愛と誠実、結婚式ではどちらを誓いますか?

 ――― 今夜の俺は君とだけ、今夜の君は俺とだけ踊るんだ。


 その言葉通りローク様と私はお互いとしか踊らず、必要な方々と挨拶を交わして退場した。


 結婚式のパーティーで新郎と新婦が長居するのはご法度。

 恋愛結婚ではないのだから初夜が待ちきれない熱々振りを見せつける必要は政略結婚にはないと思うのですけれど……。



「若奥様、お顔が赤いですがダンス疲れは取れておりませんか?」


 侍女長の声に慌ててそちらを見れば、彼女の眉間には皺が寄っています。


 それにしても……ローク様のあのセリフを思い出したからと言って顔を赤くするなど学びの足りない証拠だわ。



「若旦那様のダンスは少し意地がお悪いでしょう? 変則的なステップを入れて、ついてこられるかと相手を試すような真似をなさって。ご令嬢からのダンスの誘いを断るためにやっていたことをまさか若奥様にまでご披露するとは」


 ああ、なるほど。


「アレンジが上手だなとは思いましたが、とても楽しく踊れましたわ」

「流石、若奥様でございます」


 侍女長と数人の侍女は再び身支度に集中し始める。


 予定より大分早く部屋に戻ってきてしまったが、公爵家の使用人は一切動じることなく動いてくれた。



 ソニック公爵家の使用人は元々厳選されていたようですが、数週間前に大規模な配置転換がありました。


 私も知っておくべきと言われてお義母様に同行しましたが、使用人を全員集めたお義母様は驚くことにローク様が私に「君を愛することはない」宣言をしたこと暴露しました。


 このときの反応で使用人の配置が決定都のタウンハウス勤務を継続する形になりました。


 少ないもののの「よっしゃ」と喜んだ方や「やっぱりね」と私を哂う素振りを見せた方もいました。

 彼らは家に帰されたり、分家に引き取られて今はもうソニック公爵家にいません。


 これによりお義母様は「屋敷の風通しがよくなった」と喜んでいらっしゃいましたが、お義母様の断行で被弾したローク様は「俺に向けられる使用人たちの視線が冷たくて寒い」と不満気でしたわね。



「何か面白いことが?」

「使用人の大規模配置転換のあと、皆の視線が冷たいとローク様がボヤいていらっしゃったことを思い出したの」


「なるほど」


 笑う侍女長はローク様の元乳母で、あのとき怒るどころか自分の育て方が悪かったのだと私に詫びてその場で自刃しようとさえした忠義心のある者・


 それにしてもソニック公爵家は文官の家系のはずなのに自刃して詫び入れようとする方が多いような……。


「若奥様とのご婚約で公子としてのお立場を思い出されたかと喜んだ矢先に、まだ頭に数本お花が残っていらっしゃったのですから落胆もしますわ」


 口では憤ってみせていますが、侍女長がローク様を語る口調はとても優しい。

 彼女らにとってローク様は期待通りの後継者で、彼を支えてこの家を盛り立てることに彼女たちは誇りをもっているのですね。


 やはりロマンス親衛隊とは違いますわ。



 この国は国王が絶対的な権力をもつべきという「国王派」貴族議会の決定を重視すべきという「貴族派」そしてどちらにもつかない「中立派」の三つに分かれていますが、国王陛下も貴族がいなければ政治ができないことがを御存知で、貴族の方々も結局は誰かがトップに立たなければ話が進まないことを御存知なので分かれているといっても垣根は低いです。


 一方で垣根がとても高いのが「ロマンス親衛隊」。

 親衛隊のモットーは「愛こそすべて」です。


 愛こそすべてのお考えは元は平民から生まれたもので、基本が政略結婚の貴族女性にはあまり関りのない思想でしたが今の国王陛下と元平民の男爵令嬢だった側妃様が恋に落ちたことでロマンス親衛隊は貴族女性の間でも一気に勢力を伸ばしました。


 そして今では「ロマンスを支持する」と「ロマンスを支持しない」で貴族女性は真っ二つに割れております。


 ロマンスを支持しない派は政略によって国王陛下の正妃となられた王妃陛下を中心とした高位貴族の女性たちの集まりで通称「正妃派」。一方でロマンスを支持するのが側妃様を中心とした下位貴族の女性たちの集まりで通称「側妃派」。


 本来なら勝負にならないほどこの二つの勢力には差があるはずでしたが、王妃陛下にずっと子どもが生まれず側妃様のご子息であるフレデリック殿下が成人したのに対して正妃陛下のお産みになった第三王子がまだ幼子という状態がこの歪んだ勢力図を生み出してしまっています。


 これでも改善されたほうだとか。


 国王陛下の御子がフレデリック殿下しかいなかったときの側妃派の横行は酷かったそうで、その粗暴ともいえる側妃派の行いは今後王妃陛下に王子がお生まれになったら側妃と側妃派の貴族だけでなくフレデリック殿下まで粛清対象とされるのではないかと国王陛下が怯えるほどだったそうです。


 だから陛下は私に白羽の矢を立てたそうです。


 カールトン侯爵家は国王派の正妃派ですが、お父様も財務部の長官という立場ですが権力に執着を見せず、お母様も穏やかな見た目なのが功を奏して貴族派はもちろん側妃派とも適度な付き合いができております。



 フレデリック殿下の婚約者となったときから私は側妃派、つまりロマンス親衛隊に囲まれてきました。


 側妃様が男女間の友情に否定的だったため、私の交友関係は制限されて周りにいた男性と言えば父と兄を除けば初老以上の講師のみです。


 恋など情操教育として本で読んだ程度しか知りません。


 婚約者時代、フレデリック殿下はティファニー様との逢瀬を諫めるたびに「ルシールは恋の素晴らしさを知らなさ過ぎる」と言っておられましたが……元凶の側妃様のご子息がどの口で仰ったのでしょうね。


 思考が逸れましたが、恋を知らない私は恋愛至上主義者のティファニー様の行動力を甘くみていたのでしょう。


 婚約者のいる男性とは適切な距離をとらなければいけない。

 結婚式まで純潔でいなければならない。


 このような貴族令嬢の慎みをティファニー様が無視するとは思ってもいませんでした。



 ――― 誠実であることを誓いますか?


 結婚式での誓いの言葉は二種類あります。

 ソニックもカールトンも正妃派なので確認されませんでしたが、側妃派の結婚式では「誠実であること」ではなく「永遠の愛」を誓います。


 いまやティファニー様はロマンス親衛隊の新たな旗印。

 フレデリック殿下との恋物語に憧れて「永遠の愛」を誓う若い貴族も増えているそうです。


 それが悪いとは言いません。

 愛によってより良い関係が築けるなら良いことだと思っています。


 でも私には殿下たちの愛が素敵とは思えないのです。


 愛を謳うならば先に誠実であるべきだったのではないでしょうか?


 婚約者がいるのに「愛している」という口だけの約束で令嬢の純潔を奪う男性を誠実だと言うのでしょうか?



 ――― 今夜の俺は君とだけ、今夜の君は俺とだけ踊るんだ。


 狡いですわ。


 ティファニー様を愛していると仰っていたのに、このセリフは妻に対して誠実である夫らしいセリフ過ぎますわ。

 

 愛も誠実も目に見える形ではありません。


 私は勉強は得意ですが、「気持ちを量る」といった定義のないものを察するのは苦手です。


 特に、男性のそういうところは分かりません。


 男性だからこそのものの考え方があるのは分かります。

 殿下との婚約の白紙の際、陛下は「男だから仕方がなかったのだろう」で決着をつけられました。


 それに対してお父様さえ苦笑いをしておりましたが、私は扇子をへし折って怒りを示したお母様の気持ちしか理解できませんでした。


 男性と女性は愛と誠実の考え方が違うと知るには十分な出来事です。

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