マーリトとトゥーラ
「トゥーラ。クラースとリヒトが『成人の儀』を突破したって話は、二人から聞いたね?」
「……はい、マーリト様」
リヒトとクラースが『ダンジョン』を踏破して帰ってきた、その翌日。
マーリトの屋敷にはトゥーラが呼び出されており、マーリトと向かい合う形で腰を下ろしていた。
「……今度の春で数え十七になるクラースはともかく、十五になるリヒトまで大人としちまうのは、あたしもできれば避けたかったんだがね……。すまないね」
リヒトとクラースが住む『里』には誕生日という概念がない。
生まれた年をゼロ歳として、そこから春を迎える度に全員が一つずつ歳を重ねるという形となるため、何月何日が誕生日、という感覚は持ち合わせていないのだ。
今度の春で十七になるクラースと、十五になるリヒト。
この二人がこの年齢で『成人の儀』を終えるというのは、『里』では非常に珍しいケースだ。
元々、『成人の儀』は外の魔物を同年代の者達と三名から五名で一組となって討伐し、その肉を持ち帰るか、仕事として弟子入りした仕事を一人でやり遂げるなどになる。
これは男衆であっても女衆であっても、男だから狩りを、女だから『里』の仕事をと分けられている訳ではなく、その本人の適正を見てマーリトのような当代の『里』の長が決めるものだ。
そんな『成人の儀』は基本的に十八となる春以降に行われるのが通例となっているのだが、それがクラースは一年以上も早まり、リヒトに至っては三年も早まる形となる。
それは『里』の大人としても、本来なら反対するべきところではある。
だが、二人の実力、精神の早熟さというものに加えて、『里』の状況を考えるに、二人を早めに大人として認め、正式に戦力にしてほしいというのもまた本音であった。
もっとも、マーリトや二人の親代わりであったトゥーラ、それにマーリトと歳の近い者達はそうした声を断固として拒絶してきた。
本人たちに対しても、敢えて口煩く『里』からあまり離れるなと言い続けてきたのだ。その言下に、子供の間は命を懸けるような真似をしてくれるなと、そういった想いを込めて。
しかし、此度の『成人の儀』を無事に終えた事を『里』の者達に知らせてしまえば、そうして守ってやる事ができなくなる。
それ故に、マーリトはその責を自らが被ると心に決めて、トゥーラに謝罪の言葉を口にしたのだ。
「……マーリト様。いくら私たちが子供として守ろうとしても、あの子たちはもう立派に大人です。ただ年齢を重ねただけじゃなく、『里』を守り、みんなの暮らしを楽にしようと考えて狩りをできるぐらい、立派な大人になっています。それこそ、三年ぐらい前からは特に、目的を持ってあの子たちは狩りをしていましたから」
「……あぁ、そうだね」
十一年前、主力であった者達が命からがらに『里』を守り、命を落としていって以来、『里』は慢性的に戦力不足に陥っていた。
そんな中にあって、五年以上前から当たり前のように『里』の周囲を見回りし、あまつさえ刀術と〝術〟の練習台と称して若い衆が苦労してチームで狩ってくる魔物を狩り、持ち帰ってくるようになった二人を、大人達も本気では叱る事ができなかった。
何故なら、『里』の近くで魔物が出てしまうと、その犠牲になるのは戦う力のない女衆らになってしまうからだ。
そしてトゥーラが言う通り、三年程前からクラースとリヒトは『里に足りないもの』を積極的に狩ってくるようになった。
大人たちが狩りをしていても、相手は自然だ。どうしても足りないものだって出てくるし、足りない事だって当然ある。
このままでは冬を越せるか、夏を乗り切れるかと不安になるような中、二人はいつも「偶然見つけた」などと言って足りないものを毎回持ち帰ってくるようになったのだ。
しかし、そんな偶然が続けば当然ながらにそれが偶然ではない事に気が付くというものだ。
クラースもリヒトも、大人たちですらしっかりと準備しなくては足を踏み入れないような場所まで、当たり前のように踏み入れ、無傷で帰ってきていたのだろう。若い大人衆が気軽には行けないような場所を探索し、それ故に男衆では見つける事のできなかった獲物を見つけ、持ち帰っている事に、マーリトやトゥーラ、そして年寄衆が気が付かないはずもない。
マーリトもトゥーラも、そして口煩く二人に『里』から離れるなと言っていた年寄衆も、そんな二人の優しさと、主力の者達が命を落として以来ゆとりのなかった『里』での暮らしに、初めて余裕が生まれるようになった事からも、目を瞑らざるを得なかったのだ。
「それでも、さ。それでも、あたしらみたいな年寄りができるのは、子供を守ってやるぐらいなもんだったんだ。あのバカタレ共が嫁でも連れてきてくれりゃともかく、そう期待してもう数年。『里』の中でアイツらといい雰囲気になる女衆もいないまんまだよ」
「そう、ですね。ただ、それについてですが、リヒトから提案がありましたよ?」
「ほう? どんなだい?」
「なんでも、『ダンジョン』に女衆を連れて行く役を若い男衆にやらせてやれば、少しは見直す機会になるんじゃないか、とかなんとか。〝術〟の『術符』を作っていたので、話半分という空気ではありましたけど……」
「……ふむ。『
トゥーラから聞かされたリヒトの提案に、マーリトも思わず唸る。
普段は男として情けない若い男衆の姿しか見る機会のない女衆に、男衆が目の前で真剣になって戦う姿を見せる機会があれば、見直すには良い機会であるとも言える。その普段とのギャップに案外弱い女もいそうだ、とマーリトは己の豊富な人生経験からも期待を持つ事ができた。
幸い、『ダンジョン』の魔物は外の魔物と同等程度の個体、もしくは弱い魔物の集団という話だ。それならば、若い男衆で四人、女衆を二人程度までなら連れて入る事もできるだろう、と頭の中で算盤を弾いてほくそ笑みつつ煙管を咥えて紫煙を吐き出すマーリトは、さながら娼館のやり手ババアか何かのようであった。
「その案、いいね。採用しようじゃないか」
「そうですか?」
「あぁ。でもね、あんたはそれどころじゃないだろう? あんたはともかく、さっさとクラースに抱かれな」
「え……!?」
その一言を告げた途端、トゥーラの顔が僅かに赤面する事にマーリトは気が付いていた。
おっとりとした美人であるトゥーラは、普段から
そんな女性が見て取れる程度に赤面して目を丸くしている姿を見れば、クラースがしっかりと想いを告げていて、それを意識しているであろう事は見て取れる。
トゥーラの分かりやすい変化に、しかしマーリトは呆れたように目を細め、紫煙と共に溜息を吐き出した。
「なにを初心な生娘みたいな反応してるんだい……」
「えっ、いえ、そんなことは……!」
「あるんだよ、バカな娘だねぇ。おおかた、そんな風に見ていなかっただのなんだのって理由をつけて、自分みたいな子持ちが愛される事に困惑して断りでもしたんだろう?」
「…………あの、はぃ……」
「かーっ、バカな真似してんじゃないよ。いいかい、トゥーラ。器量良しですでに子もいる。そんなあんたがクラースの最初の女になってやる方が、クラースの為ってもんさ。よく考えな。あの子が大人になったら、女衆が熱くなっちまう。そんな女衆の面倒を見て統制を取ってやれるのは、トゥーラ、あんたしかいないんだよ。女衆からも好かれ、憧れられてるあんたしかね」
「え、えぇっ!? な、なぜですか!?」
――自覚がなかったのかい、この娘は。
マーリトはそんな事を思いつつ余計に呆れながら、煙管の灰を落としてから改めて薬草の粉末を載せて火を点けた。
「いいかい、トゥーラ。ただでさえ男衆の評価が落ちていて、そんな中で可愛がられているのがクラースとリヒトだ。そんな二人が大人になったと聞けば、女衆は評価が落ちているバカタレ共に完全に見切りをつけて、即座に二人にアプローチし始めるだろうって事ぐらい、想像できるだろう?」
「それは……、まあ……」
現在、若い男衆と女衆の関わり合い自体が減っているのだ。
男は男同士で集まってバカな話に盛り上がり、女衆は女衆で集まってしまっているせいもあって、男と女の溝はかなり深いと言える。
そんな中でも、クラースとリヒトは人気だ。
あの二人に何かと構いたがる女衆はそれなりに多く、『里』の中にいればすぐに女衆の誰かしらが寄ってくる、というのがマーリト、そしてトゥーラの見解であった。
これまでは「子供相手におかしな真似をするなよ」と牽制できたものの、あの二人が大人になれば、それができなくなるという事だ。
「そうなれば、始まるのは女衆による統制の取れない戦いだ。リヒトに対してそこまで強烈なアプローチはしないだろうけどね、クラースは別さ。あの子は男としてモテる要素ってのを持ってるからね。露骨に色仕掛けするような女衆も現れるだろうよ。なんせ子を宿せる時間は限られてるんだ。多少強引な手を使う女は多いよ」
「……確かに」
「結果として、場合によってはクラースも嫌気が差して、女という生き物に対して苦手意識を抱いてしまいかねないんだ。だからこそ、そういう男には、女衆を統制できる分かりやすいトップが必要になるってのは、あんたも知っているね?」
「…………うぅ。それは、はぃ……」
「だろう? 状況的にも必要で、しかもあんただって想いを告げられてしっかり意識してるじゃないか。どうしても割り切れないってんなら、女を教えるっていう母親としての最後の務めと割り切るんだね」
「……そ、その、クラースについては、嫌という訳ではないですけど……。でも、そうなると、私はリヒトにまで……?」
「バカタレ! 割り切れないならそうやれって話だよ!」
「ア、ハイ」
嫋やかで女性らしく、胸も大きく母性のあるトゥーラという女性。
しかし、案外
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