番外編

ルチアナ叔母様がやってきた(ざまあ展開あり)

隣国から妻の親族がやってくるらしい(ローク)

「ローク、今度お友だちが我が家に滞在することになったから」


 交友関係の広い母上がこんなことを言うのは珍しくないのだが、このときは背中を悪寒が二往復するくらい嫌な予感がした。


「どなたがいらっしゃるのですか?」

「ルチアナよ」


 よく確認した、俺。


 ルチアナと言えばカールトン侯爵の妹君であり、ルシールを溺愛している叔母様であり、隣国の皇后である。どれをとっても迫力のある肩書きだ。


「国賓なのですから城の迎賓館に滞在していただくべきでは?」

「そうなのだけどソリアがやらかしちゃったのよ」


 どうやれば隣国の皇后を怒らせられるのか。

 

「ルチアナにソリアから手紙が届いたの。ソリアとしては歓迎の意を示したのかもしれないけれど『昔話をしましょうね』の一言は余計だったと思うのよね」


 婚約者を奪われた女性と奪った女性の昔話ってなんだ?


「誰です、ソリア側妃様の手紙を隣国に届けたポンコツは」

「届けちゃったんだからしょうがないでしょ」


 やっちゃったことをウジウジ責めない……そうなんですけれどね。


「皇帝陛下も一緒にうちに滞在するのですか?」


 隣国の皇帝夫妻の仲の良さは有名で、三日も離れていられないらしいらしく皇太子殿下が成人してからは大体どこに行くのも一緒だ。


 その皇太子殿下は実に優秀で政務代行はお手のもの……実に羨ましい。


「一貴族の屋敷に皇帝夫婦がそろって滞在するのはよくないから皇帝陛下と一緒に来る皇子殿下は城に滞在するわ。うちの王族が彼らを怒らせなければ彼らがくることはないでしょう」


 来る可能性のほうが遥かに高い。


「どの皇子殿下がいらっしゃるのですか?」

「ラシャール殿下とトイ殿下が来るわ、困ったことに」


 ラシャール殿下は二番目、トイ殿下は三番目だが、困ったことって?


「皇子殿下たちはどなたも聡明で良識的ではありませんか」

「うちの王太子と違ってね」


「やっちゃったことをウジウジ責めないであげてください」

「そうね、あと十年は王太子のイスを温めてもらわなきゃ」


 第三王子セーブル殿下が成人するのを待ってフレデリック殿下は自ら王位継承権を放棄する予定になっている。剥奪ではなく本人からの放棄とするのは今後十年間の奉仕に対する国からの礼ということらしい。



「それで何が困るんですか?」

「トイ殿下はこの国にお嫁さんを迎えに来るの」


「いいことではありませんか」

「そのお嫁さんがルシールなのよね」


 は?


「あの子、うちのルシールを連れていこうとしているの」

「八歳のトイ殿下に結婚はまだ早いですよ」


「いいことじゃなかったの? 清々しいほどの手の平返しね」

「なにを言われようと構いません、ルシールは渡しません。そもそもルシールは既婚者です、既に俺の妻です。他国の高官の妻を略奪するなんて蛮行が許されるわけがないでしょう」


 結婚していて良かったあ。


「ルチアナも三回くらいお尻叩き付きで説教したらしいのよ。でもルシールにお嫁に来てほしいでしょとは殿下に言われたらぐうの音が出なかったらしくて」

「いや、そこは出しましょうよ」


 溜め息が尽きないが隣国の皇族の教育はなかなか厳しい。


「真実の愛を夢見る我侭王子に痛い目にあわされたのだもの。自分の息子は地に足がつくよう厳しく躾けたみたい、それでルシールに目をつけたんだから大したものよ」


 他国の皇族教育にまで影響を与えるうちの王族の迷惑加減に溜め息がさらに増える。


「トイ殿下は自分の目で見ないと納得しない方よ。逆を言えばルシールが幸せならスッパリ諦めるということ。だから絶対に、絶ーっ対にミスをするんじゃないわよ?」

「分かりました」


 そうは言ったものの厄介なことになった気がして堪らない。


 あれ、それなら第二皇子のラシャール殿下はなぜ来るんだ?


「そう言えばそうね、あの子には一応婚約者がいるしねえ」

「一応?」


 確か俺がルシールと結婚した頃に婚約したはずだ。よく考えれば皇族としては遅い婚約だな。


「いまの婚約者とは若気の至りで婚約したから結婚に乗り気じゃないのよ」


 若気の至りかあ……耳が痛いなあ。


「あの子が自棄を起こして婚約者となった令嬢と一夜を共にしちゃった原因がうちなのよ」

「まさかルシール?」


 その通りと母上は頷く……ルシール、モテるなあ。



 聞けばルシールはラシャール殿下の初恋の君で、彼女のフレデリック殿下との婚約が白紙になったと知って直ぐにカールトン侯爵家にルシールとの婚約を申し出たらしい。


 隣国の帝都からこの国の王都までは一カ月以上かかる。情報があちらにいくまで、そしてあちらから手紙が届くまでの約三カ月間に俺とルシールの婚約が成立したらしい。


「こういうのは早い者勝ちよ。あのときの旦那様は本当に頑張ったわ」


 頑張ったとは?


「旦那様はまず婚約の申し出に自分で侯爵邸に行ったのだけど侯爵様はお留守、それが五日続けば居留守だと分かるでしょう? 六日目からは侯爵邸の入口で張り込みをして、八日目に裏門で侯爵に会えて漸く申し込めたの」


 父上には感謝してもしきれないが、父上のストーキング行為については義父上に謝らなければいけない気がする。


「なにか文句があるのですか?」

「あるわけがありません。お二人の尽力により俺たちはとても幸せです!」


 とりあえず皇子たちを歓迎する場にはルシールに似た雰囲気のご令嬢を沢山集めよう。



 ***



「ルチアナ皇后陛下、ご無沙汰しております」

「ルシール、元気そうね。ここにいる間はいつものように『叔母様』と呼んで頂戴」


 ルシールがふわりと微笑むと皇后様は少し驚いた顔をなさったあと俺に顔を向けた。


「お父様によく似ていらっしゃるのね」


 母上似と言われることのほうが多いが?


「独占欲が強いと言っているのよ。これは私と息子たち、どちらに宛てたものかしら?」


 皇后様は扇子の先でルシールの銀色の髪を避け、昨夜つけた赤い痕を俺に見せる。白い肌に映える毒々しいほどの赤、我ながら綺麗についたと思う。


「ご想像にお任せいたします」

「流石セラフィーナの息子、食えない男だわ。でもルシールの夫ならばそうでなくてはね。ローク公子、大事な姪をよろしくお願いしますね」


 よし、第一にして最大の関門突破!


「それに瀕死の怪我を負いながらも膝をつき、政略で娶ったルシールに唯一にして最後の愛を誓った公子様の話は我が国うちの貴族女性たちの憧れなの。そこまで愛されている妻を拐ってきたら彼女たちに怒られてしまうわ」


 えっと……どこかの英雄と勘違いなさっていませんか?


 噂って怖いなあ。



「若旦那様、そろそろお時間です」


 セバスの声に頷く前にルシールの寂しそうな顔が目に入る……嬉しい。


 何しろこうして家にいるのは二日振り、そのときはルシールの寝顔を見て城にとんぼ返りだったからこうして起きて傍にいるのは五日ぶりだ。


「お忙しいようね」


 そうなのです、忙しいのですよ、そちらの要望のせいで。


 皇后様たちの到着に先駆ける形で二週間前に届いた手紙には第二皇子ラシャ―ル殿下の婚約者であるナディア嬢を同行することと、ぜひ未来の女性王族としてその婚約者とティファニーとを交流させたいとあった。


 要は外交の場にティファニーを出せというものだ。


 臨月を理由に外交の場に出さない案が有力視されたが、相手は既に出発しているので連絡はできない。結局最初だけは会わなければいけないことになった。ティファニーの教育が加速しティファニーの文句が三倍に愚痴が十倍になった。


 諸々の調整に俺は父上と一緒に連日城に缶詰め状態。


 フレデリック殿下は陛下から教育を任せられた父上に容赦なく鍛えられ、殿下のフォロー役として俺もかなりの量を学ばされた。これを年齢一桁からやっていたルシールの偉大さを痛感した。

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