恋をすると自分がとても嫌いになります
「サフィア男爵令嬢はフレデリック殿下の妃になれるのかしら」
お兄様からマリッジブルーの婚約者エレオノーラ様の相手をして欲しいと頼まれてすでに準備された茶席に座らされる。
「どうしたのですか?」
「次期侯爵夫人としての学びに行き詰っていて……
なるほど……なるほど?
ポジティブだかネガティブだか分からない理由ですわ。
「恐らくサフィア男爵令嬢が王太子妃になることはないかと」
「フレデリック殿下の御子を産んでも?」
殿下と結婚はできるかもしれない。
でもそのとき殿下は王太子ではないでしょう。
殿下がティファニー様とお近づきになり始めた頃に私はそのことをお父様に報告し、お父様はそれに令嬢の情報を加えて国王陛下に報告した。
その結果としてティファニー様は排除されずに殿下のお傍にいた。
つまり王家の下した判断は「殺す価値もない」だったということです。
「私の考えではありますが、陛下は卒業後に令嬢をひっそりと殿下から遠ざける予定だったはずです。しかしその前に殿下が私との婚約を公の場で破棄する意向を示した上に令嬢の妊娠を発表してしまいました」
こうなった以上王家には殿下と令嬢を結婚させる以外の方法はありませんが、真実の愛で有力貴族令嬢との婚約を破棄して下位貴族の令嬢を妃に迎えることは国王陛下に続いて二代連続。いまの国の揺らぎや歪みを考慮すると同じことをする力がいまの王家にはありません。
恐らくフレデリック殿下はしばらく王太子のまま、但し王太子としての実権は剥奪。
そして弟殿下、恐らく王妃様のお産みになった第三王子が成人するまでつつがなく現状維持なさるだろう。
「いま水面下ではフレデリック殿下のお妃探しが行われております。そのためジョン様は結婚を早められたのだと思うと……」
「早めたといっても半年ではありませんか。お兄様はお義姉様を奪われてなるものかと必死なのですわ」
お兄様の懸念は恐らく当たっています。
フレデリック殿下の妃として最有力はお義姉様。お義姉様の生家セレンシア伯爵家とカールトン侯爵家は仲の良さは周知のこと、彼女が殿下の妃になればカールトン侯爵家は間接的にフレデリック殿下を支持することになります。
あくまでも人の感情を無視すればのことですが。
お義姉様は昔からお兄様を慕っており、この結婚は政略結婚であり恋愛結婚でもあります。私のことがあった上にそんな二人を引き裂くような真似をしたら後ろ盾どころかお父様とお母様が怒り狂うのは火を見るより明らかです。
「安心なさってください」
私としてもお義姉様と慕うエレオノーラ様にはお兄様と幸せになっていただきたい。
フレデリック殿下の妃など、ソリア側妃様だけでも頭痛の種であるところにティファニー様との間に御子が生まれるのですから苦労する未来しか見えません。
恐らく王家のことですからティファニー様の産んだ御子のことは殿下の御正妃様に丸投げに決まっています。
「サフィア男爵令嬢は……」
「お義姉様が気にすることではありません。もちろん私も。
ティファニー様は妊娠で己の価値を変えてしまいました。
王家はいまティファニー様の腹が空になるのを待っています。
ティファニー様はいき過ぎてしまいました。
でもこれは今の結果があるから言えることです。先が見えない状態で「もっと先」に手を伸ばそうとすることを責めることはできません。
そのチャレンジ精神が刺激されるのが学院なのでしょう。
学院は「もっと先」を求める男女にとって獲物が自らやってくる格好の狩場です。今回のティファニー様の妊娠で分かる様に学院には「もっと先」を求めて高位貴族の御令息に「卒業までの関係」や「一夜の関係」を迫る女生徒がたくさんいました。
彼女たちのうち期間限定で満足するのはほんの一部、真の目的はそれを足掛かりに婚約者にとって代わることです。
「フレデリック殿下はご自分の立場をよくお考えになるべきでしたわ」
平民であるティファニー様が知らなかった・気づかなかったというのは仕方がないにしても、王族として生まれ城で育ち王子として学びの場が与えられていた殿下は考えなければいけなかった。
男爵令嬢との醜聞を周囲がどう思うか。
どうやったら正妻となる婚約者の理解を得られるか。
男爵令嬢との間に子ができたら、子どもはともかく男爵令嬢はどういう扱いになるのか。
「無知というのはとても恐ろしいことですわね」
無知な殿下は王族の重責を知らずその特権を振りかざすだけ。
その結果、彼は自分の手で最愛の少女を殺すのです。
「ルシール様、無礼を承知でお聞きしたいのですが婚約者を奪ったサフィア男爵令嬢と、婚約者を裏切ったフレデリック殿下が憎らしくないのですか?」
少し前までなら二人とも憎んでなどいませんでした。
でもいまはティファニー様が憎らしい。
ローク様に恋されるティファニー様が憎らしくて堪りません。
近い将来、ティファニー様はひっそりと消されることになるでしょう。
それをローク様もご存じでしょうし、ティファニー様が消えてもローク様はずっと彼女を想うのでしょう。恐らくそれを止めることができなかったご自分を責めながら。
ローク様を
でもそれを承知で結婚したことを理解しているから、私はローク様に何も言えずこうして心の中に黒いドロドロしたものをひたすら溜めています。
――― お願いがあるのぉ。
学院のサロンで見た光景が浮かびます。
あのときティファニー様がしな垂れかかっていたのは殿下でしたが、今この瞬間にも彼女はローク様にしな垂れかかっているのかもしれません。
過去に見た劇で夫の不貞を疑う女の姿を醜いと思いましたのに……今の私はあれと同じです。
自分を嫌悪するたび、恋なんてするのではなかったと心の底から思うのです。
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