子どもができました(セシリア)

「ご懐妊です」


 最近の体調不良が続き、立ち眩みで倒れかけた私を心配したお義母様が呼んだ医師によって妊娠が確認された。

 

 立ち会った侍女が「奥様に報せてまいります」と部屋を出ていった数分後、部屋を出ていこうとした医師を弾き飛ばす勢いでお義母様と偶然遊びに来ていたお母様が部屋に駆け込んできた。


「ハーグ家の後継ぎ誕生ですね、タチアナ夫人」

「リリーシュ夫人、お祝いをしなくては。旦那様とトリッシュ伯も直ぐにお呼びして、今日は襲撃などないでしょうから直ぐに帰ってきても大丈夫なはず」


 襲撃は予告なく突然起きるのでは?



 首を傾げる私の両手をお母様が握る。


「おめでとう、セシリア。体を大事にしなさいね」

「ありがとうございます、お母様」


 お祝いの言葉に頷いたものの私のお腹はまだ平らだ。本当に子どもがいるのか不安になるが、確かに月のものが二月ほどない。


 お義母様たちの喜びに水を差したくなかったので「ストレスだと思っていた」という一言は飲み込んだ。


「旦那様には私が手紙でお報せしますけれど、カイルにはセシリアから報せる?」


 お義母様によれば今日は襲撃はないようなので旦那様も今日中に屋敷にお帰りのはず。それならば別にその時報せればいいと思うが、この状況で子どもの父親に妻から報せがいかないのは外聞が悪いだろうか。


 ……外聞なんていまさらか。


「お義母様から報せていただけますか?」

「……分かったわ」


 同意するまでの間にあった戸惑いは息子夫婦の仲を気にしてのものか。お義父様とお義母様も政略だけれどとても仲がよろしいから気になるのだろう。


 子どもの性別や教育など考えることはこの先も色々あるが、子どもが生まれることで両家の繋がりは強固になるので王命は遂行できたと考えていいだろう。


 私と旦那様の仲も悪くない。旦那様も漸くこの結婚を受け入れたのか婚約継続を命じられた頃のような刺々しさがいまはないから産まれてくる子どもは健全な環境で育まれる。


 何も問題はない。


「セシリア……これは私が言うことじゃないけれど、あなたと結婚してからカイルは少しずつ前のカイルに戻っている気がするの」


 !


「お義母様」


 聞きたくない。

 あの人はもういない、そう思うことで全てを飲み込んだ。


「お義母様、私たちはもう・・政略なのです。私が旦那様に何か望むことはありません、ですから……」

「……分かったわ」


 何を言っていいか分からず私とお義母様が黙り込んでしまったからだろう、お母様が「さあ」と明るい声を上げた。


「セシリアはこれから体を大事にね、もう一人の体じゃないのだから」

「そうね、そうとなれば三日後に行われるソニック公爵家の結婚式は欠席しましょう。セラフィーナ夫人には私からお伝えするわ。ルシール様には体調が安定したあとセシリア本人からお詫びして、そのとき妊娠をお教えすれば問題ないはずよ」


 お義母様の言葉に安堵する自分がいて、思ったよりも自分がルシール様の結婚式に出たくないと思っていることに気づいた。


 友人の晴れの日なのになんて不義理なのだろうと自分で自分が嫌になるが、ソニック公爵家とカールトン侯爵家の政略結婚に王家は何も思うことはないということを示されるためにフレデリック殿下がご出席される。


 フレデリック殿下の次の婚約者は決まっていないが、だからこそ殿下はあの子をエスコートしてくるのだという。


 花嫁の元婚約者というだけでもかなり醜聞なのに(表向きは円満な白紙であっても)、花婿と懇意にしていた女性を連れていこうとする殿下の神経を疑うし、それを許可する陛下のお考えになることも分からない。


 妊娠初期の大事な時期に妙な騒ぎに巻き込まれたくない。


 あの子から、そしてあの人との思い出から逃げる言い訳にしてしまったことを詫びる気持ちでお腹を撫でた。




「セシリア、聞いたぞ! ありがとう!」


 先触れなくお戻りになったお義父様の言葉に思わず笑いがこみ上げる。「でかした」ではなく「ありがとう」と言ってくださるこの方が義父で良かったと思う瞬間。


「旦那様、先触れなくお戻りになったら驚くではありませんか。先触れはどうしたのです?」

「遅いから途中で追い抜いてきた」


 それでは先触れの意味がないと思うのだが、お義母様の注意に屈託なく笑うお義父様には笑いしか出てこない。



 旦那様が帰ってきたら騒ぎになるから今のうちに寝ておいたほうがいいというお義母様の助言に従って昼寝をしておいて良かった。


 お義母様の言葉通り屋敷内は上に下にの大騒ぎになり始めて直ぐトリッシュ伯家の先触れが来て、きっかり三分後にお父様が来た。「門の前で時間を測っていたに違いないわ」とお母様が笑っていた。


 お義父様だけでなくお父様も騎馬でここに来たという。


 家門の安全のために後継者の懐妊は安定期に入るまで伏せられることが多いが、これでは近所の貴族から直ぐに話がまわるだろう。


「セシリア、そんな推察などしなくてもハーグ伯の『初孫だ!』という喜びの声を聴いたという者たちに既にお祝いを言われたよ」


「旦那様、もう少し落ち着いてくださいませ」

「しかし初孫だぞ、は・つ・ま・ご。セシリアに似た凛々しい息子になるか、セシリアに似た愛らしい娘になるか。いまから楽しみで堪らん」


 旦那様の遺伝子はどこに?


「旦那様、私が懐妊を報せたときよりも嬉しそうではありませんか?」

「親の場合は生まれた子をしつけて教育せねばならん。その責任を想えば浮かれきるわけにいかんだろう? しかし今回は孫。爺と婆は孫をただ愛でるだけでいいらしいぞ」


 誰の言葉?


 お義母様も同じことを思ったようで、それは誰の言なのか尋ねていた。


「ソニック宰相閣下だ。閣下は孫ができたら育休をとるつもりらしいがローク殿はまだ結婚なさっていないからな。モデルケースとして私にとってみてほしいと仰られたのだ」

「育休は祖父ではなくて父の権利でしょうに……そう言えばカイルはどうしました?」


 お義父様は旦那様の上司だ。


「分からん」


 お義父様の右側の眉尻が少し下がった……つまり嘘。嘘を吐く癖、お義父様の中にあの人と同じ癖を見るたびに癖も遺伝するのかと苦笑したくなる。


 そして苦手な嘘を吐いたということは『言いたくない』という意味。

 つまりフレデリック殿下に呼ばれたということ。



 お義父様たちは何も言わないがご夫人方から色々聞いて知っている。


 旦那様はフレデリック殿下にたびたび呼ばれて視察という名前の街歩きデートに同行しているらしい。親切心だと言うのだが、「あっちで見た」「こっちで見た」と真偽も分からないご親切はただ私で憂さ晴らしがしたいだけだと分かっている。

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