こうして世界は二人を知る Ⅲ




 興奮冷めやらぬ様子で盛り上がる冒険者ギルドレストラン。

 天井から吊り下げられた巨大なスクリーンには、先程のクラースと『嗤面獅獣マンティコア』との一瞬の攻防がスローで再生されており、一瞬で距離を詰めたところ、クラースが告げた言葉、そこから放たれた神速の抜刀術の一部始終が映し出されていた。

 冒険者達はそれを見て抜刀術に憧れてみたり、あるいは自分だってあれぐらいはできると豪語してみせたりと、実に騒がしく盛り上がっていた。


 一方、そんな外の世界の様子を知らないクラースとリヒトの二人は、まったくと言っても良い程の自然体といった姿で話し込んでいた。


「それで、『位階』は上がった?」


「あぁ、そうだった。――ステータス」


「え、何いきなり。独り言? 頭おかしくなった?」


「ちげぇよ!? こうする事で、『系譜』に名を連ねると『位階』だとかを確認できるんだとさ」


「ふーん。……で、どうやって?」


「は? いや、ほら。これだよ。ここにあるだろ? ここに書いてあるぞ。まだ『位階』とやらも上がってないみたいだな」


 何もない空間を指差して告げるクラースを前に、リヒトは小首を傾げつつ、本当に頭がおかしくなったのかと密かに思う。何せクラースが指差している空間には何も存在しておらず、クラースが口にしているようなものは一切見当たらないのだ。


 一方でクラースもまた、リヒトが段々と訝しげな表情を浮かべ始めている事に違和感を覚えていた。


「もしかして、見えないのか?」


「うん。僕から見てるとクラースが突然訳の分からない事を言って何もない空間を指差してるように見えるね。頭大丈夫?」


「大丈夫だっつの。しっかし見えないときたか。『系譜』に名を連ねた他の連中なら見れたりすんのか……?」


「さあ? とりあえず、他人の前でやらない方がいいと思うよ? 見えたとしたら情報を知られるって事になるんだろうし、僕みたいに見えない人から見ると、クラースがおかしくなったみたいに見えるから」


「そこまで言うか?」


「僕とクラースが逆の立場だったとしたら、どう見える?」


 クラースがリヒトと逆の立場になったとして、この状況をどう思ったか想像してみる。

 突然訳の分からない単語を口にして空中を指差し、「ここに書いてあるんだ」と言い出すリヒトの姿。しかし自分にはその何かが見えず、何もない場所で突然独り言を口にして、何もないのに何かあると言い出している、と。


「…………なるほど。確かにちょっとおかしくなったように見えなくもないかもしれん」


「でしょ」


「……おかしくなってないし、俺は至って正常だからな?」


「それ、酒に酔った大人が自分はまだ素面シラフだって豪語してる姿にそっくりだよね。他意はないけど」


「…………なんか他意しかないような気がするぞ、それ」


「自分にしか見えない何かが見えるんだ。ふーん、すごいね?」


「おいやめろ。もう他意しかないだろ、それ」


 リヒトのこの言葉はクラースだけではなく、クラースの気持ちが分かるとでも言いたげに頷いていた世界各地の冒険者ギルドレストランにいた多くの冒険者に対し、見事に突き刺さった言葉でもあった。

 何しろ彼らには本当に『系譜』によってステータスが見えるのであって、それが当たり前のものとどこかで錯覚している節があったのだ。見えない一般人から見てどのように映っているかなど、気にも留めていなかったのである。


 後に、このリヒトとクラースとのやり取りのせいで、町中でステータスを確認するという行為が、冒険者の当たり前から「実は冒険者以外から見るとちょっとおかしな人に見える」という事実を突き付けられた事によって、自重する人々が増えるようになる。もっとも、そんなものはリヒトの与り知るところではないが。


 ともあれ、そんなくだらないやり取り――大多数の冒険者にとっては致命的なやり取り――を行いつつ進んだ先、そこには大きな砂山を思わせるような小山が広間の中心部に堂々と聳え立ち、その周囲や天井には二人がよく見知った魔物が大量に存在していた。


「あー、本日二度目のデカ蜂の巣だね」


「あれだけ大物の巣はなかなか見つからないけどな。外のは潰して回っちまったし」


 それはこの『ダンジョン』に入る直前、アニタにお土産として持ち帰った蜂蜜を取った巣が大きく育った姿のものであった。

 ちなみにこのデカ蜂という表現についても、『嗤面獅獣マンティコア』という外での正式名称を知らないためにつけられたニヤケ不細工という名称と同じようなものであり、リヒトによって命名されたものである。


 体長にして一メートル程はあろうかという巨大な蜂であり、この蜂は外では『鏖殺軍蜂イクス・アピス』という大層な名前がついており、巣を見つけたら遠距離からその周辺一帯もろとも燃やすしかない。それぐらいの対応が必要となる『戦略級』魔物である。

 一匹の戦闘力は『上級』下位程度と言われているが、一匹でも傷付けた途端に警戒音を鳴らし、大量に仲間たちを呼び寄せるという性質の悪さからも、かつては『里』でも打つ手なしとして近寄らないように気をつけるべき魔物であった。


 しかし、リヒトにとってはただの蜂蜜製造デカ蜂である。

 ここ数年では『里』でもデカ蜂という名として知られ、巣を見つけ次第リヒトに伝えれば、最高に美味しい蜂蜜が手に入るとして知られており、養殖すら検討されている程度には軽い扱いとなっているのはリヒトのせいだ。

 それもこれも、そのデカ蜂の長く強靭で凶悪な毒を注入するための針を引っこ抜いて棒手裏剣の代用品にできないか試そうとして、針を抜いたら攻撃ができないため凶暴性を失うという特性を解明したリヒトのせいである。


「デカ蜂は無理だわ。さすがに俺じゃあの数は対処できない」


「えー、『位階』あげてよ」


「無茶言うな」


「――俺の獲物だ、手出しすんなよ」


「おいやめろ!? キリッとしてんじゃねぇ! つか引っ張ってくんじゃねぇよ!?」


「冗談だよ。まあ相性の問題だから、しょうがないね」


 この瞬間、その場にいる『鏖殺軍蜂イクス・アピス』ことデカ蜂が何故かお尻をきゅっと下げてリヒトとクラースのいる位置から一斉に離れるように距離を取ったのは、きっと偶然である。


 そんな事は知らずに、リヒトが腰の後ろ側につけたポーチ、そこから取り出したゴルフボール大の茶色い球体、その頭頂部には導火線が飛び出している何かをクラースに持って見せた。


「ん? なんだそれ?」


「これ、試作品なんだよね」


「試作品? なんだ、それ? いつもの〝術〟は使わないのか?」


「うん、せっかく洞窟内なんだし、効果を見るには最適かなって思って」


 導火線の先端に、燃焼鉱石と呼ばれる少し強く擦り付けるだけで強い火花を発する鉱石を砕いて貼り付けている布を押し当ててリヒトが擦ってみせると、勢い良く火花が散り、導火線に着火する。

 着火を確認したリヒトが、チリチリと音を立てながら燃えるそれを「そいっ」と気楽な様子で投げ込んだ。


 紫色の煙を吐き出し始めた球体に向かって、『鏖殺軍蜂イクス・アピス』が一斉に突然侵入してきた外敵と見做して襲いかかろうと飛びかかった。巣を守ろうとしているのか、その反応は早く、警戒音が次々に巣から仲間を飛び立たせる。

 しかし、『鏖殺軍蜂イクス・アピス』は突然力なく墜落し、もがくように身体を動かし、そしてついに動きを止めていった。


 その光景を遠目に見つめていたクラースが、首巻きで覆った口元をさらに上から押さえつつ頬を引き攣らせた。


「……なあ、あれって……」


「対虫用の痺れ煙幕玉。ほら、前に見かけたデカくて臭い紫色の花の中から抽出して作ってみたんだ」


「……やっぱりアレか」


 それはこの前の夏の話だった。

 夏と言えば昆虫系の魔物が活発になるのだが、今年の夏は妙にその数が少なく、調査の必要があるという判断が下された。

 そのため、クラースとリヒトも二人で『里』の近くで普段は通らないような場所を自主的に見回りしていたのだが、その際にそれは見つかった。


 食虫植物の魔物化した存在。

 強烈な甘ったるい匂いを周囲に発し、あらゆる虫を惹き寄せて麻痺させてから捕食するという特性を持っていたのだ。

 周辺から次々と昆虫型の魔物が惹き寄せられ、その場で動かなくなり、その死骸をゆっくりと溶かして捕食する性質であるからか、死骸を蔦で縛り上げて確保していたのである。


 その光景から、この夏の異常を齎した原因がその食虫植物の魔物が猛威を振るった結果だったようだ、という結論に至った。


 リヒトらにとっては害はなかったのだが、いつ『里』の者を襲うかも分からない以上は放置する訳にもいかず、リヒトが〝術〟を使ってあっさりと刈り取ったのだが、リヒトはその麻痺毒と昆虫系の魔物を惹き寄せるという特性をどうにか利用できないかと考えて、『里』の女衆で薬師の女性と一緒になって解体、研究していた。デカ蜂を見つける度に蜂蜜取ってこいと言われるのが面倒くさかったのだ。


 しかし、結果は思っていたよりも芳しくはなかった。


「――あ、こっちに気が付いた」


「来るぞ」


「うーん、もっと密閉した空間で充満させないとダメかな。テストするいい機会だと思ったんだけど、要改良だなぁ」


 ブブブブブと耳障りな羽音を立てて飛びかかってくる『鏖殺軍蜂イクス・アピス』を見ながらそんな言葉をぼやきつつ、リヒトが棒手裏剣と『術符』を取り出し、〝術〟の準備を始めるが、あまり時間はなさそうだ。


「手、貸すか?」


「いや、もう準備は終わったよ」


 手慣れた様子で棒手裏剣と『術符』を三セットばかり用意して、リヒトがそれを周囲に投げつける。

 それらはこちらに向かってきている『鏖殺軍蜂イクス・アピス』とは離れた位置に突き立っていて、投擲による攻撃を意識して行ったのであれば明らかに暴投とも言えるような外れぶりを発揮している。


 もっとも、それも狙い通りだ。

 リヒトが『術力』を込めながらさらに一枚の『術符』を指に挟んで印を結び、キーワードを口にした。


「――暴れ回れ、【颶風雷界ぐふうらいかい】」


 投げ飛ばした棒手裏剣に括られた『術符』が輝き、颶風を巻き起こし、荒れ狂う。

 同時に、指先に挟んだ『術符』から放たれた雷撃が颶風を引き起こす三本の棒手裏剣の間を縦横無尽に枝分かれし、激しい音を奏でつつ行ったり来たりを繰り返し、風に囚われた魔物を炭化させて暴れ回った。


 目の前で吹き荒れる颶風に暴れ回る雷撃。

 その光景に再びクラースが頬を引き攣らせる事になったのも、無理はなかった。


「うわぁ……、えげつねぇ……」


「実験第二弾。こっちは成功……? だね」


「ちょっと待て。なんか怪しいぞ、その言い方。これ、範囲指定型の結界術を混ぜたって事だよな? それにしたってこんな威力になるなんて聞いた事もないんだが……」


「うん、僕も」


「成功とは言えないだろ、それ……」


「魔物を殺せればそれは成功だよ。細かいことは気にしない。僕が勝者で、魔物が敗者になった。うん、成功でしょ?」


 リヒトという少年の方は、どこかマッドな香りを漂わせた人物である。

 そんな評価が、世界中の冒険者ギルドで配信を観ている者達に共通して下された瞬間であった。







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