謎の四角関係に巻き込まれた模様です(ルシール)
「……ローク様」
「すまない……」
謝罪は受け入れますが、説明にはなっておりません。
なぜこのようなことに?
私ルシールはただいま三組の若いカップルでお茶を飲んでいます。
それもこれも叔母さまが「若い方々の交流も大事よ」といってローク様と共に私を送り出したからです……お忙しいローク様とお会いできるのは嬉しいですけれど!
ローク様と私が主催したという形になっているので私たちが上座。
私たちを挟んで右辺にはフレデリック殿下とティファニー様、左辺にはラシャ―ル殿下と婚約者のナディア様。
ティファニー様と和気藹々とお話するのは気まずいと思っていたのですが杞憂でした。
「ローク様、由々しき事態にしか見えないのですが」
「奇遇だな、俺も由々しき事態にしか見えない」
そうですわよね。
何しろ両殿下の婚約者(ティファニー様は仮ですが)が違う殿下に秋波を送っていらっしゃるのです。つまりティファニー様はラシャ―ル殿下に、ナディア様はフレデリック殿下にです。
えええ?
しかもラシャ―ル殿下は予想以上の愛想の良さなのです。ちょっと「んん?」と感じてしまうほどの愛想の良さでティファニー様の相手をしていらっしゃるのです。
一方でフレデリック殿下は……肉食系令嬢は好みではないようで若干引いております。
個人的にはティファニー様もなかなかの肉食っぷりだと思うのですが今回は関係ないのでおいておきましょう。
どちらにせよ奇妙な関係図なのです。
「これは本で読んだ三角関係の進化版でしょうか」
「ぶふっ」
……ローク様が笑ってくださるならこの珍妙なお茶会も我慢できますわ。
「ソニック公子、公子夫人……聞きたいことがあります」
一足先に珍妙なお茶会会場から退出した私たちは思い詰めた表情のセーブル殿下に呼び止められました。王妃様に似た理知的な瞳が印象的です。
「どうなさいましたか?」
「……僕の教育係が変わりました。教わる内容も……ちょっと変わった気がします」
十年後、何ごともなければセーブル殿下が王太子になります。
教育係の変更も教育内容が変わったのもその準備なのでしょう。
「あと十年ある」と思うか「あと十年しかない」と思うかはセーブル殿下の素質に掛っています。
「僕は、父上のように国王になるのでしょうか」
「そうなると思います」
「ルシール!」
諫めるような声を出されたローク様に私は首を横に振ってみせます。
「ローク様。先ほどセーブル殿下は『聞きたいことがある』と仰りました。それは知る覚悟ができたと同義です。臣下ならばその覚悟を汲むべきだと思います」
子どもだと思って侮ってはいけません。
それに私たちは―――。
「甘やかして後悔しているではありませんか」
「……そうだな」
ローク様が顔を歪めると、何を感じたのかセーブル殿下が楽しそうに笑いました。
「フレデリック異母兄上の婚約者であったときのルシール夫人も綺麗だと思いましたが、いまのルシール夫人は見惚れてしまうほど美しいです。宰相閣下が嫁自慢をなさる気持ちも分かりました、ルシール夫人はよいお母さんになりそうです」
「殿下?」
「僕は決めたよ、頑張るね。相談にのってくれてありがとう」
殿下は一方的に会話を終えられると手を振って去っていきましたが……。
「ローク様、殿下は何を決めて、何を頑張られるのでしょう」
「さあ……聡明な方なのでそんなぶっ飛んだことではないと思うのだが」
***
帝国からきた皇族一家ご一行の帰国日が近づいてきた吉日、お城では両国の貿易条約が結ばれたことを祝う夜会が開かれます。
ルチアナ叔母様こと隣国の皇后陛下が滞在していらっしゃるソニック公爵家は朝からその準備で上から下への大騒ぎになっています。
「ルシール、とてもキレイだ」
そう言って目を細めたローク様に頬が熱くなります。
「感動と衝撃を伝える語彙が少なすぎて君の素晴らしさをどうやれば表現できるか困ってしまうな」
ローク様が差し出された腕に手を乗せてお礼を言うと、一緒に来て後ろにいたお義母様たちが「あらあら」と朗らかに笑います。
「ここには母たちもいるのだけど?」
「妻しか目に入らないなんてローク様はとても情熱的ね」
お二人の言葉に振り返ったローク様が「怖っ」と呟きます。
確かにお二人とも迫力満点です。
「ルチアナ皇后陛下、母上、お二人とも迫力満点の美しさです」
お義母様たちのドレスはどちらも黒、デザインは違うのでお義母様は闇夜を舞う面妖な蝶を思わせ、伯母様は大量の毒をはらむ黒百合を連想させます。そうです、美しくあるのですが禍々しさが凄いのです。
「ルシール姉様、本当におきれいです」
「ありがとうございます、トイ殿下」
「僕もルシール姉様をお嫁さん、間違えた、ルシール姉様のようなお嫁さんを欲しいなあ」
「まあ、光栄ですわ……ローク様、どうなさったのです?」
咳き込まれたローク様に首を傾げると、ローク様は顔を歪めました。気管を傷つけてしまったのでしょうか。
「トイ、いい加減になさい。昨日のお茶会を『最後』といってローク様のご厚意に甘えたのでしょうが。これ以上我侭を言うならこうですよ」
叔母様が素振りをすると空気が唸りました。
力強いです。
「わ、分かっていますよ! 何しろ昨日の茶会ではたーっぷり惚気を聞かされたのですから」
「ト、トイ殿下!?」
言わないってお約束では?
「ルシール姉様は公子様が大好きで、公子様の傍にいるときが何よりも幸福なんだそうですよ。良かったですね、公子様」
……恥ずかしいです。
「あの偏屈なラシャール兄上に『末永くよろしく』と言われる公子様に僕が勝てるわけないんですよ」
末永くよろしく……。
「トイ殿下、我が国の王子をよろしくお願いします」
「それを僕に言うんだね。任せて、ルシール姉様のお願いなら僕は頑張るよ」
夜会会場は叔母様を彷彿とされる雰囲気飾り付けられています。この夜会が終わったら叔母様たちは帰国しますが、両国の架け橋となっている叔母様の帰郷を祝うのも兼ねているのかもしれません。
今回は王妃様が主催なので安心して参加できます。
「何かあったのかな?」
安心したのがフラグになったのでしょうか。
それともローク様のその台詞がフラグなのでしょうか。
「宰相閣下、補佐官。ラシャ―ル殿下をお見かけしませんでしたか?」
「ラシャ―ル殿下なら先ほど皇后陛下と迎えに来て一緒に控室のほうに行ったが……何かあったのか?」
隣国の皇族の方々に何かあっては大変です。
「フレデリック殿下がいないのです」
「……それでなぜラシャ―ル殿下を探しているのだ?」
「フレデリック殿下は早めに準備が終わり、同じく早めに終わっていたラシャ―ル様とそのご婚約者様と一緒に中庭でお茶を飲んでいたはずなのです。しかし先ほど呼びに行くとお三方の姿が見えなくて」
王子二人とのお茶会、ご満悦なナディア様が容易に想像できます。
「皇后陛下が皇帝陛下に早くお会いしたいというのでな、我々も予定よりかなり早く来たのだ。そのため侍従の誰かがラシャ―ル様を早くお呼び立てしてしまったのだろう。しかし……」
そうですわよね、フレデリック殿下とナディア様はなぜいらっしゃらなかったのでしょう。
……嫌な予感がしますわ。
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