これは政略結婚です、愛は必要ですか?

 王家に婚約を破棄されたら、宰相家から婚約を申し込まれました。

 この状況は東方で言う「捨てる神あれば拾う神あり」というのでしょうか。



「ソニック公子、カールトン侯爵令嬢、このたびは御婚約まことにおめでとうございます」

「ありがとうございます、学院長」


 お祝いに来てくださった学院長はやつれたお顔で、肌色が増した頭部に目をやらないように私は努めて視線を学院長の眉間に向けます。


 学院長は現国王の年の離れた従兄弟。学院の長としての殿下の不貞から殿下による卒業パーティージャックで終わる一連の責任と、王族としての身内の尻ぬぐいで苦労なさり続けています。



「既にご存知かと思いますが今回のような集団婚約破棄事件はそこかしこで起きており、わが国でも約二十年に勃発しております」


 お母様から聞きましたので知っております。


 今回と同じようなことがいまの国王陛下が王太子の頃に起こったと聞き、そこで漸くいまの王家の複雑な事情が理解できました。


 それを御存知の学院長は殿下がパーティーにティファニー嬢を堂々とエスコートしていったと聞いて「まさか」と考え、会場に急いだそうですが殿下の護衛騎士に妨害されて会場への到着が遅れてしまったそうです。


 そのため殿下の「皆の者、今後はティファニーに従え」というとんでも発言を止められず、皆が自分そっちのけでパーティーを楽しんでいることに気づいた殿下が「俺が王子だ! 一番偉いんだ! だからみんな従え!」と三歳児のような癇癪を起こすして醜態を晒すという事態も防ぐことができなかった。



「殿下からお二人への祝いの品も預かっておりますので」

「ありがとうございます」


 卒業パーティーのことを聞いた国王陛下は卒倒しかけたが王妃陛下が喝を入れたことで持ち直し、直ちにカールトン侯爵家に使者を送って私と殿下の婚約継続を申し出ようとしたが、それより早く登城したお父様によって私たちの婚約は白紙になった。


 破棄という事実を白紙という体裁で整えただけ。


 破棄ではなく白紙になさったのはお父様の温情かと思っていましたが、学院長の言葉が聞こえた方々が何やら囁き合っている様子から王家への嫌がらせのような気がしてきました。


 事実が周知されている以上、殿下が私たちはいい関係だというアピールをしても白々しく見てしまいます。



 それにしても次の婚約が決まるのが早かったです。


 しかも相手がソニック公爵家嫡男のローク様。


 学院を卒業する18歳は貴族女性の結婚適齢期。この年齢になって改めて婚約者を探すということは年のいった貴族の後妻になるか裕福な商人の妾になる覚悟が必要なのですが、幸いにも(?)ティファニー様のおかげで婚約白紙・破棄のオンパレードで婚約者のいない令息はそれなりにいらっしゃいました。


 但し、皆様揃ってティファニー様に熱を上げていらっしゃったという瑕疵付き。


 とりわけ卒業パーティーで殿下とティファニー様を囲んで祝福していらっしゃった令息には特大の瑕疵がついておりまして……ローク様もそのお一人です。


 公爵家嫡男と侯爵令嬢の婚約となれば貴族の子女の羨望の的になりますが、この婚約は「敗者同士の婚約」と笑われています。


 このことについてお父様は静かに怒っていらっしゃいますし、お兄様に至っては結婚する必要ない、「家族で仲良く生きていこう」なんて言い出していらっしゃいます。

 

 家族で仲良く生きていくなんて、魅力的な申し出ですが侯爵家はいずれお兄様とお兄様の婚約者であるエレオノーラ様が築いた新たな家族の形になります。


 そこに小姑として居残り続けるのは嫌ですわ。


 それに王子妃教育でずっと結婚して子どもをもつことを当然と教えられてきたので、結婚もせず独りで生きていくのは嫌だなって気持ちがあります。


 「やっぱり結婚はしておきたい」というと「妹に恵まれ過ぎたせいで義弟に恵まれない」とお兄様は苦笑していらっしゃいました。




「人に酔ったようだ。少し休んできても?」


 これまでずっと黙っていた人が突然話し始めたことに軽く驚きはしたものの、やはりと思える内容だったので私はローク様の肘から自分の手を外して同意の意を示します。


「失礼」


 ローク様に残された形になった私と学院長の視線が合い、学院長は気まずそうに逸らします。


「学院長、お話は楽しいのですがお父様に話があると言われておりまして」

「そ、そうでしたか」


 渡りに船とばかりに早足で立ち去る学園長の姿に少しだけ笑みが零れる。



 ローク様には婚約が決まって直ぐ「君を愛することはない」と言われました。


 ティファニー様を一生思い続けて生きていこうとしたが、公爵家の家族と親族一同に嫌になるくらいしつこく説得させられて渋々私との婚約を受け入れたそうです。


 愛することはない、ですか。


 いまも目の合った方が私が一人だと分かって気まずそうに視線を逸らす。

 ほら、次の方も。


 どうしてかしら。


 彼らが目を逸らす直前に見えるのは私への同情。


 なにに同情するのかしら?

 もしかしてローク様に愛されないこと?


 おかしいですわね。

 皆様もこれが都合のいいだけの政略結婚だとご存知でしょう?



 ローク様は私を愛さないとは言っていますが邪険に扱いません。


 比較対象が殿下なので一般的ではないかもしれませんが、ローク様は私と婚約者としてきちんと扱ってくださっています。


 私の装いを貶す真似はなさりませんし、渋々とした顔は完全に隠したポーカーフェイスで私をエスコートしてくださいます。


 熱はなくとも話しかければそれなりに応えてくださいますし、席を外すときも先ほどのように断りを入れて殿下のようにふらっと気分でいなくなることはありません。


 不貞をされたら厄介ですが、心でティファニー様を思っているのに何の問題もありません。



 私はローク様の妻になり、次代を産みソニック家の発展のために力を尽くす。


 それが私のやるべきこと。

 これのどこに愛が必要なのでしょうか。

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