世代交代の足音
「……クソ、なんで俺らが冬にまで働かなきゃなんねーんだよ」
「つべこべ言わずに働け、ラディム」
「……チッ、女どもに尻尾振ってる癖に偉そうに」
「――ラディム! いい加減にしないか! さっさと動け!」
「るっせーなぁッ! やってんだろうが!」
捨て台詞を吐くように怒声に怒声を返し、背を向けてラディムが離れていく。
その後ろ姿に、リクハルドに代わって怒声をあげた男――アルノルドが眉間に皺を寄せつつもラディムの肩を掴んでやろうと手を伸ばしたところで、アルノルドの太い腕をリクハルドがぐっと片手で押さえ、その動きを制した。
「落ち着け、アル」
「落ち着いてられるか。リクハルド、お前は俺らのトップなんだ。あのガキに言われるまま聞いてちゃ示しがつかねぇ」
「仕方ないさ。押さえつけるだけじゃ反発するが、言われた事ぐらいはちゃんとやっている」
「だが……!」
「アイツも焦っているんだろう。クラースが大人の仲間入りを果たした事で、次の世代のトップ候補という座はクラースに移ってしまう。ああやって当たり散らす事で力を誇示しているつもりかもしれんが……まあ、あんな態度を取っていられるのもこの冬までが限度だろうさ」
そこまで言われて、アルノルドはリクハルドの言葉を飲み込んで腕の力を抜き、しかし険しい顔つきのまま離れて行ったラディムの後ろ姿からようやく視線を切った。
「新しい世代の台頭による焦り、か……。俺達よりも歳上の男衆も、同じような経験をしたのだろうか」
「あの戦いが起こる前までは、多少なりともあったと聞いた事があるぞ。もっとも、俺達の場合は上にいた者達がいなくなってしまったし、下にいる者達もまた皆子供だった。そんな事を考える余裕もなかったがな」
「違いない」
「それに、今回のコレはどうもリヒトが一枚噛んでいるようでな。クラースが大人の仲間入りするだけじゃなく、さらにリヒトによる里の事業だ。ラディムの立場からしたら、そりゃあ焦るさ」
「……リヒトか。アイツは何を考えているのか分からん」
「そう言うなよ。オババが言うには、里の生活を豊かにしてくれるって話だしな。次代が若い内からそうやって活躍してくれる分にはありがたい限りさ」
「次代、か。俺達も、もうそんな歳になったのだな……」
「……あぁ。よく生き残ったものだな」
リクハルドの年齢は三十二歳。
十一年前の戦いで生き残った若い世代の戦士であったが、里の戦士としての適齢期と言われる二十代を超えてしまっている。
かつての慣習に倣えば、本来ならば男衆のトップの座は二十七になる頃には次代を定め、そこからニ年程度で次代に引き継いでいくものであった。しかし、今は里の戦士と言える若い男衆は極端に少なくなり、早めの引退生活など送れるはずもない。
だが、年々体力の衰えを感じているのもまた事実だった。
せめて三十五までは――クラースはもちろん、リヒトが大人の仲間入りをするまでは、と考えてはいた。
しかし、それがダンジョンの調査という形で予想外に早まった事によって、次代のトップを決めるのではと若い衆の間では囁かれている事をリクハルドはもちろん、アルノルドも知っていた。
「クラースはともかく、そもそも俺は、ラディムが若手のトップ候補と思った事なんぞ一度たりともないぞ。お前のような器を持つ者こそトップに相応しい」
「ははは、買い被りさ。俺だって自分が相応しいなんて思った事もないよ」
「何を言う。俺はお前以外が相手であれば、トップの座を譲ろうとは思っていなかった。そしてその決断は正しいものだったと、今も思っている」
「……そうか。そう言ってくれるなら良かったよ」
里の戦士達における世代毎のトップとは、実力の他に、統率力であったり指揮力であったりと多種多様な要素で決められる。
巨漢で筋骨隆々の逞しい肉体を持つアルノルドは、個の戦闘能力でいえば凄まじい力を有してはいるものの、戦いになると周りが見えなくなりがちで、自分はトップの器ではないと考えていた。
一方で、一見して優男風に見えるリクハルドだが、彼は当然戦士としても一流と呼べるものの、アルノルド程の数人分の戦闘能力を有しているとは言えない。
確かにアルノルドはリクハルド相手に個の戦闘力では負ける気はないが、しかし、今の若い男衆を上手く率い、男衆が少ない中でも犠牲を出さずにしっかりと指揮している姿を見てきたのだ。
だからこそ、アルノルドはリクハルドこそがトップであるべきだと自らトップの座を譲る旨を公言し、それ以来リクハルドを支持し続けてきた。
そう考えた己は正しかったのだと胸を張って言える、とリクハルドは思う。
十一年前の戦いで里の戦力が激減した男衆が犠牲を出さないような戦い方を考え、実践し、常に仲間を守るような真似は、自分にはできなかっただろう。リクハルドだからこそ、それを可能にしたのだ、と。
一方で、リクハルドはアルノルドの頼り甲斐のある性格や腕っ節の強さから、アルノルドがトップになるべきと考えた事もあった。だが、「難しい事はよく分からん。若い衆も戦っていれば強くなる」と脳筋よろしく言い切ってみせるアルノルドに、「あ、コイツダメかも」と密かに思ったという。
事実として魔物に嬉々として戦いを挑みに行くあたり、兵士としては優秀だが将としての才は心もとない、というところだ。
ともあれ、そういった経緯もあって対照的な二人が里の若い男衆を率いてこれまで最前線で戦い続け、守り続けてきた里の生活が、若い衆の台頭によって新たな時代を迎えようとしているのが正しく今だろうとリクハルドもアルノルドも感じていた。
「俺達の話はともかく、ラディムについては注意深く見守るべきだろうな」
「クラースのあの絶技は他とはものが違う。力だけが全てならば、尚の事クラースが次代のトップに相応しくなってしまうという事を、本人も理解しているはずだ。自業自得ではないか」
「だからこそ、認められなくてああやって必死になって周りに牽制しているのさ。自分の居場所を守ろうとして、な」
「……フン、あの戦いが起きなければ、ラディムのような男をもっと扱いてやれたというのに……。まったく、忌々しい」
「そう言うな。あの戦いがなかったなら、ラディムの性格だって、もしかしたらもっと真っ直ぐ育ったかもしれないんだ。ラディムを真っ直ぐ育ててやれなかった俺たちにも非はあるだろうさ」
「……分かっている」
戦いが終わって全てが丸く収まる、という事はない。
被害を受けて遺された者達に降り掛かった苦難の日々を乗り越え、里の人口が増加し、当時の戦いが起こる前のような活気を取り戻せてこそ初めて終わったと言えるようになるのだろう。
そう考え、当時の大人達がいなくなった里で過剰に慎重になり、手探りで里の子供達の面倒を見る事になった当時のリクハルドやアルノルド達が後進に対して甘やかし過ぎてしまい、ラディムのような増長した若者が生まれてしまった。
誰もその当時の責任をリクハルドやアルノルドに追求しようとはしないが、生き残った年長者として許されない過ちでもあると二人は感じて生きてきた。
だからこそ、せめてクラースが、リヒトが大人になるまでに少しでも里を良くし、それから妻を娶り、自分の事を考えようと心に決めてきたのだ。
「次代に繋ぐべき俺たちの世代も、ようやく終わると言いたいところなんだがな……。ラディムの事をクラースやリヒトに丸投げする訳にもいかない」
「……あぁ、そうだな。ラディムの世代がクラースやリヒトを良い方向に導いてくれるのであれば、俺達も所帯を持って子を育てる余裕も出るのだろうがな……」
「……やっぱり、お前も言われたのか……」
「あぁ。いい加減所帯を持て、子を増やせとな。クラースとリヒトがいるなら大丈夫だ、と」
「……お前もか。俺もだ」
世界的に見ても十五で成人、早ければ二十で二児の親になるような世界だ。里はそんな世の中に比べても遅い方ではあるが、それでも三十を超えて独り身というのは十一年前までならあまり例のない話だ。
もっとも、若い男衆を率い、戦いに明け暮れ、少ない人員で里の外を飛び回るような生活をしていた以上、仕方のない事ではあった。
犠牲が必要な場面では、自分達よりも若い男衆を守るために自分達こそが犠牲になるべきだという考えもあったのだから。
「まあ、オババの言わんとしている事も分かるんだがなぁ。里じゃアニタより下が生まれていない。子がいない期間が空けば空くだけ、その分だけ皺寄せが次の世代に降りかかる」
「身も蓋もない言い方だが、それはそうだろうな……。むぅ、仕方あるまい。アイツも待たせ過ぎてしまったからな……」
「は?」
「ん、なんだ?」
「アル、お前、もしかして……相手が、いるのか……?」
「いるが?」
「……なん、だと……?」
愕然とした様子でリクハルドが呟く。
まさか筋骨隆々の大男であるアルノルドに、そのような相手がいるという話は聞いた事はなかったのだ。
そんなリクハルドの様子を見て、アルノルドが呆れたように溜息を吐き出した。
「……お前とて女衆から人気だろうに。決まった相手や約束した相手の一人や二人、いると思っていたが?」
「…………んだ」
「ん? 今なんと言った?」
「いないんだ……! 俺はいつ結婚できるかも分からないんだから、諦めてくれって言い続けていたせいで、除外されてるっぽいんだよ……! オババに言われて女衆と少し接してみても、どう見ても〝いい人〟止まりなんだよ……!」
「…………そうか。ならば、俺からもそれとなくアイツを通してリクハルドが相手を探していると広めておいてもらうか?」
「頼む! 本当に頼むぞ!」
「う、うむ……」
いつも穏やかなリクハルドには似つかわしくない、必死な様子で食らいついてくるその姿に、アルノルドは丸めている頭を掻きながら返事をしつつも、「こんな事で必死になるような男だったのか」と心の中で持つ者の余裕から生じる感想を抱いた事は決して口にしようとはしなかった。
脳筋思考なアルノルドだが、それを口にしようものならリクハルドから恨まれそうだと、そんな事を本能で感じたようであった。
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