叶わない願い、最悪の結末
「男爵令嬢、殿下を責めるのは違います。このくらいは常識、妃教育の一日目に教わるべきことです」
「し、知らない」
「まあ、それでは直ぐに死にますわよ」
直接的な表現にティファニー様と殿下が同時に息を飲む。
「これで死なれても目覚めが悪いのでアドバイスくらいさせていただきます。そうですね……男爵令嬢、今夜は殿下とお過ごしですか?」
「え? ええ」
「それなら良かったです。城に泊るときは必ず殿下とお過ごしください。近衛兵は忠誠心があり武芸にも優れた選り過ぐりの騎士です、殿下のついでに守ってくださるでしょう」
「つ、ついで?」
「ええ、近衛兵は王族を守るのがお仕事です。妻なら別ですが婚約者や愛人は二の次ですね。ご自分を守って貰うならば護衛を三人ほど雇うとよろしいでしょう」
「そんなの無理よ」
「無理と言われても……死んでしまいますよ?」
ティファニー様は唖然としていますが……信じないと大変な目に遭いますよ?
「具体例をお話ししますと、以前予定外の行動で護衛の手配が間に合わずうっかり侍女に毒殺されかけました。父がまだ城にいて自分の護衛を私に回してくださらなかったら危なかったと思いますわ。隙あらば狙ってくるのですから……あの侍女はいつも毒を持ち歩いていたのでしょうか」
「い、いや、気にすることはそこではなくて……」
「どうなさったのです? 殿下がいつも仰ったように別に、
「ど、どうして平然としているの?」
「男爵令嬢、私はもう関係ありませんもの」
狙われたのは「私」ではありません。
彼が狙っていたのは「王太子の婚約者」です。
ローク様と結婚して公爵夫人になった私には関係ありません……それはそれで狙われるでしょうが今は関係ないので伏せておきます。
「男爵令嬢、王太子の婚約者は替えが効くのですよ。それは貴女が一番お分かりではありませんか。なぜエスコートのときにあなたが殿下の左腕側に立つか知っていますか?」
「そういう決まりだから、じゃないの?」
「エスコートのとき私たちが男性の利き腕ではない側に立つのは、利き腕で剣を振るうのを邪魔しないためです。万が一のとき、殿下は自分の身を自分で守らなければいけません」
「え、女性を守るのではないの?」
「どこの物語ですか、王族に限ってそれはあり得ません。王族は何が何でも守らなければいけない存在、つまり殿下が身を守れないときは一番近くにいる貴女が身を挺して殿下をお守りしなければいけません」
「武器もないのよ、死ねというの?」
「はい」
ティファニー様がギョッとした顔をしました……ふふふ、面白い。
「殿下を守れなければその咎で処刑されますから結果は同じですよ」
「そんなの嫌よ! あんた、何をそんなに平然と……あんた、変よ!」
そうかもしれませんが……これが王太子妃教育の結果なのです。
「やっぱりルシール様は私に嫉妬しているのですね」
は?
「私を脅してフレディを諦めさせようとなさるなんて!」
……そうきましたか。
お花畑の住民、
「当時も殿下が誰を側妃や愛妾として召し上げようと一切構いませんでしたし、いまとなっては爪の先ほどあなたへの嫉妬など……」
……正直に言えばないことはありません。
でも嫉妬の原因である男性が違うから肯定するのもおかしな気が……。
「お、お前は私を愛していなかったのか!」
……そうでした、こちらも恋愛至上主義でした。
「なぜ愛さなければいけないのです?」
「お、お前は私と結婚したがっていただろう!」
なんかもう面倒臭くなりましたわ。
結婚しなければいけないという国へ義務感を殿下への恋心を勘違いされては話が進みません。
不敬承知ですが本音を言うことにしました。
「殿下と結婚しなくてすむならそっちがいいとずっと思っていました」
「へえ!?」
……間抜けな音ですわ。
「俺を、愛していない?」
「はい」
行間を誤解されては困るからと間髪をいれずに返答したら殿下は固まり、周りは笑いを堪えています。そうですよね、笑えますよね……分かりますが、お義父様は笑い過ぎです。
体を折って盛大に笑って……ローク様の笑い上戸はお義父様似だったのですね。ちょっとキュンとしちゃいました。
「フレディ! どうしてルシール様にそんなに拘るの? つまらない婚約者だって、いつもボッチなのがその証拠だって言っていたじゃない」
……ぼっち、とは?
意味の分からない言葉に戸惑いって隣の騎士を見たら気まずそうに「友だちがおらずいつも一人でいる人」だと教えてくれました。
そう言う意味ならぼっちでしたわね。
いつ刺客が来るか分からない身で友だちと行動しては迷惑をかけてしまいますし。
「でもいまは友だちが大勢できましたわ」
なんとなくボッチと思われているのは悔しいので反論しておきましょう。
「ルシア会のメンバーになりましたから」
「ルシア会? なんだそれは?」
「貴族にはありえない天真爛漫さに元婚約者や現夫を籠絡された貴族女性の集まりです。正式名称は庶民令嬢による被害者の会、ルシア会は通称です」
名前の由来はあの本だと流石にお分かりでしょう。
「ルシア会には外部から相談にくる方もいますの。一番多いのは何とかという本のせいで過去に婚約が白紙になったことを蒸し返されて笑いものにされているというものですね、架空だからいいものの実話だったら作者には名誉棄損の訴状が山の様に届いたでしょうね」
「そんなに多いのか?」
「ルシア会の正会員は三十四名、こちらは全て被害者である女性ご本人。そして補助会員は千名を超えます。こちらは女性のご家族、ご親戚、ご友人、贔屓にしている商人など。正会員はみな高位貴族のご出身ですからその影響力は国を超えて周辺各国にも及んでいます」
「……三十四」
「殿下を含めて三十四名、そちらの男爵令嬢は彼らの『お友だち』として、その婚約者たちが嫌な顔をする程度の関係を築いていらしたそうです」
「三十四股……」
「嘘よ!! た、確かに好意を持ってくれた人は多かったけれど私の恋人はフレディだけよ。ルシール様も他の人たちも私が嫌いだからそんな意地悪を言うのよ」
「そ、そうか……そうか?」
「……フレディ」
……何です、これは?
首を傾げていた殿下の顔をティファニー様が両手で包んで目を合わせると、確かに猜疑心が灯っていた殿下の目が一気に甘く蕩けました。
異様だと分かるほどの変化。
振り返るとお義父様も驚いている様子。
「ティフィはこんなに可愛いのだから多くの男から一方的に想いを寄せられるのも仕方がないな」
「フレディ、分かってくれたのね」
ティファニー様が殿下にすり寄りました。
「ねえ、私たちはいつ結婚できるの?」
「王太子妃教育が終われば直ぐだ。私が王子であるせいで、ティフィに辛い思いをさせてすまない」
「ううん、王子だと分かっていて好きになったのだもの。でも王子妃教育は難しすぎるわ。教育係たちも意地悪だからみんなしてルシール様みたいになれと言うのよ」
「それは酷いな」
「だから考えたの。ルシール様にはフレディの側妃になってもらいましょう。そうすればフレディだって今までみたいに私と一緒にいられるじゃない」
は?
「それはいいな」
何を言っているの、この人たちは?
「父上に頼んでルシールとロークの結婚を白紙にしよう。婚約だって白紙にできたのだから結婚だって白紙に……」
「お待ちください、そんなことが本当にできるとお思いですか?」
唖然として脳は正常に働かないのに、横暴だと分かれば諌めるような声がでました。
王妃たるもの国のため生命を賭して国王を諫めよと、頭の中で幼い頃に受けた教育が叫ぶのです。
お願いします。
どうか踏みとどまってください。
それ以上は―――。
「ルシール、ロークと離縁を命じる」
ああ、お終いです。
「離縁後はカールトン侯爵家で過ごせ、一歩も外に出ることは許さん。腹の中に子がいないことが確認できてのち側妃として娶ることにする」
殿下……とても残念でございます。
恋慕の情ではありませんが、幼い頃から共に過ごしてきたため身内のような情はありましたのよ?
「そうと決まればルシールをこのまま公爵邸に帰すのもよくないな。明日以降はカールトン邸に移動させるとして今夜は私の宮の客間に……」
「そんなことは俺が許しませんよ、殿下。ルシールの夫は俺です、誰にも渡す気はありません」
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