ダンジョンボス Ⅰ




 岩肌が剥き出しになった洞窟を進んでは広間に当たり、そこで魔物と交戦する。

 クラースの『位階』が上がり、覚えた〝術技〟や魔法といったものがどのように発動するのかを確認しながら試してみたりと繰り返す二人。


 そうして快進撃を続けていた二人の前に現れたのは、岩肌が剥き出しになって自然に生み出された洞窟のようなこの場所には似つかわしくない、明らかに何者によって造られたであろう何かの魔物を象った重厚な扉であった。


「……さて、なんだろうな、これ」


「ここまでの造りとはまったく違うね」


「だなぁ。まあ、行くしかないんだろうけどさ」


「曲がり角とかも一切なかったしね、ここ」


「『闘技場型』はそういう仕様らしいからな。つっても、大して敵も強くなかったが」


 訳知り顔といった様子で告げるクラースに、リヒトも小さく頷く。


 最初に入ってきた突き当たった場所からひたすら真っ直ぐ進み、分かれ道もなくただただ突き進むしかなかった。

 本来、洞窟内に突然取り込まれ、出入り口すら分からないとなれば焦燥感なども沸いてくるところではあるが、クラースは『系譜』を受け入れた影響で『ダンジョン』に関する基礎知識が埋め込まれでもしたのか、『闘技場型』は全ての魔物を倒して進み、最奥にいるボスを討伐すれば『ダンジョン』の外に出られるという事を知っていた。


 もっとも、それをリヒトに話した結果、「え、頭大丈夫?」と何かおかしなものでも埋め込まれたのではないかと心配される事になった。

 単語だけ耳にすると失礼な言葉に聞こえてしまうという事もあって、クラースとしても腑に落ちないものがあったりもしたのだが、それはともかく。


「こんな扉があるって事は、まあこの先にボスとやらがいるんだろうな」


「そうだね。そろそろ夕飯の時間だし、早く倒して帰ろう」


「おう」


 二人のやり取りは、『ダンジョン配信』で観ている者達にとってみれば、非常に凶悪な魔物と戦い続け、それでもなお気丈に振る舞っているようにも見えた。

 もっとも二人にとってこの『ダンジョン』に表れる魔物たちは日常で戦う相手となんら変わらない――いわば日常であり、特に気を張るという事もなかったりもする。


 それが『里』での日常だと知れば、どれだけの数の冒険者が自信を失う事になるのか想像もつかないが、ともあれそんな事情など知る由もない二人が、躊躇う事なく扉に手をかけた。


 その途端、扉が独りでに二人を招くように開いていく。


「――ッ、これは……?」


「……さっきまでとは打って変わって、壁も床も天井も、全部しっかりと造られてる・・・・・ね」


 ――広く、そして高い。

 そんな印象を抱かせる広い真っ直ぐと伸びた道。

 磨き上げられ、敷き詰められた岩。壁面と天井部には彫刻もしっかりと施され、等間隔に壁に取り付けられた松明がゆらゆらと灯した光で陰影を揺らめかせている。

 魔物の気配もなく、ただ伸びた道の向こうが光っていて、そこまで来いと呼んでいるかのような、そんな光景が二人の前には広がっていた。


 リヒトとクラースの二人が頷き合い、クラースが半歩程度前を進む形で何も喋らずにその道を並んで進んでいく。


 そうして通路の奥、光が溢れているその場所へと辿り着いて、二人は思わず目を丸くした。


 薄暗い通路とは対照的にしっかりと灯りの灯された空間。

 正面にはクラースの胸元程度、リヒトの目線より少し高い程度の高さを有した円形の石造りの舞台が置かれ、周囲には中央から放射状に広がった無人の観客席と思しき、舞台から離れる程に高くなっているスペースまでご丁寧に設けられている。

 二人が歩いてきたのは、さしずめ闘技場の舞台上で戦う選手の控室から続く通路であったというところだろうか。


 舞台上には敵の姿はなかったが、真っ直ぐ進んだ先は階段になっていて舞台に真っ直ぐ登れるようになっていて、そこを進んで来いと言いたげに佇んでいる。


「舞台の上に登らないで横を抜けてぐるっと進んだらどうするんだろう」


「進むのは構わないが、ここに登る以外にどこにも道はなさそうだぞ。舞台の向こうにこっちみたいに通路がある訳でもなさそうだしな。見れば分かる……あぁ、リヒトの背じゃ見えな――痛っ!? 脛を蹴るな! 悪気はなかったんだよ!」


「その喧嘩買おうか。いい度胸だよ、クラース」


「だから悪気はなかったんだって! やめっ、痛っ!? やめろっての!」


 クラースにとっては当たり前に目に見えている風景かもしれないが、リヒトの目線からでは舞台が邪魔で舞台の向こう側は見えなかったのだ。それをさも当然見えているかのように言われ、悪気はないと理解できてもなんとなく許せない気分になったリヒトの鋭い蹴りが、クラースの脛を襲っていた。


 まったくもって緊張感のないやり取りではあるものの、リヒトの攻撃は思っていた以上に鋭く、しかも執拗である事から、リヒトが身長を気にしているらしい事が全世界の冒険者ギルドにて露呈されていた。


「……魔物と戦ってきたここまでの道よりダメージ受けてる気がするんだが?」


「そりゃ、魔物の攻撃受けたら致命傷なんだから当たり前じゃない?」


「そういう意味じゃねぇよ、まったく……。はあ。んじゃ、行くぞ」


 半ば呆れながらも声をかけるクラースとリヒトが、舞台上へと足を進める。

 そうして舞台上に上がりきったところで、正面の空間の一部が収縮するように景色が歪み、真っ黒い穴が広がっていったかと思えば、奥から黒い外套のようなものを身に纏い、顔には笑顔を象りながらも涙のような柄が書かれた仮面を身に着けた人のような存在が現れた。


「人……?」


 一見すれば一人の人間、体型から男と思しき存在に見えた。

 服装もそうだが、魔物のような異形の存在が持つような奇抜さは感じられず、ただ黒い外套を羽織って奇妙な仮面をつけているだけの、人だ。


 しかし、その存在は両手を前に突き出してみせると、その場で再びその存在が出てきた時と同じように黒い穴を生み出し、そこからクラースが持つような刀――否、それよりも刀身の長い太刀とも言えるそれを引き抜き、鞘を持って腰だめに構えた。


「――ッ! 下がれ、リヒト!」


 クラースの声に反射的にリヒトが後方に跳び、同時にクラース、そして正面に現れた何者かが一斉に前に飛び出し、お互いに腰から刀を抜刀して、ぶつけ合う。

 硬質な刃のぶつかり合う耳障りな音が鳴り響く中、クラースは首巻きで隠した口を僅かに開いて舌打ちした。


 ――速すぎる。

 それが初撃を繰り出し、ぶつかり合ったクラースの抱いた感想だった。


 一歩を踏み出したのは、間違いなくクラースの方が早かったのだ。

 そこから抜刀に至るまで、一歩とは言わずとも半歩程度は先んじる事ができたと感じていた。


 しかしその半歩は今、あっさりと覆されていた。

 事実ぶつかり合った刃は相手の方が速く振り抜かれ、自分は振り切る手前の状態であったせいか、押し返されている。

 このまま押し切れる相手ならばともかく、それが通用するような相手ではないと判断して、クラースは即座に手首の力を僅かに抜いて刀身の先を相手の力に任せて引き戻し、後方に下がり、仕切り直す事にした。


 そうして下がったところで追撃を――と顔をあげたその時、すでに相手はクラースの目の前まで詰めてきて、その腰を深く落とし、いつの間にか鞘に戻していた刀を引き抜く態勢に入っていた。


「まず……――ッ!」


 ――やられる、と思いながら少しでも傷を浅くしようとクラースがさらに後方へと地を蹴った、その瞬間。

 しかし、敵は何かに気が付いた様子で後方へと跳び、一瞬遅れて『術符』が括られた棒手裏剣がカカカッ、と音を立てて敵のいたその位置に突き立った。


 後方に跳んでいたリヒトが、すでにフォローに動いていたのだ。


「リヒト、助かった!」


「速すぎる。正攻法は厳しいと思う」


「あぁ、俺もそう思う。策は任せる」


「了解。攻め時を作ったら声をかける」


「あいよ」


 短いやり取りではあるが、普段から戦い慣れている魔物ならばいざ知らず、強敵と言えるような魔物との戦いの中では、悠長にお喋りをする余裕などそうそう生まれないものだ。

 そんな状況に慣れた様子で短く必要な情報だけを交換し合うと、クラースが再び構え、リヒトも後方に下がりながらその戦いをじっと見つめる。


「――【幻歩】」


 クラースが使ったのは、『系譜』によって得た〝術技スキル〟――【幻歩】だ。

 ぱっと見ていると動きと実際に進んでいる速度が噛み合わなかったりという、僅かなズレ・・を生じさせる程度のものだ。


 前へ一歩踏み出す動き。だというのに、身体は斜め前に動く、そんな〝術技スキル〟でしかないが、クラースの速度を考えればそれだけでも充分に脅威になる。

 しかし、敵はその【幻歩】の動きを読み切れてはいないものの、持ち前の速さで迫ってくるため、クラースも策を練るまでは現状は防戦一方といったところであったらしい。


 さすがに【幻歩】に完璧に釣られる程、相手も馬鹿ではないらしい。

 そんな評価を下しながら戦いを後方からじっと見つめていたリヒトが、ふと何かに気が付いたかのように再び棒手裏剣を引き抜き、『術符』を括り付け、投擲する。


 しかしその棒手裏剣は敵の横を抜けるように素通りし、そのまま敵の斜め後方に突き立るという、明後日の方向に向かって投げられたものであった。


 しかし、敵はそれを完全に無視する事はなかった。

 それを僅かに確認するように顔の向きを動かすと、クラースへの攻撃を続けながらも敵が僅かに棒手裏剣から離れるような位置へと移動したのだ。


 その姿を見て、リヒトは首巻きで隠した口角を引き上げると、腰に取り付けていたポシェットから数枚の『術符』を引き抜き、『術符』の入っていたポシェットそのものを腰から外してその場に無造作にそのまま足元に落とした。


「クラース」


「っと。おう、なんだ?」


大技・・で決める。〝術〟の構築時間を稼いで」


「了解!」


 短く声を掛け合ってから、リヒトは今度は苦無を引き抜いて、『術符』を括り付けながら首巻きで覆われた口元で小さく何かを呟く。

 遠巻きに見れば、戦いの最中に戦いを放棄して、一人でブツブツと何かを喋りながら作業をしているようにも見える。


 しかし、そう見えるとは言っても実際にそうではない。

 もしもリヒトの言う通り、大技が放たれるのであれば、このまま時間が経てばこの膠着状態を打ち破る事もできるのだろう。

 世界中に散らばった冒険者ギルドにいる観客たちがそんな事を思いながらも、クラースと敵の凄まじい速度で戦う姿を見つめながら、早く〝術〟の準備を済ませてくれと祈るようにその戦いを見守っていた。


 ――しかし突如として、敵の動きが変わった。


 クラースを弾き飛ばすように攻撃を仕掛けると、僅かな隙を突いてリヒトに向かって途端に身体の向きを変えて、クラースを置き去りにして駆け出したのだ。


「――しま……ッ! リヒト!」


「え……?」


 真正面からクラースを優先して相手していた敵の、突然の標的の変更。

 僅かな隙を突かれる形となったリヒトが目を丸くする中、敵は止まる事なくリヒトへと近寄り、納刀していた刀を引き抜いて、リヒトに向かって振り抜いた。


 反応する事もなくその場に留まっていたリヒトの身体を剣閃が走り、腹部から胸部に向かって斜めに斬り上げられた身体が両断され――







「――いらっしゃい、お馬鹿さん・・・・・






 ――その身体がふわりとほどけるようにその場で消え去って、刀を振り抜く形でその場に留まった男の正面。

 刀も届かないような離れた位置にいた、もう一人・・・・のリヒトがそんな一言を口にして指を鳴らす。


 敵の足元、無造作に置かれたポシェット。

 それがゆらりと揺れて、数枚の『術符』に姿を変える・・・・・と、強烈な光を放ち、轟っと凄まじい勢いで巻き上がる火柱を生み出し、敵を呑み込んだ。






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