであれば、最初からリヒトやクラースの映像を見ながら言いがかりめいた文句を口にしたりはしていない。


 女の目は本気を物語っているが、男はそれすらも都合良く解釈する。

 どうせこの女とて、衆目の集まる中で、しかもこんな場所でやれる訳がない、と根拠のない自信を取り戻し、女へとそのまま詰め寄ろうと僅かに身動ぎする。


 その瞬間、女が目を細め――しかし女が動き出すよりも先に、男の襟首が掴まれ、後方に投げ飛ばされていった。


「――ノエル、そこまでにしておけ」


「アダルベルト。何故そこの屑を助けたの?」


 男を片手一本で投げ飛ばして女へと声をかけたのは、筋骨隆々の巨躯を有する大男であった。

 自らの剃っている頭をペチリと叩いてから、深く呆れた様子でため息を吐き出し、女――ノエルに向かって肩をすくめる。


 騒動の発端を最初から見ていた訳ではないが、ノエルという女の性質を知っている。


 ノエルは戦いというものを神聖視している節がある。

 強者にのみ興味を抱くのではなく、強さに貪欲な者に対して敬意を払う、それが彼女の在り方だ。

 そんなノエルが衆目に晒されながらも斬り捨てようとしたという事は、今しがた己が投げ飛ばしたであろう男が、戦士を、戦いを侮辱するような言葉でも吐いたのだろうと当たりをつけていた。


「助けたのは屑じゃねぇ、お前さんだ」


「あの屑から、私を? まさかアレがそれだけの使い手だと言いたいの? あなたが投げ飛ばしただけなのに、受け身も取れずに伸びているみたいだけれど」


「そうじゃねぇよ。衆目のある中で、明確な犯罪者って訳でも賞金首って訳でもねぇような小物を殺せば、大なり小なり騒ぎにはなるだろうが。そんな騒ぎでお前の評判を落とす訳にもいかんだろ」


「私は別に構わないわ」


「いや、構えよ」


 まさか堂々と構わないと断言するとは思わず、アダルベルトが呆れた様子でツッコミを入れる。

 そんなアダルベルトに同調するように周囲の者達も思わず頷いていたのだが、当のノエルは本気で構わないと思っているのか平然とした様子を崩そうともしないのでは意味がない。


 アダルベルトにとっては相変わらずというものではあるのだが、常識が通じない相手だという事はアダルベルトも重々承知している。


 そのため、攻め方を変える事にした。


「あー、じゃああれだ。あの戦いを最後まで観れなくなるぞ?」


「な……っ、そ、それは困るわ!」


 効果は抜群であったようだ。

 先程まで冷淡に淡々と対応していたノエルが、『ダンジョン配信』を観れなくなると聞いた途端に明らかに狼狽えてみせる姿に、アダルベルトはニヤリと密かに口角をあげた。


「だろう? なのにお前さんが小物を斬り殺したら、事情聴取だなんだって面倒だぞ? いいのか? ん?」


「そんなの嫌。分かったわ、捨てておいて」


 納得してくれたらしいノエルの答えに、ようやく片付いたかとアダルベルトが安堵のため息を吐き出して、周囲に目を向けた。


「おう、ウチの〝閃華〟が騒がせて悪かったな! ここは俺ら『巨人の軌跡』が奢ってやる! せっかくの未踏破ダンジョンの配信だ! 美味い飯、美味い酒と一緒に楽しもうじゃねぇか!」


 そんなアダルベルトの一言に、わあっと歓声があがる。

 タダ酒、タダ飯を歓迎する声も多いが、何よりもそれをすると約束してくれたのが、特級パーティ『巨人の軌跡』のリーダー、〝不落〟の二つ名を持つアダルベルトであり、しかもそこには同じパーティの絶世の美女、〝閃華〟の二つ名を持つノエルもいるのだと気が付いた者達も多かったからだ。

 特級パーティとして名を馳せ、冒険者の中でも誰もが知っているような有名人の登場に盛り上がらないはずがなかった。


 ちょうどそこで『ダンジョン配信』ではクラースが強大な魔物を斬り伏せた事で、観衆たちの注目も再びスクリーンへと集まっていく。

 周囲から感謝の声や応援しているといった声援に感謝を告げて応えていたアダルベルトが、注目から解放された事に密かに安堵してノエルへと視線を戻し、同時に苦笑する。

 どうやらノエルは周囲の声などを一切聞いていないようで、周囲の者たちからの応援の声にも一切耳を傾けず、無視を決め込んでいるらしい。


 ――いや、無視というよりも、そもそも聞こえてないな、ありゃあ。

 ノエルの目は真剣そのものだった。

 クラースと呼ばれていた方の男の凄まじい速度の刀術を見つめ、その技術を、速度を、動きを追っていて、外の声など聞こえていないのだろうとアダルベルトはノエルの状況を把握し、隣に立ってスクリーンを見つめた。

 目を閉じて頭の中でクラースの動き反芻していたのか、腕を組んだままノエルはしばし沈黙し、やがてゆっくりと口を開いた。


「……アダルベルト。アレ、防げる?」


「反応はできる、が、完璧に防げるかと言われると分からん」


 男の意地として防げると言ってやりたいところかもしれないが、冒険者はそういった誇張は絶対に行わない。何故ならその誇張が嘘であった時、己を、仲間を殺す事に繋がるからだ。

 故に実力が上になればなる程に、己の実力に対して明確に可否を判断する事が求められる。


 仲間であり、絶対の防御で魔物の動きを止めて見せる〝不落〟のアダルベルトが放った、己には止められないという評価。

 しかしノエルはアダルベルトに落胆するどころか、頬を僅かに紅潮させて目を輝かせていた。


「凄いわ……。あなたでさえ、そう言わざるを得ないのね……!」


「そうだな。『位階』は簡単には上がらん。だが、上がった時の上昇量は常人のただのトレーニングとは大きく異なる。あの男が――クラースがどれだけの強さを得るのか、俺も興味はある。それに……」


 アダルベルトの視線は、クラースの事を遠目に応援しながら座り込んで退屈そうにしているリヒトへと向けられる。


「あんな魔法、いや、〝術〟とか言ってたが、あんなもんは見た事もない。あっちのリヒトって小僧の方に至っては、対魔法装備でどうにかなるかも分からん。単純な強さより、俺はあっちの小僧の方が怖いものを感じるぞ」


「あっちはどうでもいいわ。だって、あっちは私達より〝万魔〟向きだもの」


「……ユリアナか……。アイツのトコの連中、この配信観てたら絶対会いに行くとか言い出すだろ」


「言い出すに決まってるじゃない。ついでに私達もいきましょ。勧誘よ」


「……やれやれ。『巨人の軌跡ウチ』と『万華鏡あそこ』が勧誘する新人なんて、冒険者ギルドの連中が聞いたら大騒ぎになるだろうな」


「私達だけじゃないわ。多分、私達と同じ特級パーティはみんなあの二人を欲しがるわよ。圧倒的攻撃タイプの前衛と、臨機応変に魔法とは違う〝術〟なんてものを使う後衛がいるなら欲しいはずよ」


 それでも、とノエルは言葉を区切り、スクリーンに映ったリヒトを見つめた。


「――『系譜』の恩恵を受けなかったというだけで、私にとってはどれだけ強かろうと勧誘するに値しないわ。強さを求めていない者に、私と共に歩く価値はない」


 ノエルやアダルベルトの考える通り、クラースとリヒトの二人の『ダンジョン配信』は、冒険者の中の上位陣、特級パーティさえも勧誘に乗り出す程に刺激的で、能力的にも魅力的に見えるものだと言えた。

 しかし――己の意思で『ことわりの系譜』を受け入れなかったというリヒトが、どれだけの力を持っていようとも、仲間にするには値しない。せっかく『位階』を上げればさらに強くなれるというのに、あれだけの力を持ちながらそこで満足してしまうような者はいらない。


 ノエルのように考える者は決して少なくはないだろうと、アダルベルトもそう思う。


「もしもあのクラースという男が、リヒトという少年も一緒じゃなきゃ仲間にならないと言ってきたらどうする?」


「ふふ、意地悪な質問ね。でも、それはないわ」


「ほう、何故だ?」


 スクリーンに映ったクラースを見つめて、ノエルは断言する。


「クラースは魔物を倒す時、ほんの少しだけど笑っているもの。あれは強さに固執する者の特徴だわ。だから、絶対にあのリヒトって子を捨ててでも強さを手にしようとする。――私のように、ね」







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