踏破報酬の虹箱




「――なんだ、これ。箱?」


「……なんか毒々しいね」


 戦いを終えたクラースとリヒトの前に現れたのは、二つの箱だ。

 ゆらゆらと淡く光った様々な色が水面に揺れるように揺らめいていて、いかにも「輝いています」とばかりに激しく強調しており、目に痛い。


 二人は知らないが、これは『ダンジョン』の完全踏破報酬と言われている、宝箱だ。

 木箱、銀箱、金箱、虹箱と階級が分かれ、その自己主張ぶりが派手になるにつれて貰える報酬のグレードも大きく跳ね上がっていく、という代物だ。

 二人がいるような『闘技場型』の場合、探索をするような場所もなくこの場所までやって来たためにお目見えするまで時間はかかったが、完全踏破をするまで宝箱もなかったこと。そして、上級の『ダンジョン』である事も踏まえて考えれば、その報酬の期待値は否応なくあがるというもの。

 もしもこの場に『ダンジョン』に詳しい者が存在しているか、或いは『ダンジョン配信』が継続していれば「虹箱だ! 最高レアだ!」と喜色満面に盛り上がったところである。


 だが、生憎この二人は『ダンジョン』に対する知見はほぼほぼ皆無であった。


 クラースは「『ダンジョン』には報酬がある」という知識まではあるが、それがどういったものか、宝箱とそのグレードや色合いの関係性というものでは把握していない。

 リヒトに至っては、「毒を持つ植物ほど見た目が派手になる」という経験則から、宝箱が報酬である事も分からないため訝しげな目を向けている始末であった。


「……どうする?」


「どうするも何も、怪しすぎるし無視でいいんじゃない?」


「だな……。てか出口どこだ?」


 どうやら二人は宝箱を「突然出現した怪しい箱で、毒々しい危険な代物」と判断したようで、開いて中身を確認するどころか、触れて確かめるつもりもないようであった。


 虹箱と言えば、『ダンジョン』の最高報酬である。

 その報酬はどれも売れば凄まじい金額のものになり、国によっては国宝になるような、そんな代物ばかりだ。

 ましてや『ダンジョン』の難易度によってその価値は恐ろしく跳ね上がる事になるのだから、攻略者の数少ない上級、しかも上位とまで言われているような『ダンジョン』で手に入る虹箱と言えば、その価値は計り知れないだろう。


 実のところ、『ダンジョン配信』が終わった時点で世界各地に存在する冒険者ギルドでは、クラースとリヒトの二人がどんな報酬を得るのかという話題で持ちきりになっていたりもするのだが、当然ながらに二人はそんな事も知るはずはない。

 上級上位の報酬を手に入れた二人にどうにか接触しようと考える者達も多く、あわよくば買い取りたい、奪いたいと考える者も少なくはない。

 もっとも、奪おうとするのなら当然ながらクラースとリヒトという上級上位『ダンジョン』を無傷で突破した二人と敵対する事になるため、あまりに無謀とも言えなくもないのだが、人の欲は時として常識的な考えというものを放棄するに至るようであった。


 しかし、くどいようだがクラースもリヒトも、そんな事は知った事ではないのだ。


 目の前に鎮座する虹箱以外には何も見当たらず、出口も見つからない。

 そんな状況を再度二人が確認していたところで、それは突然二人の頭に聞こえてきた。


《進言。これは『ダンジョン』の完全踏破者に対する報酬》


「うお!?」


「この声は……入ってきた時の〝声〟、かな?」


 脳裏に響いてきた〝声〟に戸惑いつつもリヒトはその正体に思い当たり、問いかけた。


《肯定。その箱は『ダンジョン』を攻略した者に与えられる報酬。罠や毒の類ではないと断言》


「こんなに毒々しい色なのに?」


《否定。神による評価は神々しい色》


「悪趣味だね、神様」


《……進言。その宝箱の報酬を受け取る事で、『ダンジョン』の外へのポータルが開かれる》


「否定しなかったな」


「うん」


「しっかし、そう言われるなら開けるしかない、か」


「罠とかじゃないって話だし、神様からの報酬っていうなら……まあ、いいかもだったりするのかもね」


 どうやら〝声〟なる存在も思うところはあるようであったのか、少しだけ沈黙した後で何事もなかったかのように続けていた事に、クラースもリヒトも気が付いたが、あまり突っ込んで問い詰めても仕方がないところではあるため、気持ちを切り替え虹箱へと歩み寄っていく。


 背の高い、いかにも宝箱といった見た目をした箱はかなり大きい。

 リヒトの腰に届く位置に蓋があり、横幅もクラースとリヒトならどうにか並んで腰掛ける事ができそうな程だ。


 クラースとリヒト、それぞれに一つずつの虹箱に手をかけ、顔を見合わせて頷き合う。

 そうして開いたところで、虹箱に相応しい色とりどりの光が溢れ――二人は蓋を開けると同時に後方に跳んで身構えていた。


 見慣れないものはまず警戒、とでも言いたげに、さながら野生の獣か何かのような動きではあるが、平和とは程遠い『里』に生きているのであれば当然の対応だ。

 虹箱の演出と言えば多くの冒険者が顔を輝かせ、その眩い光に瞳を爛々と輝かせながら光が収まるのを待つものであろうと、やはりそんな冒険者ルールは二人の知ったところではないのである。


 やがて光が消えていき、二人は恐る恐るそれぞれに開いた宝箱を覗き込む。


 そこに入っていたのは。


「――刀……! しかもこれ、さっきのアイツが使ってたヤツに似てるぞ!」


 クラースが開けた虹箱からは、太刀と呼べる程の長い刀身を有した代物。

 鞘もしっかりと細工が施されており、柄頭には兜金と猿手がある。太刀緒までもがしっかりと用意されており、石突金物は銀色に鈍い光を宿していた。しっかりとした業物だというのが窺えた。

 刀身を確認すべくクラースが鯉口を切って引き抜くと、すらりと伸びた青みがかった綺麗な刃がその姿を現した。


「こいつは、凄いな……――ッ、うおっ!?」


――――――――――

銘:霧哭きの妖太刀


説明:こことは違う遠い世界で多くの妖怪を斬り伏せた剣鬼が愛用していた太刀。刀身は三尺半。手足の長い者でなければ抜刀術には不向きではあるものの、扱えれば実体無き魔すらも斬り裂くと言われている

――――――――――


 太刀を手にしたクラースの目の前に突然現れた、半透明の四角い看板、とでも言うべきか。突如として眼前に浮かび上がるように表示されたそれに困惑しつつも読み上げていく。


「こいつは、この刀の説明、か」


「みたいだね。ほら、こっちも」


「ん。なんだそれ、ホルダー?」


「見た目だけならね。もっとも、効果は普通じゃないけど」


「お、どれどれ……。……は?」


――――――――――

銘:〝理外〟の術装具


説明:上級上位闘技場型迷宮、『竜毒の壺』を完全踏破した『〝理外〟のリヒト』の為だけに神が生み出した術装具。予め用意した『術符』と投擲用武器を括り付け、亜空間に収納しておける腰巻きのホルダーであり、重さは変わらない。『〝理外〟のリヒト』の意思に反応し、指定された『術符』のついた術具を取り出せる、専用装備。

――――――――――


 そこに書かれていた内容は、正しく破格の内容と言えた。

 確かにクラースの手に入れた太刀もクラースの戦闘スタイルに合ったものであると言えるが、リヒトに至ってはリヒトの為だけに作られたとまで書かれているのだ。


「〝理外〟だとか亜空間だとか、意味はいまいち分からないけれどね」


「あぁ。直接的な武具ではないにしろ、わざわざお前の為に作られたってんなら凄い装備かもしれないな」


「帰ったら色々試してみようかな」


「おう。俺もコイツを振ってみたいし、間合いも変わるだろうから鍛え直しだな。〝術技スキル〟とか魔法とかも使ってみたいし。――っと、おい、あれ。あれがポータルってヤツか?」


 目の前に浮かび上がっていた透明の看板――ウィンドウが閉じた先、そこには空間を楕円に切り抜いたかのような青い光を放った何か・・が佇んでいた。

 その姿はこの場所にやって来た時に二人を呑み込んだ『黒』に酷似していて、水色の光が粘性の液体であるかのようにゆっくりと波打っているのが見て取れる。


《肯定。あちらに入れば、外へ出る事が可能です》


「お、そうか。入ってきた時の真っ黒なアレと同じような見た目だな……。とにかく、帰ろうか、リヒト」


「うん、そうだね」


 短くお互いに声を掛け合い、クラースが先に手を伸ばし、ゆっくりと青いその中へ進んでいく。

 念のために横から裏へと回り込んでみたリヒトだったが、案の定というべきか、裏にクラースが移動しただけ、という訳ではないようで、その場から完全に姿を消していた。


 なんとなく感心した様子で確認を済ませ、さてそろそろ自分も行こうかと決心したリヒトが、ゆっくりと青い不思議なそれに手を伸ばす。


 この『ダンジョン』に入ってきた時と同様に、濡れるような感触や何か違和感を覚える事もなく沈み込んでいく手。そのまま足を進めると、とぽん、と粘性のある水が跳ねたような音を置き去りにして、光に包まれるようにリヒトの視界が全て塗り潰される。

 





 やがて光は消えていき、ゆっくりとリヒトが目を開ければ、そこには――――






「――待っていたよ、リヒト」






 ――――星空の広がる草原のような場所。

 その場所で、一人の若い男性がリヒトを見つめて佇んでいた。





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