報告




「おう、出てきたか」


「うん。クラース、どれぐらい僕のこと待ってた?」


「は? せいぜい一分弱ってところだな」


「……そっか」


 クラースが先に出てから数十秒程度、リヒトは『ダンジョン』の外に繋がるポータルの裏に回って確認してみたりという行動を取ってからポータルに入り込んだ。

 そうして〝欺神〟と出会って会話をしていたのだが、その時間はおよそ三十分程度というところ。しかしクラースから見れば、少し外で周囲に魔物はいないかと見張りながら待っている家に少しだけ遅れて出てきた、という感想である。

 この事からも〝欺神〟の言っていた言葉――つまり、あの空間は本当に時間の流れが違ったのだろう、と一人でリヒトが納得する。


「なんだ? 『ダンジョン』の外と中で時間にズレでもあるんじゃないかって検証しようとしたのか? 俺らが『ダンジョン』に入ったのが昼過ぎで、結構な数の魔物を倒しながら進んで今は夕方。大体体感としちゃあ変わりはないと思うぞ」


「あー。いや、そうじゃないんだよね。実は僕、あのポータルっていうのを潜ったら、〝欺神〟とかいう変な神様に変な空間に飛ばされたんだよね」


「……は?」


「なんか色々聞かされて、『ことわりの系譜』とはちょっと違うけど、少し面白い事ができそうなんだ」


「なんだそれ? って、おい、さっさと行くなよな! 話してくれてもいいだろ!?」


「帰りながら話すよ。お腹空いた」


「あー……、だなぁ。んじゃ行くか」


 対岸に渡って近くの木の枝に飛び乗ったリヒトを追いかけるように、クラースもまたその近くの木の枝へと飛び移り、首巻きだけを鼻の上まであげてから二人は森の中を『里』に向けて進んでいく。


 リヒトが話した内容は、あくまでも〝欺神〟という存在と出会い、『ことわりの系譜』のように少し便利な恩恵をもらった、という点だけだ。

 敢えて『ことわり』の本質や、『ダンジョン』の目的等については特に共有するような事でもないと判断している。


 一方で、クラースはそれらの話を噛み砕いているようで、話を聞いてから少しの間、何も言わずに木々の間を跳んで移動していた。


「……なるほど。つまり、『ことわりの系譜』に名を連ねなかったからこそ、リヒトは〝欺神〟ってヤツに呼ばれて、自分に合う力というより、補助みたいなものを貰えたって事か」


「うん。羨ましくなった?」


「ま、自分に合ったものってのは正直羨ましないと言えば嘘になるが、そこまでじゃないな。お前は俺と違って手数が多ければ多い方がいいタイプだ。それらを組み立てて戦術にしていくっていうのが得意な訳だ。逆に俺の場合、刀術を主体に戦うのは変わりない。そこに〝術技スキル〟だの魔法だのが勝手に手に入るっていうなら、それを活かすか殺すかの取捨選択をするだけで済むし、その方がありがたいぐらいだ。どのみち、俺じゃお前の貰うような力は活かしきれないさ」


「そうかな? クラースなら色々できそうだけど」


「おいおい、〝術〟をあんな風に扱うお前みたいなのと一緒にするなよな。俺はお前みたいに、ゼロからイチへと辿る過程を工夫できるタイプじゃないんだ。真っ直ぐイチに早く辿り着く事ができる。ただそれだけだ」


「うわあ。それ他の人が聞いたら嫌味になるよ?」


「茶化すなって。俺は俺みたいなタイプより、決まった答えに辿り着けなくても、代わりに別の道から全く別の答えを生み出すなんて発想に至るお前みたいなタイプの方が、よっぽど凄いと思ってる。お前みたいな考えは、俺にはないものだからな」


「それはまあ、クラースには必要ないだろうね」


「なんだよ、怒ったのか?」


「いいや、怒ってないよ。僕から見れば、体格と才能に恵まれて、教えを真っ直ぐ受け止めて昇華できてしまうクラースは凄いと思うって話だよ」


「はは、お互い様だな」


 お互いにお互いにない体格、才能を羨むなど、まさに隣の芝生は青く見えるというものであるが、お互いにそれを妬むような気持ちは持ち合わせていない。

 自分は自分、相手は相手と割り切る事ができるのは、きっと『里』という二人の生きる環境が、それぞれに協力し合って何かを為さなくては立ち行かなくなる、そんな厳しい環境である事も一つの理由だろう。


 もしも自由に、平和に生きているだけでいいのであれば、小さな嫉妬、小さな確執というものを呑み込む理由を見つける事さえ難しくなってしまうのかもしれない。


 だが、この世界、二人の暮らす『里』では個人のそのような拘りは大事の前の小事。そのような些細な事に拘るだけのゆとり・・・すら手に入らない。

 小さな嫉妬に、自らの内側に意識を向ける暇があるのなら、外に向けて吸収し、成長していくしかないのだ。ないものはないのだと割り切り、自らにある長所を伸ばしていく方向に意識が向いていく。

 故に、己に持たないものを持つ相手に対し、お互いにお互いを称え、認め合い、支え合っている。そんな二人の関係はそうした嫉妬などというようなもので引き裂かれるほど薄く、脆いものではなかった。


「それに、お前がその力とやらで〝術〟を生み出せば、『里』の連中も、俺だって使い勝手のいいものが増えるって事だろ? 俺らに合った〝術〟をお前が作ってくれるようになるんなら、俺らにとっても有り難い話だ。逆に俺が『ことわりの系譜』を通して覚えたものとかもお前と共有して〝術〟に落とし込めたりするかもしれないんなら、お互いに悪い話じゃないしな」


「うん、まあそうだね」


「『位階』は魔物との戦いで上がる。だったら、別に『ダンジョン』に拘る理由なんてないしな。今回の『成人の儀』で狩りに出る範囲を広げられるんだ。そこでどんどん俺の糧にしてやるさ」


「そっか。てっきり、霧の向こうに行って武者修行を、なんて言い出すかと思ったよ」


 それは奇しくも、『巨人の軌跡』の〝閃華〟ノエルが抱いた予感と同じものだった。

 強さというものに貪欲なクラースならば、もしかしたら『ことわりの系譜』に名を連ねた事を皮切りに、さらなる力を求めて旅立つのではないかという予感は、リヒトにも僅かながらに生まれていた。


 そんな予感を口にした問いかけに、リヒトの先で大木の枝から枝へと飛び移っていたクラースがぴたりと足を止めて、振り返った。


「は? なんでだよ。行く訳ないだろ?」


「え、考えもしなかったの?」


「当たり前だ。『里』を放っておく訳にもいかねぇし、そもそも買い出しに行ってる連中に聞いたら、霧の向こうの魔物って弱いらしいんだぞ? 行く意味がないだろ?」


「あー……、うん。そうだね」


 それは、紛れもない事実であり、どうしようもない現実であった。


 そもそも『ダンジョン』の中でも難易度が高いと言われている上級上位に区分される『竜毒の壺』をたった二人、しかも無傷――リヒトに脛をげしげしと蹴られたクラースの痣を除く――で完全踏破に至ったのは、『ダンジョン配信』を観ていた者達にとっても驚愕に値する結果であり、故にこそ注目が集まっているのだ。


 しかしリヒトやクラースから見れば、「広間でだけ決まった数の魔物がいるなんて行儀が良い」という感想ですらあった。


 そもそも『里』の周辺はともかく、少し『里』から離れただけで、深く背の高い木々に覆われた森の中での奇襲に次ぐ奇襲、移動した先での偶然の遭遇、群れとの戦いというイレギュラー要素を多分に含んだ戦いが発生しており、そんな戦いの日々を過ごしているのが『里』の戦士たちである。

 そんな『里』に生まれ、しかもそんな戦いをそれぞれにソロでこなす二人にとって、『竜毒の壺』は有り体に言えばヌルゲー・・・・だったのだ。


「あの程度の数なら訓練場としても使えるだろ。『里』の連中も俺みたいに『ことわりの系譜』に名を連ねるか、それともリヒトみたいにワンチャン狙うかはともかく、どっちにしても戦力の底上げになる。そうやって強くなれば、『里』の周辺はもっと安全にできるな」


「確かにそれはそう」


「だろ? うんうん、そうと決まれば、さっさと帰ろうぜ。オババに報告して、今後の活用方法について相談しておかないとな」


 世間では上級上位の『ダンジョン』が攻略され、滅多に有り得ないニュースとして世界中で騒ぎになっているのだが、そんな事は二人の知った事ではなかった。

 クラースとリヒトによって今、完全踏破者の滅多にいない上級上位『ダンジョン』が、『里の訓練施設』というちょっとしたアトラクション的な代物に成り下がる事が決定した瞬間だった。






 ◆ 






「――ふむ、『ダンジョン』ねぇ……」


「あぁ。俺とリヒトだったから出て来れたものの、中に入ったら奥にいるダンジョンボスってのを倒さなきゃ出れないらしい。俺らが出た後も消える事もなかったし、一応まだ残ってるぞ」


 無事に『ダンジョン』から戻ってきたリヒトとクラースの二人は、早速とばかりに『里』に戻り、オババことマーリトに対して『洞窟』と言われていたものが『ダンジョン』である事などを報告しにやって来ていた。


 奇妙な穴が『ダンジョン』であり、それを踏破したが消えなかった、というもの。

 その中に入ってしまったが、すぐに引き戻そうとしても出口もなく、踏破しなければ出られなかったこと。

 そして、踏破して出てきたものの、今も『ダンジョン』はその場に残っている事を。


 さすがに『ことわりの系譜』や〝欺神〟の話は出していない。

 あまりにも突拍子もない話であり、実際にそれを体験する事になったクラースもリヒトも、信用してもらえるとは思えなかったから。


 しかし、そんな気遣いはマーリトには必要なかった。


「なるほど。って事は、クラース、それにリヒトも『ことわりの系譜』とやらに名を連ねたのかい?」


「……は? え、なんでオババが知ってんだ?」


「あんた達は知らないだろうけれどねぇ、『ダンジョン』ってのは外――霧の向こうじゃ有名なんだよ」


 きょとんとした表情を浮かべる二人を見て、愉しげに煙管から紫煙をくゆらせてマーリトは笑ってみせた。


「外の話なんてあまりしないからね。あたしゃ立場上、外でどんなモンがあるのかって情報を報告させてるのさ。確か、二十年ぐらい前だったかね。当時町に行ってた連中から聞いたのさ。〝戯神〟が生み出したっていう『ダンジョン配信』ってのがあってね。それが珍しい『ダンジョン』だったり難易度の高い『ダンジョン』の攻略の様子を映し出して、冒険者ギルドってトコで観れるらしいんだよ」


「へー、そうなのか。今町に行ってる連中からは聞いてないんだけどな。リヒトも聞いた事ないよな?」


「うん」


 数年前、初めて町まで行ったという一番クラースに歳の近い男――シモンが、クラースとリヒトに町の良さを自慢げに語った事があったが、『ダンジョン』に関する話などは聞かなかったはずである。

 そう思いながら確認した二人であったが、しかしそんな二人を前にマーリトが一転して表情を歪めた。


「今町に行ってる連中はダメだよ。せいぜいまともに情報を得ているとしたらリクハルドぐらいなもんさ。他の連中はろくでもないよ。どうも用事が済んだら色と酒に溺れてるって話だからね」


「あー……。そういえば、女がどうのって言ってたな……」


 マーリトの呆れ混じりの言葉を聞いて、ようやく当時を思い出す。

 思い返してみれば、女性の服装がどうだの、いい女がどうだのとやたらとそんな話ばかりをしていたために、クラースからは訓練の邪魔だと言われ、リヒトからは〝術〟の改良の邪魔と言われ、それ以来町の事を話さなくなったという経緯があった。

 もっとも、町の女がどうの、服装がどうのという言葉は瞬く間に『里』に知れ渡り、ただでさえ女衆から評価の低かった彼らにどのような目が向けられる事になったのかと言うと、町に行く度に羽目を外しては、その浮かれ具合から女衆にさらに嫌われて、という方程式が成り立つようになってしまったのだ。


 所帯を持てば落ち着くかもしれないが、そもそも『里』の女衆からの評価が地に落ちている彼らを受け入れてくれる可能性もかなり低いため、『里』の未来を考えるマーリトにとっては頭の痛い、実に苦々しい問題でもあった。


「ま、あのバカタレ共はどうでもいいとして、だ。ひょっとしたらあんた達、『ダンジョン配信』とやらに映ってたんじゃないかい?」


「さあ?」


「どうだろうね。でも、難易度の高い『ダンジョン』って訳でもなかったし、それはないんじゃない?」


「なんだい、勿体ない。あんたらが顔を出して映ったんなら、今度から町にはあんた達に行ってもらおうと思ったんだけどねぇ」


「なんでだ?」


 クラースの問いかけに、マーリトがにたりと口角を釣り上げた。


「そりゃ、あんたらなら色々と釣れる・・・だろうからさ。有名になりゃ尚更ね。あのバカタレ共を町で遊ばせるだけより、色々と効率がいいだろうよ。あぁ、そうさ。無事に『成人の儀』も終わったんだ。なら、次からは町にあんた達が行くといいよ。ふぇっへっへっへっ」


「釣れる? 釣りでもするの?」


「あぁ、そうさね。釣りと言えば釣りだよ。ま、リヒトにはまだ早いかね。とりあえずその前にクラース、アンタはさっさとトゥーラにアタックしておいで」


「なぁっ!?」


「『成人の儀』の結果は、クラース、あんたは大人の仲間入りさ。そうなったら、トゥーラに伝えるつもりだったんだろう? それに、今はあのバカタレ共もいないし、ちょうどいいじゃないか。大人になったんだ、それもお役目の一つさ。がんばんな」


「……はあ。あー、まあ、分かった」


「なんなら今夜はアニタは僕の家に連れて行っておこうか?」


「おまっ、そ、そういうのは、まだ……!」


 大人になって想いを伝えるというのは、『里』ではつまりそういう事・・・・・になる。何せ甘酸っぱく二人で思い出作りにお出かけする、なんて事ができるような場所ではないのだから。

 当然、リヒトも知識としてはそれが行われる事も理解しているので気を遣ったつもりではあったのだが、当のクラースはこの期に及んでまだ尻込みしているようである。


 そんな若人らしい反応をニヤニヤと笑みを浮かべて見つめていたマーリトが、今度はリヒトに向かって顔を向けた。


「リヒト、あんたは次の春まで待つんだよ」


「え、僕別に誰かにアタックする予定も相手もいないけど?」


「ふぇっへっへっ。違う違う、大人として認めるのを、って話だよ。せめて十五になるまでは子供でいな。次の買い出しもどうせ春だからね。それまで、特にお役目は変わらないと思ってな。ま、『里』から少し離れて狩りする程度なら許可するよ」


「うん、分かった」


 かくして、二人の『成人の儀』、そして『ダンジョン』を通した最初の騒動は幕を下ろす事になる。

 もっとも、後日リクハルドが帰ってくるなりリヒトとクラースの二人が『ダンジョン配信』に映っていた事なども改めて報告される事になるのだが。






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