ヒートアップしたら本音がぼろぼろ出てきた(ローク)

「父上」


 俺の登場とその言葉で水を打ったように静かになった部屋の中で父上を見つける。


「父親のほうは任せなさい。きっちり、しっかり、床にめり込むほど深く釘をさしておくから」

「よろしくお願いします」


「その代わり息子のほうはお前に任せる」

「お任せください」


 満足したように頷いた父上が部屋を出ると人垣の向こうにいるトリッシュ伯と目が合い、彼は俺に黙礼すると父上の後を追うように去っていった。


 彼も陛下のもとに行くようだが近衛騎士団長であっても今回ばかりは陛下たちを助けないだろう。大丈夫、言葉の刃で滅多切りにされても死ぬことはない。


「ロ、ローク」

「殿下、私はルシールと離縁しませんよ」


 俺は前に進み出るとルシールの横に並び、彼女の肩を抱く。


「ルシールは私の恋しい妻であり、ソニック家の至宝です。側妃だなんてふざけたことを言わないでください。他の男に渡すわけがないでしょう、刺繍の男だって見つけ出してどこか遠くに追いやる所存です。とにかく、側妃だろうが何だろうがルシールを国の便利な道具にすることはソニック家一門が決して許しません」


 母仕込みのノンブレスで言い切れば殿下がたじろいだ……なんかヒートアップした脳が余計な言葉を叩き出したような気がする。



「ローク」


 ティファニーの声に抗うため、俺は口の中を噛む。

 一気に血の味が広がり、ハーグ家の脳筋を哂えないなと思った。


「男爵令嬢」

「ロ、ローク?」


 予想以上に冷たい声が出た。

 選ばれた男以外は竜の呪いが解ける……選ばれなかったことをこんなに嬉しいと思うことはこの先一生ないだろう。


「男爵令嬢、私はあなたに恋をしたと思っていました。恋をしたあなたが殿下と幸せになること、それが正しいことだと思って俺はそれを見守るつもりでいました」


 ティファニーの顔が悦びに変わるのとは対照的に俺の心は冷たくなる。


「でもあんなのは恋じゃなかった。私自身も知らないから俺はあんな紛いものを恋だと思い込んでしまった。妻に恋して知ったのですが、私の恋は綺麗さの欠片もないんですよ」


「な、何を言っているの……?」


「私がルシールに向ける恋はもっと暴力的だ。もしルシールに私ではない他の男の手が触れるなら、例えそれが殿下であっても俺はその手を叩き切るでしょう。だからそこの近衛の二人、ルシールに近づくな。騎士である君たちの手を切り落とす剣技が私にはないが、剣を使わずとも君たちの手を落とす方法くらいある」


 俺の言葉から本気を悟ったのか殿下が息を飲む。

 そしてその恐怖心で殿下の目に正気が戻る。


「俺は……何を……」

「殿下、ご自身が口にしたことを覚えていますか?」


 俺と同じ酷い頭痛がするのだろうか。

 いや殿下は選ばれているからもっと酷いのかもしれない。

 

「ああ……なんで俺はあんなことを……」

「フレディ!」


 ティファニーの声に殿下の目が揺れる。


「殿下!!」


 そうはさせない。


「ローク!」


 俺の意図に気づいたらしいティファニーが俺を睨む。


「男爵令嬢、王族はこの国の主。我々は王族を第一に守る。フレデリック殿下はこの国の王太子、国王が決めたこの国の次の王。どちらかしか守れないなら、俺は殿下を守らなければいけない」


 俺の言葉にティファニーが怯む。


「殿下、ご自分があり得ないことを言ったことを覚えていますね」

「……ああ、分かっている」


「どうしてそんなことを言ったかも?」

「どうしてかは……分からない。ただ……ティファニーの目を見て、声を聴いたら……それを叶えなければいけないと……」


 ……終わった。


「近衛兵。何があったか分からない以上、殿下がここにいるのは危険だ。お一人で部屋に、そして医師を呼ぶように」


 殿下が去るとティファニーだけがぽつんと残された。



「ローク……私は……」

「俺は君に何もすることはできない、それは君が一番分かっているはずだ」


 ティファニーは竜の呪いのことは知らない。

 ただ自分の魅了の力についてはなんとなく理解できている。


 でも物的証拠は何もないから結局は罰することはできない。


「ただアドバイスはしておこう、部屋に戻れ」


 騎士に連れ出されるか。

 それとも自分の足で部屋に戻るか。


 どちらにせよ殿下の件が片付くまでティファニーは部屋に軟禁されることになる。



「どうして!? どうして、どうして、おかしいわ!! 二人は政略結婚じゃない」

「確かにそうだが、政略結婚でも男が魅力的な女性に会えば愛したっておかしくないだろう? そういう夫婦は意外と多いと思うが……そうではありませんか?」


 後半は集まっていた野次馬たちにかける。隣り合う男女が顔を合わせ、照れ臭そうに微笑み合う姿がちらほら見られた。


「男爵令嬢、俺は君がいなくても生きていける。実際に君が殿下を選んだあとも、恥ずかしながら落ち込みはしたが元気にぴんぴんしている」


 よく考えれば竜の呪いは厄介ではあるが、ルシールと殿下の婚約破棄は竜の呪いのおかげともいえる……そう考えると悪いものでもないかもな。


「でもルシールがいないと生きてない、いや、一人で生きていきたくない。なにしろ俺の周りには敵ばかり、常に俺を転ばせようと足を引っかける輩が後をたたないからな」


 でもね、とティファニーから人垣に視線を移して笑ってみせる。


「結婚した男には魔法の言葉がありましてね、『実は妻に言われて』というと社交どころか政治もスムーズに進むのですよ。私に足をかけようとしていた方も足を退けるばかりか『奥様によろしく』とまで言ってくださるのです。私にとっては美しく可愛い妻なのですが、私の妻は社交界では大層恐れられているようですね」


 このパスを受けとったのは、ソニック家の派閥でも中堅に位置する伯爵家の夫人だった。


「ほほほ、公子夫人は若かりし頃の公爵夫人を彷彿とさせる奥様ですわ。優し気なのに容赦のない剣をお持ちでねえ。うちの愚息にもこのように素晴らしいお嫁さんが来てくれたらと思っていますの」


「妻との縁を結んでくれた両親には深く感謝しています、またあんな素晴らしい女性に育ててくれた義理の両親にも。政略結婚という制度にすら感謝する日々です」


 結婚なんてしないなどと甘いことを言っていたのにねえ。

 何のことでしょう。


 伯爵夫人の苦笑込みの目線を何とかいなす。


 政略結婚に感謝しているのは本当だ。


 君を愛することはないなんて言ったくせにルシールが俺の元に嫁いできてくれたのは政略結婚だからだ。恋愛結婚ではそうもいかない。その場で平手一発、即破断だ。


「恋した女性を妻にできても、妻になった女性に恋しても結果は同じですからね。妻が好き、ただそれだけです」


 「ほほほ、お熱いこと」と言って笑いながら去る夫人のあとにぞろぞろと野次馬たちはついていく。


 そう言えばカイルは……いた。


 近衛騎士に何かを言って……どうやらティファニーの回収を頼んでカイル自身は控室に戻るらしい。うん、それがいいと思う。


 というか、そうしてくれ……ルシールの沈黙が怖い。



 ルシールを想うと心が様々な感情で騒めく。


 ルシールに愛される資格はないと思いつつも愛されたいと思っているなんて矛盾だらけ。心まで望まないなんて高潔なことを言っても心の奥底ではルシールの全てが欲しいと思っている。


 ルシールのことを何も考えていない。

 自分の希望や欲ばかり押しつけている。


 俺の恋は醜くて自分勝手だ。


 そこまで分かっていて、それの何が悪いって開き直るんだからたちが悪い。



 自分のことは自分でよく分かっている。


 もしルシールが他の男の元に行きたいと願えば、俺はルシールを攫って彼女がどこにも逃げられないように鎖につないで監禁するに違いない。


 恋しい男どころか家族にも会わせない自信がある……やばい自信だな、おい。

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