政略の先で見つけた愛を誓います

 ローク様からの告白に始まる一連のことで感情が乱れすぎ、気づけば公爵邸のバスルームで侍女たちにお世話をされていました。


「若奥様、服はこちらでよろしいでしょうか」

「……任せるわ」


 侍女たちを信用しているので服選びも任せてしまいました。


 あんなに感情を吐露したのは初めてかもしれません。

 まだ脳が茹だったような感じ……指先を動かすのも億劫な感じです。


 湯上がりにタオルを巻かれ、髪の手入れをしてもらっている間に眠くなりました。



「若奥様、若旦那様とのお食事はどうなさいますか?」

「……いくわ」


 まだ眠気は残っているけれど、軽く寝られたので重かった体も軽くなりました。


「ローク様はまだ仕事中なのかしら?」

「いいえ。執事長によると二十分ほど前からサンルームでお待ちだそうです」


 え?




「お待たせして申し訳ありません」

「……すまない、準備を急かせてしまったか?」


 早足でサンルームに向かい、飛び込むように中に入るとローク様に驚かれてしまいました。


「いいえ、その、お待たせしてしまったから」

「そうか、急いできてくれて嬉しいよ」


 眠りこけてのんびり準備していたなど言えない雰囲気です。


 ローク様にエスコートしていただいて席に着くと同時に料理が運ばれてきます。

 そう言えば会場では何も食べていませんでし……。


「いい香りだな」


 ローク様の顔が首筋に近づいてきて……ひぇ!


「香水?」


 こうすい?


 あ、香水……ダメです、私の脳はいまポンコツです。


「カールトン侯爵令息が若奥様にと開発中の洗髪剤を贈ってくださったのです。人工的に苺の香りをお作りになられたそうですよ」


 侍女長、ポンコツに代わってありがとう!


「そう言えばいつもより甘い感じがするな」


 だからって匂いを嗅がないでくださいまし!


「それともルシールがつけているからかな」

「しょ……そんなことはございません」


 噛みました……穴を掘って埋まりたいです。


「ルシールが気に入ったなら定期的に購入したらいい。必要ならうちからもいくらか開発費を援助しよう。まあ、いまはそれよりも食事だな」


 ローク様の言葉を合図にしたように侍女たちが料理をテーブルに置きます。


「やけに仰々しくないか?」


 そうですわよね、わざわざ銀のカバーをつけてくるなん……。


「「え?」」


 同時に外されたカバーから見えたのはハートの料理。

 赤とピンクだらけで、あちこちにハートが散っております。


「あの……」

「……うちの者はサプライズが好きなんだ。気にせず食べよう、ハート形でもかぶは蕪だ」


 そう言ってローク様は赤かぶにフォークを突き立てました。

 私もハートが連なる様に飾り切りされた人参にフォークを刺します。


「ハートが過剰だな」

「……はい」


「神経がゴリゴリ削られている気がする」

「私もです」


 思わずオムレツの上に乗っていたハート形のケチャップをフォークの先でぐちゃぐちゃにするとローク様が笑いました。


「不作法でしたか?」

「いや」


 そう言ってローク様がフォークの先で指すのは私と同じぐちゃぐちゃのケチャップ。


「こんな夜に他の女性の話もどうかと思うが、元婚約者に面白みのない男と言われたのを思い出してね。俺のこういうところかなと思ったら、君も同じことをしていた」


「それならば私がフレデリック殿下につまらない女と言われるのは当然ですね」


 面白みのない男とつまらない女。

 ある意味お似合いの組み合わせかもしれない……私の脳にもお花が大量に咲いている気がします。


 これがお花畑!



 *** side ローク ***



「寒くはないか?」

「はい、ショールもあるので大丈夫です」


 ルシールのワンピース姿は見慣れているはずなのに、ショールの前を合わせる姿が弱弱しく見えて庇護欲をそそる。


 それにいまのルシールはチラチラと俺を見たかと思えば、急に中空を見てぽーっとしたりして、どことなく小動物を連想させる。


 またその可愛い仕草が俺のいたずら心を刺激してくるのだ。


 ルシールをジッと見ていれば、視線を感じてルシールが俺を見る。

 ボボボッと音がしそうな勢いでルシールの顔が赤くなる。


 可愛い。

 これが俺の妻、可愛い、幸せ。


 本当に可愛いが過ぎる。


「若旦那様、言語能力が著しく低下しております。しっかりなさってくださいませ」

「……何で分かる」


「恋愛初心者の若造の気持ちなど玄人には筒抜けです」


 セバスの言葉に同意するように周りの使用人も頷く。

 全員玄人なわけがないだろう……あのフットマン、先日恋人に振られたと同僚に泣きついていなかったか?


 駄目だ。

 この空間にいたら精神的にへばる。


「ルシール、食事が終わったなら散歩にで……」

「若旦那様。若奥様とご一緒に、こちらへ」


 庭の散歩に誘おうとしたらセバスに先を越された。

 ルシールと顔を見合わせつつもセバスの案内に従ってサンルームの奥に行く。


「こんな扉はあったか?」


 同じく不思議そうな顔をしているところを見るとルシールも知らなかったらしい。


「親と同じ屋根の下では気兼ねなくできないだろうと奥様が仰られまして」


 もう少し分厚い衣を歯に被せろ!


 それに今夜は別にいつもの部屋でいいじゃないか。

 二人とも今夜は城に泊まるって言っていたし……って違う!


「ルシール……」


「セバス、よく意味が分からなかったけれど、ここをローク様と二人で使っていいってこと?」

「左様でございます」


 意味が分かってない?


 本当に恋愛に慣れていないんだな……なんかそう思うと大事にしなきゃなって思いが一気に膨れ上がる。


「セバス、あとは任せた」

「畏まりました」


 ガッツポーズは余計だ。


「ローク様⁉」


 一言もなく抱き上げるとルシールが驚いた声を上げる。


「頭、ぶつけないように気を付けて」

「は、はい」


 奥の部屋に入ってセバスの「準備」の意味がよく分かった。



 *** side ルシール ***


 この部屋の飾りつけは『悪役令嬢ルシア』の最後の場面、ヒロインが王子様と永遠の愛を誓い合うシーンによく似ています。


「俺たちは悪役令嬢と当て馬の貴公子なんだがな」


 当て馬……確かにあの本の中でのローク様の役どころは当て馬でしたわね。


「余り者同士ですわね」


 その言葉にローク様が楽しそうに笑う。

 これだけで幸せだと思えるのですから恋は偉大ですわ。


「それじゃあ『敗者たちの後日談』という本でも出そうか」

「恋は戦いといいますものね」


「負けてよかった」

「ふふ、私もです」


 悪戯をした悪い子どもの様に私たちは囁き合う。


「その本の主役は私とローク様ですね」

「そうだな、それで物語はここから始まるんだ」



 物語の始まりは―――。



「私、ロークは政略の先で見つけた永遠の愛を誓います」


「私、ルシールも政略の先で見つけた永遠の愛を誓います」



 ローク様の笑顔が近づいてくる。


「大好きだよ」


 私も笑って目を閉じた。


「私もです」

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