〝対〟の選択
一方、その頃。
クラースもまたリヒトの腕を掴んだまま引きずり込まれる形となって、洞窟と思われていた『黒』の中へと入り込んでいた。
「……さて、どうしたもんか」
リヒトは『黒』の中に入り込んだ時、意識が覚醒しているのかも分からないような状態にあったが、クラースはそういった事もなく意識もはっきりとしていた。
確かに自分の意識は覚醒していて、地に足をつけて立っているという感覚はあったのだ。もっとも、意識的に目を開けてみても、ただただ周囲が真っ黒く塗り潰された空間にいるような、そんな場所に放り出された状態で何も感じられはしないため、おかげで何かの情報が手に入るという訳でもない。
意識ははっきりしているものの、真っ暗な闇の中で身体も一切動かないという、どうにも奇妙な状態だ、とクラースは己の置かれた状況を冷静に分析し、独りごちる。
思考を巡らせ、どうにか動けないものかと身体に力を入れてと繰り返し、ほんの数秒ほどが経過した、その時だ。
《未踏破迷宮『竜毒の壺』への挑戦者を確認――対象者情報取得……該当なし》
「っ、誰かいるのか?」
頭の中に鳴り響いた〝声〟に、クラースはぴくりと眉を動かして声をかける。
しかし〝声〟クラースの質問には一切答えないまま、リヒトに声をかけた最初の流れと同様に、無感情に機械的な声色を持って淡々と続けた。
《解析完了、『
「……なんなんだよ、一体。どういう意味だ?」
《質問を受諾。回答、『系譜』に名を連ねる事により、『
今度は質問に答えてくれるつもりなのかと思いつつも、クラースは〝声〟の言葉を噛み砕きながら、その内容を吟味していく。
突然聞こえてきた〝声〟が言うには、『系譜』に名を連ねる事で強さを得られるらしい事が窺えた。
確かに、この〝声〟が言っている言葉が真実であるのなら乗ってみてもいいが、わざわざ他者に『系譜』なるものを与える目的も不透明だ。
往々にしてメリットの裏には相応のデメリットが隠れているという事をクラースはよくよく理解している。故に、ただこの言葉を聞いただけで「はい、お願いします」とはならない。
――もっとも、リヒトなら「いらない」と言い切りそうだが。
幼馴染で弟とも言える、見た目の割に意外と頑固な存在を思い浮かべつつそんな事を思って微笑んでから、真っ暗な暗闇の中、頭の中に聞こえてくる〝声〟に向かって問いかけるように、改めて声をあげる。
「……ずいぶんと都合のいい話だ。受け入れる利点はある。が、逆に受け入れた事で何か制約がついたりはしないのか? それに、何故俺にそんな力を与えてくれる? 目的はなんだ?」
《回答。目的、『
「……『ダンジョン』……? なんだ、そりゃ。ともかく、俺だけが特別に、って訳じゃないってことか。しかも不都合も生じない、ね。……それじゃあ、目的は?」
《娯楽の提供を所望》
「……は? 娯楽の提供? 何言ってんだ?」
娯楽が何か分からない、という訳ではない。
いくら『里』で生まれ育ったクラースであっても、娯楽というものの存在は理解しているし、『里』でも将棋、リバーシという娯楽は存在している。
しかし、『系譜』に名を連ねるという事が娯楽にどう繋がるのかと言われると、当然ながら意味が分からなかった。
《質問を要請》
「いや、先に説明を求めてんのはこっちなんだが……、いや、まあいい。こっちが質問してばっかりっていうのもな。それで、なんだ?」
《承諾に感謝。『ダンジョン』挑戦者は『系譜』を知っていると認識。しかし、挑戦者――あなた、は知らないと判断。是か非か》
「いや、そもそも『ダンジョン』とやらが分からないんだが……」
《驚愕。挑戦者――あなた、の生まれた村、町に冒険者ギルドはない。是か非か》
「なんだ、その冒険者ギルドって。そんなもん聞いた事もないな」
《再度、驚愕。憐憫、挑戦者――あなた、は他人と関わりがない。状況把握済み。回答不要》
「……なんか失礼なこと言われてる気がするんだが。『里』で暮らしてるし、人と関わりがないって事はないだろ」
突然語りかけてきた〝声〟に、唐突に「あなたはぼっちですね、可哀想に。何も言わなくていいよ、分かってるから」と言われているようである。
クラースもなんとなくそんな事を言われたのだろうと察して僅かに眉間に皺を寄せる。
確かに『里』には同世代の子供は少なく、『里』の外にあるような他の村や町で暮らしている同世代の者に比べれば交友関係が非常に狭いと言える。だが、少なくとも「他人と関わりがない」とまで言われる筋合いはないのだ。
《……推察。挑戦者――あなた、の住む場所に冒険者ギルドはなく、近くに村や町もない。そのため、冒険者ギルドを知らない》
「そりゃそうだろ。【
《……質問を受諾》
「なんで渋々了承しました、みたいな感じなのかは知らないが……俺と一緒に入ってきたヤツがいただろ。そいつは何処にいる?」
《確認。その個体名を要請》
「リヒトだ」
《個体名リヒト、はすでに『系譜』に名を連ねる事を断り、『ダンジョン』の中を探索中》
「よっし、無事だったか……」
突然話しかけてくるこの〝声〟も、得体は知れないが敵対してくる様子もない。
そもそも自分に対してもこうして会話に応じている以上、もしかしたらリヒトも同じようにやり取りをしたのだろうと踏んでの質問ではあったが、クラースの読み通り〝声〟はリヒトを知っており、かつ無事だと回答してくれたのであれば、ひとまずは危急の事態ではないと言える。
ほっと息を吐き出したクラースであったが、しかしそんなクラースへと再び〝声〟が問いかけた。
《挑戦者――あなた、も『系譜』に名を連ねる事を断る者であるか、回答を要請》
「あぁ、リヒトは断ったんだったな」
《肯定。曰く、「自分の力で成し遂げたと言いたいから貰い物の力はいらない」と》
「ははっ、アイツらしい答えだ」
リヒトという少年は、見た目だけなら顔立ちも整っているためか中性的で、小柄ということもあって臆病で弱々しく見えてしまう。
筋肉がついて身体が大きくなるタイプでもないため、小柄なまま引き締まっただけで、筋肉で肥大化するほどの肉もつかない。そんな体質の持ち主であるが故に子供っぽく見られてしまうのだ。
しかし、そんな愛らしい見た目とは裏腹に、根っこは職人のように頑固で、負けず嫌いな気質の持ち主である事をクラースは知っている。
体質的なハンデを持っているとまでは言わないが、『里』の男ならば誰もが学ぶ刀術を十全に使えず、かといって力技で押し切る方向にシフトできない小柄な身体は、『里』の男衆としては落ちこぼれとして扱われかねない。
そんな中でも心を腐らせず、折れず、己でもできる事を探って〝術〟を改良してみせ、今では『里』の歴史の中でも最高の術師、〝術〟の天才とも言われさえするようになった。
今でこそ、そのような輝かしい称賛を向けられているが、時に〝術〟を暴発させて大怪我をしたり、時に魔物との実践試験と称して使おうとした結果、想定外の事故に見舞われて死にかけたりと、無茶を平気でするような存在だ。
故に、リヒトは己の〝術〟に誇りを持っているし、自分で道を切り拓く事に拘りを持っているとも言えるし、そんなリヒトの〝術〟だからこそ、クラースは信頼して背中を預ける事ができた。
だが――否、だからこそ、クラースは答える。
「――俺は『系譜』とやらに名を連ねる」
《……想定外。リヒトの仲間であれば、彼の者と同一の答えを選ぶと想定》
「いいや、違う。あんたが何者かは知らないが、俺とリヒトはいつだって違う道を歩んできた。アイツが持たないものを俺が持ち、俺が持たないものをアイツが持っている。そうやって、お互いに持たないものを持つ相手だからこそ、新しいものを、俺達のやり方を生み出してこれたんだ」
天才的な刀術の才能を持つクラースの腕を知るリヒトだからこそ、リヒトはクラースに無茶な提案をしてみたりもしたのだ。これができたら魔物を倒しやすいかもしれない、こう刀を振るえたらいいんじゃないか、と。
逆にクラースもまた、〝術〟を改良するなんて真似をしたリヒトが相手だからこそ、もっとこういう〝術〟は作れないのかとか、この〝術〟をこうはできないのかと素直に提案できた。
お互いにお互いの持つものを持たないからこそ、思考に縛りがない者同士に様々な提案を投げかけ合い、時には諦め、時には〝術〟と刀術を組み合わせて新たなものを生み出してきたのだ。
「だから、アイツが『系譜』とやらに名を連ねないのなら、俺が連ねる。制約もないし、力を得られるというなら、やらないってのは勿体ない話だ。俺が『系譜』とやらで力を得れば、リヒトだってそこから何か着想を得て強くなれるだろうし、俺だってリヒトの提案を聞いて更に強くなれる」
《……理解。挑戦者――あなた、は、リヒトの対とも言える存在。お互いに支え合い、成長を促し合う対の存在》
「……そんなキレイなもんじゃないさ」
ふと、寂しげな表情を浮かべてクラースは続けた。
「俺はリヒトと違って、力になるなら、力を得られるなら、それが自分だけで創り上げたものじゃなくても受け入れる。俺にとって大事なものは過程じゃない、結果だ。両親を魔物に殺された当時の事を、優しかった両親を、俺は今も覚えている。魔物に対して抱いた憎しみを、胸に抱いた怒りを覚えている。だから、力が欲しい。それがどんな形であっても、力になるなら断る理由にはならない」
物心ついたばかりのリヒトと、そうではないクラースとの間では、両親の死という事件に対する認識は違ったのだ。だからこそ、力というものを得られるというのであれば、クラースはそこに躊躇するつもりはなかった。
リヒトが『系譜』に名を連ねるのを断ったと知った時、クラースは確かにリヒトらしいと思ったが、それ以上に「まだまだリヒトは子供だ」と心のどこかで冷めた思いを抱いていたのだ。
力を得られるなら、それを利用してやればいいというのに、と。
綺麗事だけでは守るべきものも守れなくなる、殺したい程に憎んだ魔物も殺せなくなるだろうに、と。
そういう意味でも、リヒトとクラースという二人は対極的な所にいると言えた。
《……了承。『
言われるがままに、クラースは目を閉じて深く深呼吸する。
そうして段々と眠りに落ちていくかのように、意識を手放した。
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