『位階』





《――ステータス、っと。あ、リヒト! 『位階』上がったぞ!》


「――ぶふぅっ!?」


 スクリーン越しにその言葉を聞いたアダルベルト。

 彼が高みの見物よろしく手に持った酒を楽しみながら配信を見つめ、もう一口と口に運んだところで飛び込んできた一言に思わず酒を噴き出した。

 つい先程、「『位階』は簡単には上がらん」とキメ顔で言い放っていただけに、なかなかに恥ずかしいものがあったのだろう、とノエルはちらりとアダルベルトを見つめ、目が合った途端にニヤリとからかうように口角を上げて煽る。


 一方でアダルベルトは額に青筋を立てつつ、しかし大人の男としての余裕を表すように怒りを呑み込みながら済ました顔を取り繕い、周囲に「気管に入ってしまってな。すまんすまん」と声をかけていた。


 そんなやり取りがスクリーン越しに行われているとは露知らず、リヒトとクラースは映像越しに緊張感のない様子でやり取りを続けていた。


《どんな感じ?》


《んーと、リヒトには見えないんだったか。ちょっと見たまんまそこに書くわ》


 クラースが太ももに巻き付けていたホルダーから苦無を取り出し、砂地の地面を足先で軽く均してから文字を書き始める姿に、冒険者達は苦笑を浮かべた。


 本来、『系譜』によって与えられたステータスというものはあまり公表するものではない。

 これはひとえに、〝術技スキル〟や魔法といったものの手札を不用意に曝していた結果、その対策を行った上でお宝を手に入れた冒険者を襲撃するという事件が多かった事が起因している。

 そのため、今では冒険者ギルドの初心者講習――普通の冒険者はこれを受けなくては『ダンジョン』に入る事を許可してもらえない――では誰もが真っ先に習う内容だ。


 配信を見る限り、クラースとリヒトは冒険者としての〝初心者ルーキー〟でさえ知るような知識も持たずに『ダンジョン』に挑んでいる可能性は確かにあったが、このやり取りを見ていて多くの者がそれが事実である事を察した。

 もちろん、疑り深い者はクラースが書き出す内容もそれっぽく誤魔化したものに違いないと言い出すであろうが、それはさて置き。


《よし、できた。こんな感じだな》




――――――――――――――

名前:クラース


位階:Ⅱ


術技:【闘気斬Ⅰ】・【幻歩Ⅰ】


魔法:【初級:風魔法Ⅰ】

――――――――――――――




「え……、は? マジで?」

「たった一上がっただけで、〝術技スキル〟と魔法で三つ……?」

「いやいやいや、有り得ねぇだろ。普通、『位階』が一つ上がって一つの〝術技スキル〟か魔法だぞ? たまに両方一つずつなんていうツイてるヤツもいるが……」

「おいおいおい、あの強さで〝術技スキル〟と魔法がこんなに増えたってことだろ? どうなっちまうんだ?」


 ざわざわと困惑の声が広がるのも無理はなかった。

 確かに彼らが言う通り、一般的に『位階』が一上がれば〝術技スキル〟か魔法が開花すると言われているからだ。


 それが三つもとなれば、当然素晴らしい内容ではあるし珍しい事だと驚くのも無理はない。

 しかし、特級パーティである『巨人の軌跡』に所属するアダルベルト、そしてノエルは、確かに驚いてはいたものの、かと言ってそれがとてつもなく凄いことだ、とは思わなかった。


「――フン、騒ぎ過ぎよ」


「仕方ないと言えば仕方ないだろう。確かに珍しい結果ではあるからな。だが……」


「えぇ、そうね。〝術技スキル〟も魔法も、それを成長させていかなければ意味がないわ。『位階』を上げれば数は追いつくんだもの、別に騒ぐ事でもなんでもないわ」


 『系譜』によって与えられた〝術技スキル〟も魔法も、『位階』が上昇せずともそれぞれの使用頻度、使い方の創意工夫によって実践で使えるものに昇華する必要がある代物だ。

 そうして使えば使うほど熟練度とでも言うべきものがある程度蓄積されていき、それぞれの名の横に記載された数値――レベルが上昇するというシステムであり、レベルが上昇するとできる事の幅が広がり、威力も増していく。


 そうして昇華させ、戦いの中で組み込む事で初めて強さが得られるのだ。


 手数だけ増えて器用貧乏よろしく色々できるが全て二流と言うのであれば、中級中位以降の『ダンジョン』では通用しなくなる。

 だからこそ『ダンジョン』で『系譜』を与える存在は、〝種〟という言い方をしているのだろうというのが上級や特級冒険者たちの共通認識である。


《ふぅん、なんか色々あるね……。――ねぇ、クラース》


《ん?》


《これ、どうやって発動すんの?》


《…………さ、叫ぶ、とか? ステータスみたいに……》


 しん、と放送を見ていた冒険者たちが静まり返り、映像越しにリヒトが次に返してきそうな反応に予想がついて、思わず目を見開いて固唾を呑んだ。


 クラースの推測は正しい。

 覚えた〝術技スキル〟や魔法は、叫ぶ事で発動するのだ。


 つい先程、ステータスと呟いて虚空を見つめる姿を痛々しい発言したリヒトがその事実に気が付いた時、その口から何が飛び出してくるのか。

 その続きにクラースも、そして冒険者達もまた想像がついてしまったのである。


《…………そっか》


《……なんだよ。というか、その生暖かい目やめろ》


 クラースの言葉はその配信を見つめている多くの冒険者の心の声であった。

 冒険者としては当たり前となっていた文化は、割と一般人にとってはイタイ・・・のだと知って、どうも諦めたような、それでいて見守るような、そんななんとも形容し難い生暖かさを宿したリヒトの目がカメラ目線になっている辺り、〝戯神〟もかなり性格が悪い。


《いやぁ……。えっと、そう、なんだ? なんかこう、ずいぶんと独り言多くなるね?》


《お、俺のせいじゃねぇだろ!? というか、それを言うならお前の〝術〟だって似たようなもんだろ!?》


《……今度から口で言わない印だけで発動するように調整しておこ》


《っ!?》


 裏切るのか、と言いたげに己を見つめるクラースからついっとリヒトが視線を逸らす。


 そう、実はクラースを見ていてリヒトもまた気が付いてしまったのだ。

 今までは〝術〟の仕様上、どうしようもない事として安全対策を取って行ってキーワードと印を設定してきた。それをクラースも知っていたからこそ、それが普通の事として受け入れてきた。


 しかし、先程のようにある日突然そんな事をしだして、前提の知識がない人物がそれを見た時に、どう見えているのか。

 リヒトはそれを知ってしまったのである。


 今では即座に発動させる〝術〟は、発動速度を重視して〝術力〟を込めて指を鳴らすだけでも代用できるようにもなっている。

 他の〝術〟だってそうやって改良してしまえば、口に出さなくても良くなるじゃないか、と。


《……なあ、リヒト。キーワードと印の両方がないと誤発動する可能性はあると思うんだ。ほら、安全性を確保するって意味でも、今のままの方がいいと思うぞ? な? お前もそう思うだろ?》


《印を少し複雑にすればいいだけだと思うけど?》


《いやいやいや、はっはっは、何を言っているんだい、リヒトくん。キミの〝術〟は強力なんだから、気をつけるに越した事はないじゃないか》


《いや、別に大丈夫だよ。その辺はもう調整できるし――》


《――俺だけを置いてお前だけ言わなくなるのやめろって言ってんだよおおぉぉぉっ!》


 取り繕って説得するのは無理だという結論に至り、クラースの切ない叫びが『ダンジョン』に響き渡り、それを配信している冒険者ギルドにも響き渡った。


 そんなクラースを正面から見据えて、リヒトは首巻きを下ろし、手拭いを外してから「しょうがないなぁ」とでも言いたげに微笑んで、クラースの肩に手を置いた。




《リヒト、分かってくれたか――》






《――僕は〝術〟の仕様、変えるね?》







《お前……ッ! 今のそういう流れじゃなくねぇ!?》


 クラースの叫びに、多くの冒険者が賛同した。





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