俺の妻はとても可愛い(ローク)
想いを伝え合ったはいいが、場の空気が甘過ぎて窒息しそうだ……と困っているところに先ほどの侍従が両親の伝言を持ってきた。
「し、失礼します」
……別にここで如何わしいことをしていたわけではないのだが。
他人が見てもこの部屋の空気はピンク色なのだろうか。
顔を真っ赤にしながら手紙を押しつけるように俺に渡し、さっさと部屋を出ていく侍従に申し訳ない気持ちになった。
「陛下との大事な話が長引きそうだから先に帰っていてほしいそうだ」
「……そうですか」
歯切れが悪いのは恥ずかしさからだけではないだろう。
罪を呑み込むと決めても割り切るには時間がかかる。
俺も同じ気持ちなので、それ以上何も言えなかった。
「お帰りなさいませ」
騎士の一人に先触れで帰ることを伝えていたため、俺たちの乗った馬車が屋敷に着くとセバスと手の空いている使用人たちが出迎えてくれた。
「若旦那様、何があったのですか?」
「え、何が!?」
「……だからそれを聞いております」
セバスの視線を追うと俺の頭……怪我したのを忘れていた。
端的に説明するとセバスは鷹揚に頷く。
「男爵令嬢の呼び出しに応じたら逆ギレされて殺されかけたということですね」
「ああ、まあ……そんな感じかな?」
大まかには合っている気がする。
「それでしたら若奥様のあのご様子は? 若旦那様の修羅場に遭遇したにしても……ぽわぽわしていらっしゃるのは変かと」
……ぽわぽわ。
「確かにぽわぽわしているな」
可愛い。
「はい。いつもの若奥様の氷がパキッと割れたようなキリッと感がありません」
あっちの顔も可愛いが、ぽわぽわした感じは初めて見たから新鮮さも相まってめちゃくちゃ可愛い。
「若旦那様、もしかして何か無体を……」
「していない!」
確かに事後のルシールはぽーっとしていることが……って、違う!
「侍従長、あとで父上の書斎に来てくれ。あと父上たちは今夜は城にお泊りになる、理由もこの後説明することになる。ないとは思うが城からの使者が来ても父上たちが戻るまで絶対に屋敷に入れるな」
俺の顔にセバスの顔が引き締まる。
「若旦那様、若奥様はお疲れのようですので我々でお部屋にお連れいたします」
「そうしてくれ」
「若奥様、足元にお気をつけ下さいませ」
侍女長の言葉にルシールはぽわぽわしたまま頷いたものの、何かに気づいたようでハッとした顔で俺を見る……なにその迷子の子どもみたいな表情。
もしかして俺と離れるのが心細いとか?
なんだそれ、可愛過ぎ……セバス、目線が痛いぞ。
「ルシール、着替えてくるといい。俺も少し仕事をしてくるから、終わったら一緒に食事をしよう」
安堵したように表情を緩めるルシールを見送ると残っていた使用人たちの視線が自分に集中した。セバスの生温かい目が気恥ずかしさを煽る。
「……セバス、食事をしていないから軽めの食事を用意してくれ」
「分かりました、サンルームに準備いたしましょう」
なぜサンルーム?
「いや、別に普通に食堂で……」
「いえいえ、雰囲気が大事ですからね」
雰囲気、とは?
「いつか必要になるからと準備してきた成果をお見せしましょう」
「準備って何だ?」
特に花に興味はないためサンルームに行くのは年に数回。
そこがどんな風に準備されているのかなど検討がつかなかったが「任せる」としか言いようがない雰囲気に流されて任せることになった。
「それでは準備を、プランNだ」
AからMまで全て飛ばして突然N?
首を傾げるとセバスが「NIGHT(夜)のNです」とパチッと片目をつぶってみせる。
「ナッ///!?」
「うちの若旦那様は初心でいらっしゃる、みなで代わりに頑張りましょう!」
何をだ!
「ちょっと待……」
俺の制止も空しく使用人たちはウキウキとサンルームのほうに去っていった……うん、楽しそうでなによりだと思うことにしよう。
「若旦那様、お食事の準備が整いました」
呼びにきたセバスの顔も元の様に整っていた。
城であったことの話をしていたときの般若のような顔ではなくなっている。
「ルシールは?」
準備ができているなら一緒にサンルームに行こ……。
「若旦那様、女性の準備は男性の何倍もかかるのですよ」
「……はい」
「気を長く、悠然とした態度でお待ちください。思い返せば若旦那様は幼い頃からせっかちで、まだ氷が薄いと言ったのにもう大丈夫だと言って池に落ちたことが四回……いえ五回でしたかな?」
恥ずかしい昔話はやめてくれ。
「四の五の言わず黙って待つから、セバスも黙っていてくれ」
「言うことが大人になりましたなあ。昔は舌が回らず『せばひゅ』と呼んでいらっしゃったのに」
駄目だ、俺のおむつも換えたことがあるらしい年寄りには勝てない。
サンルームに行くと……普通のサンルームだった。
「一体何の準備をしたんだ?」
サンルーム中がハート型の風船だらけでも文句を言うまいと思っていたのだが。
「いやですなあ、食事だけですとも」
そうは思えないし、言い方が不審だから聞いているのだ。
それにニヨニヨと聞こえてきそうな笑い方、絶対に何かしているだろう!
「くう……」
セバスは俺もことをよく知っているが、俺だってセバスのことを理解している。
こんな顔をしているときのセバスは絶対に答えを教えてくれない、俺が吃驚するのが楽しみで堪らないのだ。
「ルシールに危険はないんだな?」
「場合によってはありますね」
「駄目だ、撤去しろ」
「いたしかねます、というか出来ません。さて何故でしょう」
「答える気がないのに謎掛けをするな!」
めちゃくちゃ腹が立つのに、さっきまでの緊張が全くなくなっているから感謝もしたくなるぞ。
「お食事は若奥様がいらしたらお運びしますが、先に食前酒を飲まれますか?」
「そうだな、軽いものを頼む」
一通り俺で遊んで満足したらしいセバスが酒の準備をし始める。
見慣れないラベルだ。
「それは?」
「カールトン侯爵家から届いたワインです。苺など数種のベリー系果物で作った果実酒だそうで、若い方向けに作ったのでお二人の感想をお聞きしたいそうです」
グラスに注がれた酒から立ち上る苺の香りにルシールの顔が浮かぶ。
「……もう少し待つべきだよな」
「もちろんでございます、駄犬でももう少し待てができますよ」
一言多いなあ……。
酒を飲みながら時計を見る……なんか針が進むのが遅い気がする。
「坊ちゃまが睨みつけるから時計の針が委縮しちゃうんですよ」
「そんなわけあるか。あと坊ちゃまと呼ぶな」
俺の緊張を解そうとしてくれているのか?
それとも暇潰しか?
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