水の問題



キリが良くなかったので短めです_(:3 」∠ )_



―――――――――




 幸いにも、リヒトとクラースの二人が卵嚢狩りに出た初日と翌日は天候に恵まれた。

 素材が揃った事を報告したその翌日、マーリトから呼び出され、男衆を率いるリクハルドとの進捗の報告や設計上どこに術を設置するかという話し合いの場が設けられた。


「――で、どうなんだい?」


「卵嚢は必要分を拾ってきたよ。昨晩試したけれど、術力を中に滞留するから定期的に術力を込めてくれれば術に必要な術力だけを使い続けてくれるみたい」


「……それはまた……」


「……凄いな……」


 マーリトに水を向けられたリヒトが淡々と答えてみせる内容は、里のこれまでの術の常識をあっさりと打ち破るものだ。

 本来は術力を注ぎ、必要な術力が注がれたところで発動するというもの。それを爆弾の導火線のように術力を注ぐ場所と術の発動位置を繋いで発動する、というだけで精一杯だったのだ。

 それが、術力を注いでおくだけで持続して術を発動し続けるとなれば、術の常識的な扱い方しか知らないマーリトやリクハルドが感嘆するのも無理はなかった。


「その卵嚢一つを術力で満たせばいいという話だが、だいたいどれぐらいの術力が必要になる?」


「僕が術力を注ぎ込んで、だいたい半分も減らないぐらいで卵嚢の許容限界に達した感じかな」


「ふぅむ、そう言われてもあんたの術力じゃ判断がつかないね……。正直、あんたの術力の量は術力を得意とするような女衆の数人分に値するじゃないか」


 そもそも術力は人によって量が大きく異なる。


 たとえばリクハルド、それにクラースであればリヒトがダンジョンで使ったような【死天闇界してんあんかい】や【颶風雷界ぐふうらいかい】のような大掛かりな術を一発でも発動すれば術力が枯渇し、酷い倦怠感に襲われる事になる。

 一方で、術を率先して狩猟に使う〝狩猟衆〟のトップであるカゲハであれば、五発程度までなら使えるが、それ以上となれば枯渇状態になってしまう。


 対してリヒトは、そのような大掛かりな術を十連続放ったとしても、『ちょっと疲れた』という程度の感想に留まってしまう。

 そんなリヒトにとっての『半分に満たない』という術力と言われても、誰もピンと来ないのだ。


「最初だけ術力を注いでおくから、あとは順番に注ぎ足すような感じでいいと思うよ。術自体の術力消費量は少ないし、あれなら一日発動し続けてもクラースが術力を注げば満タンになるぐらいで済むから」


「へぇ、それなら術力の多めの女衆なら、一人で全部の卵嚢に術力を注いでもどうにかなりそうだね」


「多分ね。満タンに入れてれば毎日術力を注がなくても、三日に一回ぐらい数名の女衆が術力を注ぎ足せばいいんじゃないかな」


 卵嚢が何日使い続けていれば術力が満タンの状態から空になるのかはまだ予測に過ぎないが、十日かそれに届かない程度ならば術を使い続ける事ができるだろうとリヒトは見ている。

 空っぽの状態から術力を注ぐのでは骨が折れるかもしれないが、術力が大して多くなくても三日分ぐらいならば簡単に溜まるだろう、というのがリヒトの見解だ。


「なるほど、それならずっと温かいお湯を維持できそうだね。オババ、やっぱり水源は川から引っ張った方がいいんじゃないか? 術で供給し続けるよりもその方がいいと思うんだが」


「川から引っ張るっていうのも、ただ繋げればいいってもんじゃあないんだよ。雪解け、大雨で水量が一気に膨れ上がる事もあるからね。調節が難しいのさ」


「それもそうか……。かと言って、人が入るほどの桶を満たすとなれば、その分を運ぶとなれば骨は折れるな……」


「水を生み出す術もあったりはするけど、そっちはかなり術力を使うからオススメできないかな」


 術の中でも無から有を生み出すようなものは確かに存在している。事実、リヒトが使っている術の多くは無から有を発生するものが多い。

 しかし、無から有を生み出す工程は術力消費が激しく、里の者が使うのであれば炎を巻き上げる術であれば松明を中心に設置するなどして術力の消費を減らすのが一般的だ。術力の多いリヒトであっても、人が入るような桶を満たす水を無から作り出すのは負担が大きすぎる。


「だったら、水を引き込んで量を調節するという、その調節を術で行えるようにしたらどうだ?」


「どういう意味だい?」


「オババが言うような水量の問題だが、要するに水が多すぎるような事態になったら水が溢れるってことだ。つまり、入り込み過ぎないように調整できればいいんだろ? だったら、予め水量を調整できるように水路に蓋をできるようにしておけばいい。その開閉を術で調節できれば、必要な時だけ発動させるなら術力の消費量を抑えられるんじゃないか?」


 雨量が多い時などは水が必要以上に入らないよう川から水路へと入り込む水の量を減らせるように調節しよう、という訳だ。それであれば、川から水路に流れ込む水の量を調節する事も、栓を閉めて水路へと繋がる穴を塞いだり、あるいは水路の穴そのものを狭めるという事ならば術で行う事も不可能ではない。


「ふむ、そっちの方が現実的だね。いいだろう。じゃあ、そっちで調節していけるように鍛冶師連中とも相談してみるよ。管を通して水路から水を引っ張る、なんて話が前に出ていたからね。できるかどうかも含めて、一度こっちで話しておくよ」


 水道というものが存在していない里の暮らしで水を通す管を使うという話が出ているのは、初代里長の用意したシャワーという魔道具の構造から考えられていたが、水路から直接引っ張るには管として適した素材がなかなか手に入らなかった。

 最近になってリヒトやクラースが山の奥深くから不思議な植物や魔物の皮、鉱石などを持ち帰る事が増えていたため、色々な素材が発見されている。それらを使えばどうにかできるかもしれないと考えて、マーリトはそんな言葉で話を締め括るのであった。




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