こうして世界は二人を知る Ⅱ




「――すまない、通してくれ!」


 未踏破『ダンジョン』の放送が行われている冒険者ギルドのレストランスペースは、放送を観ようとやってきた多くの人々によってごった返していた。

 人の間を縫うように声をかけながらリクハルドがスクリーンが見える位置まで移動してみれば、そこに映し出されていたのは確かに『里』の装束に身を包んだクラース、そしてリヒトの二人であるようだ。

 聞こえてきた声は聞き間違いではなかったようだと思うと同時に、何故あの二人が『ダンジョン』なんてものにいるのかと疑問が浮かび上がってくる。


 ――となると、『里』の近くに『ダンジョン』が生まれた、のか……?

 そうでもなければ説明のつかない状況だ、とリクハルドは己の中でこの状況の理由を推測しつつ、スクリーンをじっと見つめる。


《ニヤケ不細工ってさ、なんか頭悪そうだよね》


《まあ、何が面白いのかずっと嗤ってるような顔してるしな。大して強くもないのに》


「は?」

「あの魔物、弱いのか? 見た事ないんだが」

「バカ言うな……! 前に観た事があるんだが、多分あれ『嗤面獅獣マンティコア』だ……! あれが弱いとか、そんな訳あるかよ……! 下位だが『戦略級』に分類されている、最悪の魔物だぞ! 『紅蓮の牙』の連中が壊滅したあのダンジョンで、実質壊滅に追い込んだ『戦略級』だ……!」

「『戦略級』!?」

「ニヤケ不細工って表現がツボるんだが」


 映像越しに聞こえてくる声に、周囲から困惑の声が上がるのも無理はない。

 二人が遠目に見つけた魔物、リヒトが『ニヤケ不細工』と表現したのは、獣の顔がヒトに近づいたような造りであり、嘲笑うかのように口角をあげ、ぐるげげげ、とどうにも小馬鹿にしてたような鳴き声を上げている四足歩行の獅子を思わせる身体を持った魔物であった。

 その魔物は外では『嗤面獅獣マンティコア』と名付けられた魔物であり、その強さは町に攻め込んでこようものなら、たった一体が相手であっても多数の犠牲を払ってようやく倒せる魔物とさえ言われる『戦略級下位』の魔物とされている。


「おい、マジかよ……」


「どうした?」


「『ダンジョン』情報が出てるんだが、アレ……」


「――な……ッ!?」


 すぐ近くにいた男達の会話が耳に入り、彼らの視線を追ってリクハルドもまたスクリーンの左上、そこに書かれていた文字を読み上げる。

 そこには〈上級闘技場型迷宮『竜毒の壺』〉と書かれた文字があり、その文字に困惑した男を皮切りに周囲からも困惑の声が更に広がった。


 そんな中、人混みをようやく掻き分けてきたらしいルイシーナがリクハルドの隣へとやって来て、ようやく追いついたとばかりに小さくため息を漏らす。


「ふぅ……、やっと抜けれました……。リクハルドさん、スクリーンに映っている御二人は、もしかして……?」


「……うん、知り合い……というより、ウチの『里』の子供だね」


「こ、子供……!?」


 リクハルドが〝夜梟ノクト〟の一員である事を悟られないよう、小声で話しかけていたルイシーナ。

 彼女はリクハルドから告げられた子供と聞かされた内容に驚いてしまったようで、声をあげそうになって思わずその口を自分で塞ぎつつ、スクリーンを確認するように見つめ、さらに目を大きく剥いた。


「な……っ、あれは、『嗤面獅獣マンティコア』……!?」


「へぇ、そんな名前なのか、アレ」


「な、なんで落ち着いてるんですか!? あんなのが出てくるような『ダンジョン』は、最低でも上級――それも中位以上の『ダンジョン』という事ですよ!?」


 そうは言われても、と言いたげにリクハルドが困った様子で苦笑して肩をすくめて見せると、ルイシーナが苛立たしげじろりとリクハルド睨みつけた。


「そんな目をされても、悪いんだけれど僕は『ダンジョン』とか魔物の強さの区分に疎くてね。その、上級だとか中位だとか、それはどういう意味なんだ?」


「『ダンジョン』は初級から下級、中級、上級、特級という階級によって分けられていて、その中でも初級はともかく、下級からは下位、中位、上位と三つの段階に分けられているんです。上級『ダンジョン』は下位であっても攻略できるパーティも限られているのに、さらにその上の上級中位なんてなったら……」


「なるほど、相当危険な場所、という事だね」


「お、落ち着いている場合ですか! それに、よりにもよってタイプ『闘技場型』なんて……!」


「あぁ、あの左上に書いてある文字か。あれは?」


「あれは彼らがいる『ダンジョン』の情報です。『ダンジョン』にはそれぞれ、環境ルールが定められているんです。たとえばタイプ『探索型』だったら広大なマップの中で次の階層に続くゲートを見つけたり、『踏破型』だったら迷路のようになっていて、ヒントを集めて扉を開いたりと色々です。……ですが、それらの中で、シンプルかつ脅威となりやすいのが『闘技場型』です。道は入り組んでいませんが、全ての魔物を倒さないと進めず……戻る事も、できません……」


 ルイシーナが言う通り、『ダンジョン』にはそれぞれに攻略の為のルールが存在しており、それらに沿って進む必要があった。

 それに加えて、数日単位で攻略に時間がかかるような『探索型』や『踏破型』等のようなものであれば、出入り口から外へと出る事も可能だ。それに、数十層という階層でできているものであれば、五層毎に入り口に繋がったポータルと、攻略済階層のポータルとを繋ぐ移動用のポータルを用意してくれている。

 そういう意味では、さすがは〝戯神〟が作ったものと言うべきか、なかなかに攻略しやすい親切な設計をしていると言えた。


 しかし『闘技場型』だけはそれらとは少々毛色が異なる。

 この『ダンジョン』に与えられるのは、勝ち進んで掴み取る勝利の栄光か、戦いに敗れて力尽きる敗者の末路。このどちらかに絞られる。

 噂ではこの『闘技場型』だけは、〝戯神〟ではなく〝闘神〟が生み出したのではないか、などとも言われる程度に、異質で、親切とは言い難い設計となっている。


 そんな『闘技場型』にいるリヒトとクラースという二人は、勝ち進んで掴み取る以外に無事に外に出る事はできないのだ。

 他の『ダンジョン』であれば強者である魔物を前にして、戦わずに隠れ、やり過ごすという手段が取れたりもするのだが、『闘技場型』ではそれができないのである。


 そういった内容を含めた説明を聞いて、悲壮感溢れる表情を浮かべるルイシーナが恐る恐るリクハルドを見上げれば、リクハルドはそれらの話を聞いて――まるで安心したかのように小さく表情を緩ませ、頷いた。


「ふむ、そうか。であれば――あの二人なら問題ないだろう」


「え……? リクハルドさん、それは一体――」


 ルイシーナが一体何を根拠に、しかも『嗤面獅獣マンティコア』などという、たった二人ではどうしようもない魔物を見つめる二人が大丈夫なのかと問いかけようとした、その時――スクリーンから声が響いた。


《――さーいしょーはグー》


《ジャーンケーン、ポン! あ、負けた》


「……何してるんですかね、あれ」


「ジャンケンだな」


「それぐらい見れば分かりますよ!? 『嗤面獅獣マンティコア』見える位置で呑気ですか!?」


「いや、呑気も何も、どっちがるかを決めているんだろう」


「……はい?」


 スクリーン越しに見えてくる二人のジャンケン。

 しっかりと〝戯神〟も手元をアップにしてみたりと、一体どうやってかは分からないがその勝敗が分かるように映像が移り変わってと、カメラワークはバッチリだ。負けた方のリヒトが出したグーの手を見つめて肩を落としているのが映し出されている。

 そんな映像を前に、彼らを知るリクハルドへとツッコミ混じりに声をあげたルイシーナであったが、リクハルドは苦笑をして淡々とそんな答えを口にしてみせた。


 一体何を言っているのかと言いたげに再びスクリーンにルイシーナが顔を向けると、ジャンケンで勝ったクラースがパーの手をあげてひらひらと手を振っていた。


《うっし、俺の獲物・・だな。せっかく『系譜』とやらに名を連ねたんだ。その恩恵がどんなもんか、育てて確かめてみたかったんだ。手出しすんなよ、リヒト》


《『系譜』、ね。クラースは受け入れたんだ?》


《おう。お前は受け入れなかったんだろ?》


《うん。まあそれでも僕だってどうなるかは気になるからね。早く『位階』とかいうの上げてみてよ。魔物倒せば上がるんだよね?》


《そうらしいな》


「……は?」

「今なんつった?」

「『系譜』に名を連ねたばかり……?」

「え、って事は一般人レベルの身体能力しかないってこと? 〝術技スキル〟もなし!?」

「おいおいおい、死ぬぞ、あの大きい方」

「せめて協力しろよ!? なんで手出しすんなとか言ってんだよ!?」


 メレディス冒険者ギルドレストラン。

 そこはまさに、スクリーンの向こうの二人の会話に再びの阿鼻叫喚といった様相を呈していた。


 言葉の端々から聞こえてくる、一人で敵対するという決断に、『系譜』に名を連ねたばかり――つまり、『ダンジョン』で鍛え、『位階』をあげてもいない新人らしい事が窺える青年と、そもそも『系譜』すら受け入れていないという予想だにしていなかった小柄な少年。

 そんな会話の応酬のせいか、これからあの青年と少年が『戦略級』の魔物である『嗤面獅獣マンティコア』に嬲り殺されるであろう事を予想してか、そんなものは観る気はないと言いたげにレストランを離れていく者まで出始めた。


 しかしそんな状況など知る由もないクラースは、先手必勝と奇襲をかける様子もなく広間へと足を踏み入れ、『嗤面獅獣マンティコア』もまたそんなクラースに気が付いてニタリと口角をあげて嘲笑うような笑みを深めた。

 獲物が入ってきた、どうやって殺してやろうとでも言いたげな醜悪な笑みに、スクリーンで放送されている映像越しだというのにルイシーナはぞくりと背に冷たいものが走ったような気がして、思わず己の身体を掻き抱いた。


 しかし、クラースは特に緊張する様子もなくゆっくりと『嗤面獅獣マンティコア』へと近づいていった。


《――ホント、相変わらずキモい笑い浮かべてるな、ニヤケ不細工》


《大して強くないのに、自信満々って感じだよね》


《それなー。というか、外じゃコイツらなんて下から数えた方が早いし――な、っと》


 それは僅かなブレ・・だった。

 ニタリと笑みを浮かべて、余裕を表していた『嗤面獅獣マンティコア』の間合いに入ろうかという、その一歩手前でクラースが腰を落とし、腰に提げた刀の柄をに手をかけ、僅かに生じたブレ・・


 しかし、次の瞬間。

 クラースの正面にいた『嗤面獅獣マンティコア』の目元に銀閃が走り、勢い良く血が噴き出て、ようやく気が付いたといった様子で『嗤面獅獣マンティコア』が叫び声をあげながら後方に跳んだ。


 クラースの攻撃に全く反応できなかった事自体、『嗤面獅獣マンティコア』にとってみれば予想外で、想定外だった。


 自分は強者であり、ヒトは弱者だ。

 だからこそ、嬲り殺し、希望を見せるフリをして絶望させて相手を殺すというのは、『嗤面獅獣マンティコア』という魔物にとっての何よりも楽しい狩りなのだ。


 だが、反応すらできなかった。

 避けるつもりで、煽るつもりで動かずにいた己に、己が反応できないような速度で攻撃が放たれ、自分は傷を負ってしまった。


 しかし、もう油断はしない。

 こうして距離を取った以上、惨たらしく殺してやろう、と『嗤面獅獣マンティコア』は怒りを顕に動こうとして――気が付いた。


 ――後方に跳んで距離を稼いだ、はずだった。

 なのに、先程と同じ距離、いや、更に懐に男の気配を感じる事に。


《――だから雑魚なんだよ、お前。なんで弱いクセにやたら自信満々な感じで構えてやがる》


 キィンと甲高い残響だけを耳にしながら、『嗤面獅獣マンティコア』が縦に両断され、左右に真っ二つに分かれて煙になっていく。

 その光景を見つめながらクラースが刀の柄から手を離して言い放った言葉は、『嗤面獅獣マンティコア』には届かず、その場にいたリヒトと、その姿を観ている観客達の耳だけに届いた。


「……は?」

「え……? いや、うそぉ……?」

「今、何が起きた……?」

「は、速すぎないか……?」

「ふぉおおおぉぉぉッ!? カッケー!? なんだあれ!?」


 メレディスの冒険者ギルドだけではなかった。

 村で、町で、あるいは王都と呼ばれるような世界中で、クラースのその卓越した強さが今、こうして披露されたのだ。

 惜しむらくは手拭いも首巻きも外しておらず、その精悍な顔付きが見えずに赤い切れ長の双眸だけが見えているに過ぎなかった事だろう。


 爆発した歓声に、凄まじいものを観たと興奮する人々の声が広がるその中で、リクハルドはスクリーンを見つめて唖然とした表情を浮かべるルイシーナに向けて、静かに告げる。


「――あの二人は、正直、俺達が束になってもどちらか一人にすら勝てない。それぐらい、強いからね」


 かの『逢魔の森』の奥地から、凄まじく高価な、希少な素材を当たり前のように狩ってくる謎の集団、〝夜梟ノクト〟の一人が、それを断言する。その意味をルイシーナが理解するには、かなりの時間を必要とした。





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