神との邂逅 Ⅱ




 魔物と呼ばれる存在は古来より存在していたが、その数が突如として爆発的に増え始めたのは、数十年程前の事だった。

 ヒト種の中でも魔物の上位層に勝てる者は滅多に現れないという現実は変わらないというのに、しかし魔物だけが増えていくというこの状況。このまま何も手を打たなければ、ヒト種が魔物に呑み込まれるであろうというのが神々の予測だった。


 故に、本来ならば世界には干渉しない神々も、この未曾有の危機に手を出す事にした。

 それこそが、かつての異世界人に与えた『ことわり』を弱め、配るために調整したもののヒト種への配布。


 これによりヒト種が魔物に対抗するだけの力を得て、対抗できるだけの戦いの場を手に入れられるシステムを生み出したのだ。

 同時に、戦いに興味を持てるように『配信』という娯楽を生み出し、強者への憧れを、自分もああなりたいという夢を抱かせるという方向で冒険者を増やす。

 それこそが『ダンジョン』だ。


 それから三十年。

 世界に魔物が増えた原因については定かではないが、それだけでも『ダンジョン』を生み出す前と今とでは、戦える者の数は圧倒的に増えたと言える。


 しかし、その一方で〝戦士〟としての質は落ちた。


 便利な『ことわりの系譜』を利用して強さを得られるようになる反面、その質は衰え、かつての異世界人であるソウジ程には極端ではないにしろ、精神の未熟さを有したまま強者に至る者が増えてしまった。

 多少力を得た程度で満足し、その力を悪事に使うような輩さえ現れ始めた。


 得た力をどう振るおうが、それはヒト種の本人が決めること。

 その結果、裁くのもまたヒト種の国が行うべき事であり、神々が干渉するような事ではない。

 それは理解しているが、世界を守るという目的の為にヒト種に急激な変化を与えた以上、無関係を貫き続けるというのも気が引ける。

 故に、重罪を犯した者については『ことわりの系譜』から神がその名を除名、抹消する事とした。そのおかげで、『ことわりの系譜』に名を連ねれば、悪事や犯罪に厳しい処罰が下ると知り、悪用する者は減った。


 しかし、それでも観測した未来は変わらなかった。

 ヒト種の強化が進んでいるというのに、まるでそれを嘲笑うかのように強い魔物が生み出され、数を増やしているのである。


 故に、本当の意味で『才ある者』を育てる必要があった。

 今では当たり前となった、『ことわりの系譜』を受け取ろうともせず、己の意思で、己が積み上げたもので強くなりたいと強く願う者を、真なる強者を見極める必要があった。


 リヒトのように、『ことわりの系譜』を断った者の前例がなかった訳ではない。


 たとえば、幼少期より剣の道を歩んできたという天才剣士が。

 たとえば、自分の腕一本で地獄を生き抜いてきたと豪語する剣闘士が。

 たとえば、どこぞの国の最強の将軍と呼ばれる男が。


 そういった者達は――しかし、『ダンジョン』を踏破できずに散っていった。

 所詮はヒト種の生きる世界での強者であり、強力な力を持つ魔物たちを前には歯も立たなかったのだ。


 それ以来、『ダンジョン』に入っておきながら『ことわりの系譜』に名を連ねない者は大馬鹿者だ、とさえ言われるようになり、徒に死者を出さない為にも冒険者ギルドでは『ダンジョン』に入ったら必ず『ことわりの系譜』に名を連ねるようにと注意喚起をする始末だ。


 神々とて、『ことわりの系譜』に名を連ねた者を弱者と罵るつもりはなかった。

 そこから己の強さを磨き上げる者もいるのだと知っているからだ。

 実際、上級の『ダンジョン』に挑む者達は己の研鑽に時間を費やし、ソウジに迫らんと鍛え続け、その一歩を踏み出そうと藻掻いている。


 だが、それでもソウジに届かない。

 魔物という存在の中でも最強種と言える竜と戦い、勝ちを拾ったものの、完全に討滅する事すらできなかったソウジにすら、届いていないのだ。

 神によって最強へと到れるだけの『ことわり』を与えられたにも拘わらず、最強に至れなかった戦士にさえ、未だに届いていない。


 彼自身、「楽に生きたい、簡単に強くなりたい」という想いはあったが、「最強に至りたい」とまでは思っていなかったからだ。故に、己を鍛える事をある一定の強さを得た時点で辞めてしまった。そこで満足し、そこで歩みを止めてしまった。

 もしも彼が本物の〝戦士〟であり、最強を目指し、最強に至っていたのであればどうにかできたかもしれない竜の完全討滅は、【拒絶の霧ダツィーオ・ニーヴ】という思念体となって生かしたままという不完全な形のまま。

 その後も彼は対症療法的な対応しかしないまま、その生涯の幕を下ろした。

 そのツケを子孫達に背負わせて。


 今回の魔物の増加、その原因は分からない。

 だが、多少強くなったからと満足してしまうような、精神的に〝戦士〟とは呼べない存在を、第ニ、第三のソウジのような存在を出しても意味がないのだ。

 精神的な己の弱さを、甘さを残したまま力をつけるような者では、真の〝戦士〟たり得ないのだと神々は考えた。


 故に、『ダンジョン』は冒険者を篩いに掛け続けている。


 神がその攻略を見て、この者こそはと思う者に、劣化した『ことわりの系譜』ではなく、本物・・の『ことわり』を、その者のために生み出し、与える為の試練の場として。

 最初に『ことわりの系譜』に名を連ねていようとも、器を見せる事ができるのであれば、その時は本物・・を与えよう、と心に決めて。


 ――――そして今、『ことわりの系譜』を拒絶してもなお、その一族独自の〝術〟で上級上位の『ダンジョン』を踏破した少年が現れたのだ。






「――……という訳だから、ね? ほら、受け取ってくれてもいいと思うよ? ほら、キミが貰い物の力を嫌うっていうのはよく分かってる。だからこそ、キミのその成長を補助する為の『ことわり』なら、ありだとは思わないかい? ね?」


「……いや、意固地になって絶対受け取らないって訳じゃないけど……」


「でしょ!? そうだよね!? 貰い物の力なんかじゃあないんだよ! キミの前を指し示すような代物じゃなくて、キミの努力を後押しするようなものだから! 道具と一緒さ! 物を上手く使っていい結果を得られるだろう!? それを使って結果を手繰り寄せているのは自分なんだし、悪い事じゃないんじゃないかなぁ!?」


「……まあ、そう言われればそうかな」


「そうだとも!」


 何故か貰う側が渋り、渡す側が必死になるという奇妙な構図がそこには構築されていた。

 結果として貰う側リヒトが見かねて折れるような形になっている気がするが、それはともかく。

 一応折れる方向で納得したリヒトを見て、〝欺神〟はほっと安堵したような様子でため息を吐いた。


「いやはや、良かった。キミに最適な『ことわり』を作って待っていたというのに、ここまでしてなお断られたらどうしようかと思ったよ」


「ちなみに、断り続けていたらどうなったの?」


「とりあえず、ここから出さないかな」


「うん、それ軟禁だね」


「大丈夫。外とは時間の流れが異なる場所だからね。だいたいこの中で一年ぐらい私から延々と説得されるだけで、外では十分と経っていないさ。思う存分語り尽くせるとも」


「思ったより地獄」


 何が悲しくて〝欺神〟と一年も語らい続けなくてはならないのか。

 そもそもそんなものに選択肢なんてないじゃないか、というのがリヒトの本音であった。


「……それで、どんな『ことわり』を与えてくれるの?」


「それはね、キミの使う〝術〟に関するものだ」


「〝術〟?」


「あぁ、そうだとも。キミが使っている〝術〟は、キミの一族が使ってきたもので、体系化しているとは言っても種類は少ないだろう? キミが使えるものはあくまでも現存している〝術〟を改良したものに過ぎないしね。――おっと、馬鹿にしている訳じゃあないよ? 魔法に比べれば少ない、という話だとも。気を悪くしないでくれ」


 実際、『里』に伝わっている〝術〟はそう多くはない。

 魔物との戦いが続く中、それぞれの家に伝わっているような口伝の〝術〟が失われてしまったという事もあれば、使い手がいないまま忘れられた〝術〟の存在もあり、全てがどこかに記録されているという訳ではない。


 リヒトが使うのは、そうした中でも残り、伝わっているものを自分なりに改良できたもののみだ。


 本来ならば事前に準備し、設置しておく事しかできない〝術〟を多少アレンジし、遠距離で発動させるという、いわばただそれだけの話ではあるが、それができるからこそ体格の不利を補って魔物と戦う事ができるようになったのだ。


 そもそもの数が少なく、さらにリヒトが使う方法だと〝術〟が発動しても効果が弱まってしまうようなものなどについては、それでも手札が多いに越した事はないと考え、今もひたすらにトライアンドエラーを繰り返しているというのが実状だった。


「続けさせてもらうけれど、キミに新たな〝術〟を創る技術――【創術】とでも言えばいいかな。そんな力を与えてあげるよ。これはキミが明確にイメージし、そのルールを定義したものを〝術〟に落とし込み、〝術〟として成り立たせる力だと思ってくれればいい」


「……つまり、既存のものを改良するんじゃなくて、ゼロから組み上げる事もできるってこと?」


「その通り。ただし、大きすぎる力を扱おうとすれば〝術力〟も当然大きくなってしまう。そこは設定次第でどうにかできる訳じゃなく、干渉する範囲や効果に比例して必然的に増加してしまうから、気をつけるといい」


「……うん、それならありがたいかな」


「だろう? キミの戦いを見ていて思いついたんだ」


 実際のところ、これはリヒトにとっても悪いものではない。

 今までは改良できた〝術〟を主体としてそこに合わせて戦闘スタイルを確立するという方向性で戦ってきたものの、今後は自分から方向性を先に定めていける。そうなれば、確立した戦闘スタイルの弱点を補い、利点を活かすための手札というものをうまく組み上げる事も可能になってくる。


「それだけじゃない。『ことわりの系譜』に名を連ねた者たちは成長そのものを促進させ、補正を与えるけれど、キミはそういった『貰い物』は好まない性質だ。だからこそ、キミの成長の限界値を上昇させよう」


「……頭打ちにならないって感じかな?」


「簡単に言えば、ね。もちろん、キミが成長していく努力を怠ってしまえば無用の長物となってしまうようなものだ。けれど、キミはそうじゃないだろう? さっきも言ったと思うけれど、キミに与える『ことわり』は、キミの前に予め整った道を示し、そこを歩かせるような代物じゃない。キミが努力をした結果、その時になって少しだけキミの背を押す、そんな『ことわり』だ。故に、あとはキミ次第という訳さ」


「……そっか。うん、それなら嬉しいよ、ありがとう」


「気に入ってもらえて良かった。それじゃ、早速始めようか」


 リヒトへと歩み寄り、〝欺神〟が右の手のひらを上に向けると、空に浮かんでいた星々がそのままの大きさでその手に集まり出した。

 不思議そうにその光景を見つめるリヒトの目の前で、〝欺神〟が光の集まった右の手の上で左手をくるりと回してみせると、集まっていた光を包むように幾何模様を描いた光の膜が現れ、光を放つ球体に変化した。


「さあ、目を閉じておくれ」


「うん」


 言われるままに目を閉じたリヒトの胸元に光の球体を近づけていくと、光の球体が自ら進んでリヒトの胸へと入っていくように、そのまま吸い込まれていった。


 段々と身体の内側に広がっていく熱。

 その熱を感じながら、少しずつ遠ざかり始めた意識の中で、リヒトは改めて感謝を告げようと口を開こうとする。しかし力が入らず、口は動いてくれなかった。

 その代わりに僅かに押し上げた瞼の向こう側、白く染まっていく視界の中で、リヒトは確かに〝欺神〟の口が動いたところを見ていた。






「――愚かだった私の尻拭いをさせるようで、すまない。私の遠い子孫、リヒト」






 その言葉は、すでに意識が離れかけているリヒトには届いていなかった。

 しかし、それでも何かを託されたような気がして、リヒトは最後の最後で僅かに頷いてそれに応えてみせる。


 光に呑み込まれるその直前。

 リヒトが見た〝欺神〟の最後の姿は、目を大きく見開いて、次の瞬間には酷く泣き出しそうな表情に変わったように思えた。








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