こうして世界は二人を知る Ⅰ
リヒトとクラースの二人の装いは、『里』の戦士たちが着る装束で、初代里長ソウジがデザインしたものだと言われている。
黒ずくめで動きやすくヒラヒラとしない装束。首巻きと手拭いで目以外の顔を覆うそれらは、いざという時の止血帯の役割も果たし、激しい戦いの中で滴る汗が視界を邪魔しないという利点もある。
しかしリヒトは、この装束をも改良している。
装束の基本形は一緒だか、切れ端をわざと垂らして揺らしながら、【幻惑】という濃い影を生み出す〝術〟を用いて己の影を大きく見せて、一瞬の錯覚を招く。
身体能力で『里』にいる他の面々に劣るからこそ、この〝術〟を使って自分では避けきれないような一撃すらも逸らし、相手に攻撃を外させる、という答えを導き出したのだ。
そんな戦い方をしているリヒトの姿は、傍から見れば「気味が悪い」の一言に尽きた。
リヒトの〝術〟の対象となっている魔物からはリヒトの身体が大きく、時にブレて、時にズレて見えるが故に、攻撃が明後日の方向に向く。
当の本人はすたすたと歩み寄って苦無で一閃ないし『術符』を貼り付け、離れたところで爆発させて殺すという、一見すると一方的な戦いに見えるからだ。
もっとも、「気味が悪い」で済むのはリヒトがまだ本領を発揮できていない時に限る。
大量の魔物が集まる広間。
剥き出しの岩肌で囲まれたその場所で、リヒトが周辺に『術符』の括り付けられた棒手裏剣を投げつけ、両手を組み、独特な形に指を折り曲げる。術の待機状態から発動に持ち込むために予め決めていた手の組み方、指の形を変えて〝術力〟を込める動作だ。
リヒトはこの独特な手の形、指の形を変えて〝術〟を完成させるこの動作を、ソウジのかつての教えの中にあった『印を結ぶ』と呼んでいる。
おかげで、その姿はソウジが見れば「忍術!? マジの忍術じゃね!?」と大はしゃぎするだろうが、生憎リヒトはそんなソウジの感想も、その意味も理解できないが。
ともあれ、リヒトが印を結び、〝術〟を発動させる。
「――【
周囲に散らばった棒手裏剣に括り付けられた呪符が赤黒く光ったかと思えば、それぞれの『術符』から闇が光を呑み込むように広がった。
その光景にリヒトに今にも襲いかかろうとしていた魔物たちが困惑し、正体の分からない〝術〟に恐怖し、威嚇、あるいは恐怖を振り払うように叫び声をあげる。しかし、光を呑み込む闇は留まらず、やがて広間の一角を全て半球体状に闇で覆い尽くす。
突如として広がった闇の中で叫ぶ魔物たちを前に、リヒトは苦無をホルダーから引き抜くと、首巻きを下ろして一枚の『術符』を横向きに咥え、〝術〟を発動させながら上体を落として自らも闇の中へと音もなく飛び込み――そして聞こえてくる、魔物の断末魔の叫び声。
乱戦となり、魔物同士で知能もなく武器を振るい、殺し合い、そして生き残った者が次々と背後から音もなく、気配すらも〝術〟によって完全に消した状態で近づいたリヒトに首を一閃されて処刑されていく。
そんな姿にクラースは思わず引き攣った笑みを浮かべた。
リヒトから僅かに遅れて『ダンジョン』の中、リヒトと同じ場所に放り出された形となったクラースは、リヒトを探すべく小走りで通路を駆けてきたのだ。
幸い、曲がり角等もなく一直線にこの場所に辿り着いたのだが、薄暗い洞窟を思わせる『ダンジョン』の光を喰らう闇の半球体。そこから聞こえてくる断末魔の叫び声といった様子は、『ダンジョン』というより処刑場か何かに見えてならない。
「……相変わらず不気味っつーかなんつーか……。リヒトの戦い方は容赦ないんだよな……」
これは『里』にいる男衆の共通認識でもあった。
確かに正面から戦えば、刀術を使ってリヒトに勝つ事もできるのだが、遠距離から好き放題に〝術〟を使われてしまうと、リヒトを見つける事はできなくなる。
気配を察知しようにも〝術〟で完全に気配を周囲と同化させており、気がつけば背後にいる、なんて事もあるのだ。当然、我武者羅に刀を振っても体力が切れるまで時間を稼がれてしまう。
要するに、〝術〟を使われてしまうだけで勝ち目が一気になくなるのだ。
もっとも、リヒトから見れば〝術〟の中に嵌めたというのに、「勘で分かった」等と言いながら刀を振ってくるクラースの方がおかしな存在ではあるが。どっちもどっち、というところが正しいところではある。
ともあれ、相変わらずといった様子のリヒトの戦い方を見つめていたするクラースであったが、そんな彼の元へと、豚のような顔をした人型の魔物が迫る。
クラースもまたその姿を一瞥し、左腰に提げた刀の鞘を左手に持ち、右手を柄へ。
次の瞬間には、いつ抜き放たれたのかも分からないような速度で振り抜いた刀を鞘へと収めるクラースと、斜めに両断された魔物が崩れ落ち、煙となって魔石だけを残して消え去っていた。
まるで何事もなかったかのように、クラースは〝術〟を使うための『術符』の材料に魔石を大量に必要とするリヒトの為に魔石を拾い上げ、まじまじと豚の顔をした魔物が消えたその場所を見つめて嘆息する。
「……外の魔物に比べて、弱すぎないか? しかも消えてるし。肉とか素材になるようなものが取れないのか」
クラースにとって、魔石とはただの『術符』の材料でしかない。
それが実は『里』の外、【
そのため、魔物と言えば肉が食べられるものか、毛皮として使えるか、装備の強化に繋がる素材となるか、という考えしか持っていないため、魔石しか落ちない上に修行にもならない弱い魔物しかいないのでは、どうにも「旨味が少ない」という感想を抱かずにはいられなかった。
刀術を学び、〝術〟で強化を施して戦う『里』の一般的な戦士と同じタイプでありながら、神速とも言える抜刀術を身に着けたクラース。
対して、〝術〟を駆使した中距離戦か、気配を完全に殺した一撃必殺型の暗殺者向きの戦い方に特化しているリヒト。
魔境の中の魔境と呼び声高い『逢魔の森』のさらに先、|【
この場所は、『下級』、『中級』、『上級』と強さや厄介さによってランク付けされている魔物の中でも、さらにその上に位置する『戦略級』、『災害級』、『天災級』といった、総称として『特級』と呼ばれる魔物たちが跋扈している。
そんな場所に人が住み、『里』と呼ばれる安全に暮らせる領域がある事を、この世界に生きる多くの者が知らずに生きてきた。
しかし、この日、この時、この瞬間。
たった二人の少年が『ダンジョン』と呼ばれる場所で戦う、その姿は
――――『最果ての辺境』、メレディス。
季節に一度、領主との商談を行って冬越えの準備のために色々と購入する手配を終えた〝
夕方あたりまでの自由行動という形で、実は『里』の女性といい雰囲気になりそうでお土産を選ぶ者もいれば、割り切ったお金の関係を楽しみに出た者たちなど、思い思いに時間を過ごす中、商隊のリーダーを努める最年長の男、リクハルドは冒険者ギルドへと足を運ぶ。
基本的に『里』にいるため冒険者として登録する事はしていないが、毎回商隊と共に町に来る度に、依頼者として冒険者ギルドを訪れているのである。
「次の方……――っ、リクハルドさん。お久しぶりです」
「久しぶりだね、ルイシーナ。その表情を見るに、今回も成果はなかったかな?」
「……はい」
「そっか。じゃあ、
受付に並んだリクハルドの番が回ってきたところで、リクハルドの姿に気が付いたギルドの受付嬢、ルイシーナとお互いに見知った様子で声を掛け合う。
メレディスの冒険者ギルドの受付嬢、ルイシーナはリクハルドが何を目的としてやって来たのか、すぐに理解できた。
というのも、彼は商隊としてやって来ては、毎回毎回
そうして依頼をして、また未達成の処理をされて。
そのやり取りはルイシーナがこのギルドの受付嬢として働き始めてから三年になるが、季節が移り変わる毎に繰り返されている。
「……また、
「あぁ、そうだね。連絡はないかもしれないけれど、それでも、ね」
「……かしこまりました」
達成されない依頼を、安くない金額を収めて毎回頼んでいくリクハルド。そんな彼に対して、依頼を止めるようにと訴える権利はルイシーナにはない。
依頼者が依頼をして、その依頼内容に応じた金額の交渉等は受付嬢の領分として対応できるが、犯罪性のない依頼を受付嬢の独断を拒否する事は認められていないからだ。
依頼の内容は、『帰還者の支援』。
詳細には「我らの『里』で最も大きい屋敷に住まう者の名を答えられる者に、次の季節の変わり目までの保護を願う」と書かれている。
その答えは『マーリト』であり、報酬は平民の四人家族程度ならば半年は余裕を持って暮らしていけるだけの金額である、金貨二十枚という破格の報酬だ。
リクハルドは十一年前の魔物との戦で『里』を捨てた者が、いつか行く宛がなくなってしまい、帰ってきたいと願った時の為にと、この依頼を出し続けていた。
今では人数も少なく、かといって外で暮らしている者が『里』に来るのは、なかなかに難しい。そのため、『里』がこのままではいずれ人がいなくなり、滅んでしまう。
外で人脈を広げた昔の仲間たち。
彼らが『里』を捨てた事に思うところがない訳でもないが、そんな彼らが築いた人脈が『里』の復興に繋がるのであれば、それに越した事はない。道は違えど、『里』を守るために動いたと言えるはずだ。
もちろん、リクハルドとてそんなものは後付けされた言い訳だと理解している。
しているが、それでも『里』の為になるならば、受け入れようとそう割り切っていた。
そんな葛藤と淡い願いを孕んだ依頼書を、あまり気乗りしない気分でルイシーナが作成し、内容をリクハルドが確認していたその時だ。
冒険者ギルドの受付スペースから少々離れた位置に併設されている広々としたレストランから、騒々しいどよめきが上がった。
何事かと思わず誰もが目を向ける中、レストランスペースで働いていた同僚の女性が走ってきた事に気が付いて、ルイシーナが立ち上がる。
「何かあったの?」
「そ、それが……! 『ダンジョン配信』で突然、未発見ダンジョンが配信が映し出されたんです!」
「え!?」
「しかもしかも、多分なんですけど、挑戦者の方が〝
その言葉に、ルイシーナとリクハルドが思わず目線をぶつけ合った。
声をかけてきた女性は知らないが、ルイシーナはリクハルドこそがその〝
そんな二人を他所に、ルイシーナの同僚の女性の声を聞いて受付に立ち寄ろうとしていた多くの冒険者達も、それどころではないと言わんばかりにレストラン側に移動していた。
冒険者ギルドの併設レストランとは、食事や酒を提供すると共に『ダンジョン』を創造した神――〝戯神〟によって魔道具を介した『ダンジョン』を攻略する冒険者達の様子を映し出す娯楽、『ダンジョン配信』が放送されている。
この放送を観るための魔道具は冒険者ギルドのみに貸与されており、譲渡や貸与は〝戯神〟によって禁じられており、力づくで奪おうとした貴族に天罰が落ちて呪われた、なんて逸話が有名だ。
ともあれ、この〝戯神〟によって生み出された『ダンジョン』と、『ダンジョン放送』なる文化は、娯楽文化の乏しいこの世界において貴重な娯楽として親しまれる事となり、必然的に冒険者ギルドの併設レストランは非常に盛況、常に人が溢れ返っている有様だ。
かつては荒くれ者ばかりであり、貧民街から流れてきた者や腕っ節に自信のある者だけしかいなかった冒険者という存在が、民に観られるようになり、素行や身だしなみに気をつけるようになり、やがて見た目や華麗さ、強さといったものに磨きをかけるようになっていった。
そうやって冒険者という存在は『最底辺の傭兵まがい』という扱いから、憧憬、尊敬を集める職業へと変わっていったのである。今となっては、そのおかげで有名になった冒険者は数多く存在していた。
そんな冒険者を生み出す『ダンジョン配信』は、普段は一枚の巨大なスクリーンの中にいくつものグループがそれぞれに『ダンジョン』に挑んでいる姿が分割されて映っているのだが、〝戯神〟が「面白い」と思ったシーンが大きく映し出される仕様となっている。
特に高難易度の『ダンジョン』や、未発見の『ダンジョン』に挑んだ場合、大きく映し出される仕様となっており、最大限注目されている場合は冒険者の現地での音声まで流れるのだ。
まさに「プライバシー? そんなもの知らん」とでも言いたげな神の自由ぶりである。たまに男性が告白する音声が拾われたりしている辺り、〝戯神〟にとっても娯楽の範疇なのだろう。
しかし、それでも大きく映し出されるというのは冒険者にとっても非常に大きな意味を持つ。
そこに映し出された冒険者の名前もしっかりと画面に映し出され、一気に民衆にその名と顔を覚えてもらい、有名になれるのだ。しかもその放送で活躍すると、〝戯神〟から『二つ名』という呼び名も与えられ、放送されるのである。
この『二つ名』をもらった事によって様々な装備を取り扱う大店がスポンサーになったり、或いは貴族が囲ったりという動きにも繋がり、待遇が非常に恵まれるようになる。要するに、それだけで成り上がれるからだ。
故に、冒険者達も未発見の『ダンジョン』が放送されているとなれば、当然注目する。
ただでさえ未発見『ダンジョン』は珍しいが、未発見『ダンジョン』ともなれば、そこから持ち帰られるお宝も知っておきたいところである。魔物は素材を落とさないが、階層主を倒せば宝箱が落ち、そこから様々な魔道具や装備、貴重な霊薬等も手に入る。
自分たちが挑めるレベルであれば挑みたい、という意図も当然あるために、即座に移動を開始したのだ。
そんな大移動に気が付き、今ならば受付から離れても問題ないだろうと判断したルイシーナと、〝
――〝
リクハルドが待ち望む者がそこに映っているのかもしれないと考え、その足も自然と速くなる。
そうして人混みに入り込んだところで、音声が流れた。
《――あ、『ニヤケ不細工』だ》
《あぁ、ホントだな。あの変な魔物も出るのか》
聞こえた声が、あまりにも聞き覚えのあるものであり、そこに映し出されているのが『里』の子供であり、稀代の天才と呼ばれる二人である事に、リクハルドは思わず目を見開いた。
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