創世の竜の物語と厄介な呪い(ローク)
「だから、もう大丈夫だから!」
「大丈夫かどうかは医者に診てもらうまで分かりません!」
確かにそうなんだけれど!
会場を出るルシールを追い掛けようと控室で騎士と押し問答をしているとカイルが来てくれた、ついでに医者も。聞けば王城の医師が手一杯と知ったカイルは騎士団の詰め所にいた医師を連れてきてくれたそうだ。
「騎士団の医者なら外傷には慣れているしな」
「助かった!」
漸く医者から「大丈夫」のお墨付きをもらいルシールを追うために立ち上がろうとするとカイルが手を貸してくれた。
「心配だから一緒に行こう」
「カイル様」
セシリア夫人の呼び止める声にカイルがビクッと体を震わせる。そうか、一緒に行くと言うことはティファニーにいる場所に行くと言うことで……。
「セシリア、俺は……」
「……お気をつけて」
セシリア夫人も呼び止めるつもりはなかったのかもしれない、なんとなくそう思った。
「カイル、俺は一人で……」
「いや、俺も知りたいから……セシリア、行ってくる。心配するな……ここで待っていてくれ」
少し目を伏せてセシリア夫人が頷く姿にカイルは少しだけ表情を緩め「行こう」と俺を促した。
「いいのか? 真実を知るならセシリア夫人も一緒に来たほうが……」
「真実を知ったところでどうなる? 俺がセシリアを裏切ったことには変わりはない。全員がティファニーと寝たわけではないのだから」
カイルの言葉に答えを窮する。
「それに童話やお伽噺に出てくる竜のせいだといわれて納得できるか?」
「……難しいだろうな」
数日前、カイルが青い顔をして俺のところに一冊の本を持ってきた。
その顔色から禁書の類かと思ったが、それはこの国に住む者なら誰でも知っている有名な童話「創世の竜の物語」。初等科の子どもが読むような可愛い装丁の本が体格のよいカイルには些か不似合いだった。
童話では悠久の時を生きる竜が愛した少女の語った夢物語を叶えるために幾千もの世界を作り出す。
この童話がこの世界の成り立ちだという仮説がある。
その仮説が立ったのは世界一の美女について語る鏡、落としても割れないガラスの靴、針先で刺した相手を百年間眠らせる糸車、この世界にある理論を無視した不思議な宝物が少女の夢物語の中に色々出てくるからだ。
「ローク、例のものはどうした?」
「父に渡したが、父もどう扱っていいか悩んでいた。あれが事実ならば国王陛下も被害者になるからな」
例のものとはカイルがあの日絵本と一緒に持ってきた古ぼけた手帳。
その手帳のには竜による不思議は物だけではなく、結婚適齢期の王子が乗った船だけ難破する海域やある荒野で育つ金色の野菜を妊婦が食べると現れる高い塔など既定の条件が満たされると発動する不思議もあるという。
その不思議の中にあったのが「国王の息子、宰相の息子、騎士団長の息子が通う学院に元庶民の貴族令嬢が入学または編入してくると発動する呪い」というもの。ちなみにどこの国でも、それが学校ならば発動するらしい。
手帳の持ち主がそれを「不思議」ではなく「呪い」と書き残したのは、彼自身が百年以上前に俺たちが卒業したあの学院でこの呪いを経験したからだった。
彼は当時国でも力のある大司教の息子だった。
女ならば相手が幼い子どもでもいいという節操なしの女好きだった父親を反面教師にした彼は超がつくほどの潔癖症で、名前を元に調べてみるとわずか十歳のときに当時神殿に横行していた賄賂をネタに司教たちを脅して女性信者と淫行に耽る生臭い神官たちを全員追放した逸話の持ち主だった。
幼い頃から潔癖症に加えて女たちに群がられて襲われかけた経験のせいで女嫌いも患った彼は学院で一人の女生徒に恋をした。
彼女との出会いについて「学院の中庭で噴水に落ちている教科書を見て泣いていたところ」と手帳に書いてあった。俺の友人ニコルソンとティファニーの出会いと同じシチュエーションだった。
これについてカイルはその出会いはドーソンだと言い張ったが、ドーソンの出会いは「バケツの水を被って泣いていたところ」であり、手帳にも彼の友人が同じシチュエーションで同じ女性に恋をしている。
そこから先に書かれていたことはめちゃくちゃだった。
あるページでは恋のすばらしさを称える詩が綴られていたのに、隣のページには一切封じたはずの肉欲的な劣情を抱く自分への嫌悪感がページを黒くするほどつづられていた。
最初は思春期特有の情緒の乱れだと思ったが「自分が乗っ取られる感じがする」という一文にゾッとした。
魅了の魔力かもしれない、そう書かれていた。
ある日彼は彼女と一夜を共にして絶望した。
性欲を持たないと己に科したことを破ってしまったと思い悩み、川に入って自殺を図ろうとしたときに彼は竜に出会った。
竜は自分は人間に「創生の竜」と呼ばれていると名乗ったという。
なぜ死を選ぶかと問うた竜に、彼は自殺の理由を話した。最も軽蔑していた父と同じところに堕ちるのは耐えられないから死にたいと言ったそうだ。
死ぬ勇気がない自分を殺してほしいと訴えられた竜は項垂れ、懺悔するように話し始めた。
一人の女性が素敵な男性たちに愛される世界を作りたいと少女は夢物語を語った。
だから竜は少女の願いを叶えるため素敵な男性として国王の息子、宰相の息子、騎士団長の息子が同時に学院に入学したとき平民の女性に魅了の能力を授けるようにしたらしい。
しかしこの結果が死のうとしている目の前の男。
一度できた世界の理を変えることはできないから、彼と話した竜は世界の理に「少女が選んだ者以外は学園を離れたら魅了の効果は消える」と追加した。
しかし竜のこの手心も彼にとってはあとの祭り、女性を抱いた罪悪感は消えない。
卒業後、竜の言う通り女性に選ばれなかった彼から魅了の効果はなくなったようだが、悔やみ続けてた彼はその数年後に再び自殺を図った。それを助けたのが偶然通りかかった武者修行中の騎士、ハーグ家の祖先でカイルの曽祖父だった。
「ハーグ家がもう少し早く、できれば手帳を託されて直ぐに国に献上してくれれば……」
「無茶を言うな、いまの俺たちと同じだ。当時の王太子か国王が呪いにかかっている可能性があって報告できなかったんだろう……その後は、まあ、こんな手記があることを忘れたんだろうが」
ハーグ家は基本的に脳筋だからな。
「それにしても、かなり人が集まっているな。どうする、道をあけさせるか?」
「いや、しばらく様子をみることにする」
殿下たちのルシールは淡々としている。彼女が語る内容には聞いているこっちが戸惑ってしまうところがあるが、落ち着いた口調からルシールの余裕が見える。
「ルシール夫人の胆力には騎士も真っ青だな」
「その騎士たちはいま腹筋の限界に挑戦しているようだな」
その言葉に同意してくれると思いきや、呆れた視線が向けられる。
「顔がにやけてる……まあ、奥さんに前の婚約者に未練など欠片もないと宣言されれば夫としては嬉しいよなあ」
まあ……。
「しかし殿下はルシール夫人に愛されていると思っていたのか」
「殿下は見栄えがいいし、幼い頃から女性に好意を寄せられるのに慣れ切っていたから」
ため息を吐く間に室内の会話はルシア会の話になっている。
「正会員三十四名……セシリアも入っているんだろうか」
「入っていないほうがショックじゃないか?」
「確かに」
夫人が会員かどうか調べようかどうかと悩むカイルに苦笑したとき……。
―――フレディ。
「「っ!」」
ティファニーの声が聞こえて、俺たちは同時に頭を押さえる。頭の中がジンと痺れたような感覚、視界がくらくら揺れる。
怪我の痛みが抵抗するように強くなり、おかげで視界が元に戻った。
「カイル」
「……ああ、分かっている」
カイルが取り出した短剣で利き腕じゃない側の腕を切りつける。
「おいっ!」
「正気を保つためだ、大したケガじゃない」
「馬鹿野郎、これだけ血が出れば大したケガだ」
これだから脳筋は!
「竜の呪いは厄介だな」
「同じく……俺たちでこうなんだから、殿下は……」
――― 父上に頼んでソニック公子との結婚を白紙にしよう。
はあ?
「殿下は何を言っているんだ? 結婚の白紙って……そんなことを言ったら」
――― ルシール、ロークと離縁を命じる。
「これはもう……ダメだろう」
一度出てしまった言葉はなかったことにはできない。
竜の呪いは殿下にこんなことまで言わせるのか……。
竜の呪いによるものだと思えば同情します。
俺もこの厄介さは身をもって体験しました。
でも駄目ですよ。
――― 今夜は私の宮の客間に……。
「そんなことは俺が許しませんよ、殿下。ルシールの夫は俺です、誰にも渡す気はありません」
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