閑話 甘い時間終了のお知らせ

前書き



風邪引いてぶっ倒れてました…_(:3」∠)_



――――――――――









 里における冬と言えば、魔物もまた冬眠する種が多いため穏やかなものだ。

 ただ、標高の高い里の周辺は一度吹雪けば視界を確保するのも難しく、天候の変動も激しい事から基本的には里の中に籠もるような生活になる。


 そんな中であっても身体が鈍らないように訓練する者は多く、特にクラースはダンジョンで拾って持ち帰ってきた太刀、『霧啼きの妖太刀』を扱うようになったため、これまでの戦い方とは異なる太刀を主体とした刀術に切り替える必要があり、その個人鍛錬に日々を費やしている。


「――シ……ッ!」


 青みがかった刀身が、乾いた風を運んでいた虚空を斬り裂く。


 里で使われる刀よりも幾分か長い刀身はクラースの背の高さ、手足の長さに合っていて、重さもちょうど良い。

 以前まで使っていた刀は短く、必然的に魔物の懐に踏み込む必要があった。しかし、この太刀ならば巨躯を有するような魔物であっても斬りやすく、間合いを取りながら魔物の動きを読みやすくなる。


 元々懐に入って攻撃を繰り出し、即座に後方に下がって間合いを確認し、再び隙をついて踏み込むという、里で学ぶ刀術の基本形。一撃離脱を繰り返し、刺突は使わない。魔物に刀が刺されば武器を失ってしまうからだ。


 しかし、この太刀は妖太刀という名に相応しいぐらいの恐ろしい斬れ味を持っており、靭やかを有しつつも頑強な刀身は、刺突すれば岩すら穿って刀身も歪まない。目から頭蓋を越えて脳を貫く、というような鋭い突きすらも可能にするだろう。

 これまでの刀では攻撃方法が限定されていたが、しかし里にいる刀鍛冶にも見てもらったところ、「見た事もない金属で造られていて、触れる事すら恐ろしい」と言わしめる、そんな不思議な太刀ならば、刺突すら必殺の一撃となり、クラースに新たな戦い方の幅を持たせてくれる。


 故にクラースは、改めて己の刀術を組み替えていた。

 頭で考え、動いてみて修正を施し、この冬の間に自らの身体に馴染ませる。

 厳しい冬を越えて飢えた魔物が巣穴から出てくるその時には、しっかりと太刀を使いこなせるように。


 元々、里に伝わっている刀術に太刀を扱うようなものはない。

 魔物の強靭な肉体を斬り裂くのに長い得物を用いれば折れてしまいかねないという問題もあり、里で造れる刀には太刀のような長い得物を打って耐えられるような金属が手に入らない事が起因している。

 また、里での刀とは初代里長のソウジが鍛冶師と共に創り上げた武器であり、短すぎず長すぎない、折られにくく、身長が百七十程度であったソウジの背丈からも持ち運びやすく扱いやすい長さである七十から八十センチの刀身を有した刀を使った刀術だけが伝わったというのも背景にあった。


 故に、試行錯誤で太刀術と呼べるものを組み上げていく。

 今までは使わなかった筋肉が悲鳴をあげている事もあるが、それでも一日一つの動作を型に落とし込み、修正し、身体に傷みが生じるような無理のあるものではないかと確認しながら、綿密に繰り返す。


「――……ふぅ」


 斬り上げからの返し、袈裟斬りからの水平薙ぎ。

 一つ一つの動きを確認し、組み替え終えたところでクラースが意識を切り替えるように溜息を吐いた。


「精が出るわね。はい、手拭いと水」


「あぁ、ありがとう、トゥーラさん」


 感心したような声色で告げながら手拭いと水を手渡してくれるトゥーラに御礼を口にしたクラースは早速手拭いで顔を拭い、水を一口飲んでトゥーラの隣、縁側に腰を下ろした。


「調子はどう?」


「悪くはないな。ただ、手探りな部分はあるし、魔物との戦いはイレギュラーが多い。そこに対応できるように身体に染み込ませるとなると、休んでる暇はなさそうだ」


 クラースの言う通り、魔物という存在は同じ種類だからといって、全く同じ攻撃を仕掛けてくる訳ではない。もちろん、武器となるのが爪であるか牙であるか、はたまた魔法であるかなども含めれば似通った傾向は出てくるが、その時々によって動きの細部は変わってくる。下手に経験則だけに頼って戦えるほど、命のやり取りは甘くない。

 同一の魔物であっても、刀を突き出した時に怪我を嫌って後退する場合もあれば、そんなものを厭わずに突っ込んできて無理にでも攻撃を通そうとしてくる事だってあるのだから。


 そうした咄嗟の場面で出てくる動きというものは、身体に染み込まされた動きになってしまう。

 太刀と刀は見た目こそ似ていて長さが異なるだけにも思えるが、その振るい方から身体の動かし方までの細部においては動きが異なっている。


 それらを染み込ませるのに、季節一つ分程度では普通ならば間に合うようなものではない。

 しかし、クラースという青年の持つ、『答えに辿り着く道筋を最短距離で進む』という才能は、そんな時間の問題を大きく短縮させていた。


「正直、リヒトからも意見を貰いたいんだけどさ。来るなって言われてるんだよなぁ」


「あら、珍しい。喧嘩でもしたの?」


「……いや、その、どうやら俺が無意識に惚気けているらしくて……」


「まあ……」


 バツが悪いと言いたげにそっぽを向いて小声で告げたクラースの言葉に、トゥーラまでもがみるみる顔を赤くしていき、クラースとはまた別の方向に視線を向けるようにしながら口元を両手で覆った。


 未亡人となってしまったトゥーラがアニタと一緒に面倒を見てきたクラースとリヒト。

 そんな二人の息子のような、弟のような存在であったクラースから想いを告げられて困惑したりもしたが、マーリトに背中を押される形でクラースに応えるようになった。


 一夫多妻制は世界的にも一般的だが、里の文化として魔物と戦う男衆に嫁いだ女衆は未亡人になりやすく、しかしその後の再婚は歓迎されている。

 というのも、再婚した女衆は男衆にのめり込み過ぎず、余裕を持って嫁いだ女衆をまとめてくれるからだ。全員が若い嫁である場合、嫉妬やマウント合戦といったものが勃発してしまい、最悪の場合は刀傷沙汰にまでなりかねない、というのは有名な話である。何せ初代里長がそうやって妻に一度刺された張本人であった。浅い傷で済んだが、青い顔で恐怖に震えていたという。


 経緯はどうあれ、クラースは女衆から最も人気を博した若い男衆となる。

 となれば、嫁いでくる女衆の事を考えてもクラースをよく知っているトゥーラが最初の妻になってくれるのは、マーリトから見ても非常に都合が良かった。

 夫が亡くなって時間が経ち、アニタもこの二年程で手がかからなくなってきて、双肩にかかっていた重荷が軽くなってきたというのもあるだろう。トゥーラもまたクラースが大人になるにつれて、時折クラースの見せる笑顔や眼差しにくらりと来そうになっては、その度に己の胸の内に湧き上がったその感情に無理やり蓋をしてきたのだが、マーリトにまで背中を押されて陥落したのであった。


「んんっ。まあ、アレだ。ほら、リヒトも術の改良にハマってるみたいだしな」


「あの子、大丈夫かしら……? 夕飯を持って行かないと取りにも来ないみたいだし」


「アイツ、集中してると時間の感覚がなくなるらしいんだよ。この前なんて朝飯持って行ってやったら首傾げててさ。どうしたのかと思って訊いてみたら、一日前の朝飯を食ってからずっと集中して術をいじってたみたいで、朝飯を持って来たのを俺が忘れてるんじゃないか、なんて言い出したし」


「……相変わらずね、あの子も」


「まあ、昔みたいに大怪我するよりはマシだと思うけどな」


「……あの頃はしょっちゅう肝が冷えたわ」


 リヒトは先天的に身体が小さく、筋力もつきにくい。そのため、刀術の才能がないと判断されたのは当然と言えば当然の流れであった。

 その後からリヒトが目をつけたのが術だったのだが、その術を解明するために年寄衆や女衆から術という術を教わり、解明するべく動き始めた頃は良かったのだが、問題はその後だった。

 術の改良と実験と称して、時には自らの術の失敗によって手や腕に大怪我を負って帰ってきたり、という日々さえあった。


 里の医療は代々の巫女の領分であり、巫女修行を行った経験のあるマーリトが扱う医療術か、薬草等を使った薬師の治療しかない。

 リヒトの傷はなかなかに大きく、その度にトゥーラが慌ててマーリトの元へと連れて行き、マーリトからは治療とお説教を受けて帰ってくる、というような日々を過ごしていた。


 それでもリヒトは止まらなかった。

 血を流しながらもぶつぶつと術符を見つめながら思考を整理するような姿、泣き叫びもせずに集中しているその姿は、真っ直ぐ全てを吸収するようなクラースとは異なる方向に尖っていた。

 年寄衆からは不気味な子だとも言われながら、それでもありとあらゆる術を解析し、組み合わせ、時に暴発させて、今に至った。


 術が完成してからというものの、遠距離で術を発動させられるようになったおかげで大怪我を負うような事はなくなったが、リヒトは実験の為なら多少の怪我など一切厭わない存在である。

 そんなリヒトが『ことわりの系譜』ならぬ『理』を手に入れた事によって、術を改良できるとなれば、一体何を生み出すのか。そしてその生み出すもののために、どれだけの事をやらかすのかと考えると、クラースもトゥーラも徐々に表情が強張っていった。


「……俺、シャワー浴びたらリヒトのこと見てくるわ」


「……お願いね。私は軽食用意しておくから、持って行ってあげて」


 目を離している隙に何かをやらかすかもしれない。

 そんな結論に至った二人は、先程までの穏やかかつ甘い時間を一蹴して、お互いにそそくさとその場を離れる事になるのであった。





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