俺にとって夜会は鬼門に違いない(ローク)

「行ってくる」


 フレデリック殿下とディリンジャ―子爵令嬢が同時に行方不明……嫌な予感しかしないのに探しにいかなきゃいけないんだよな。



「フレデリック殿下が行方不明なのは聞いた。ソリア側妃様とサフィア男爵令嬢はどうした?」


 いっそのこと一緒に行方不明になっていてほしい、事件性があったほうがいい。


「側妃様と男爵令嬢はどちらがラシャール殿下にエスコートされるかで揉めていらっしゃいます」

「はあ?」


「ディリンジャ―子爵令嬢がいなくてはラシャ―ル殿下が一人で壇上に上がることになるからと」

「なぜ立候補するんだ?」


 男爵令嬢や側妃が国賓に「お願い」などあり得ない。百歩譲ってラシャ―ル殿下側から申し出たなら分かるが……。


「国王陛下はどうした?」

「シェール側妃様が急遽夜会に参加なさることになりまして、陛下は王妃陛下と第一側妃様のエスコートで手一杯でして」


 人間の腕は二本しかないものな。


「それなら男爵令嬢に引かせろ。彼女はまだ殿下の婚約者ではないから第二側妃様を優先して……」


 ざわっ


 会場が大きな騒めきに嫌な予感が一気に膨らむ。


「宰相補佐、あれを……」

「見たくない」

「お気持ちは分かりますが見てください」


 心の底から嫌々壇上を見て愕然とする。


 ラシャ―ル殿下が問題の二人をエスコートしている。


 これが殿下の厚意と信じたい、しかしなぜそんな騎士道精神を披露してくれた殿下を挟んでソリア側妃様たちが睨み合うのだ。


 隣で唸りながら頭を抱えてしゃがみ込んだ部下に倣いたい。


「きゃあっ」


 そんな現実逃避は甘えと言わんばかりに男爵令嬢が甘ったれた悲鳴を上げる。わざとらしいのに殿下は側妃様から手を放して両手で男爵令嬢を支える。


「大丈夫ですか、レディー?」

「は、はい。申しわけありません、緊張してしまって」


 男爵令嬢の両肩に手を置いて殿下が気遣えば男爵令嬢の頬が嬉しそうに赤くなる。


「殿下、フレデリックの婚約者に気遣いをありがとうございます」


 そう言って男爵令嬢の肩に置かれていた殿下の手を引っぺがして自分の両手で包み込む貴女は婚約者どころか既婚者では?


「ティフィ、怪我をしていたら大変だわ。そこの近衛、この子を医者に診せ……」

「ソリア様、大丈夫ですわ。今日はラシャ―ル様のための夜会ですもの。こうしてラシャール様の手をお借りできれば頑張れますわ」


 ラシャ―ル様のためではなく隣国の皇族の皆様のための夜会だ。


「そんな卑しい真似はおよしなさい」

「ソリア様こそみっともない真似はおやめになって」


 全方位どこから見ても非常識な立ち振る舞いに会場のあちこちでヒソヒソ声が……どういう技術か分からないが大きな囁き声とは凄いな。ルシールもこれができるのかな、見たいな……現実から逃げたい。


「あれが側妃様が自慢していたショウフ服?」

「カールトン侯爵に無駄遣いを怒られたのね。布地をあんなに少なくしてドレス代を節約したのだわ、さすがショウフ服」


 なるほど、勝負服ではなく娼婦服。

 「゛」があるとないとで大違いだな。


「見ればロマンス親衛隊の方々はみな布地が少な目ね。財政が苦しいのかしら」

「苦しいに決まっていますわ。高位貴族の令嬢でも必要な夜会を厳選して参加なさっているのに、どこにロマンスが落ちているか分からないとあちこちの夜会に節操なく参加なさるのよ」


 ロマンス親衛隊所属の妻と娘のドレス代が天井知らずだと嘆いていた子爵家の当主を思い出す。




「身の程をわきまえなさい、この方は隣国の第二皇子なのよ?」


 身嗜みを整えてください、二人とも肩紐が外れて華やかな下着が大きく露出しています。未婚の男爵令嬢と既婚のお妃様だとどちらの醜聞のほうが大きいのか。


「いまの時代のヒロインはソリア様ではなく私ですわ!」


 ヒロインとはぶっ飛んだ発言が出た!


「王子、宰相と騎士団長の息子しか攻略できなかったソリア様と違って預言の書に書かれた全員を攻略したから秘匿されていた『隣国のおうじ様』が登場したんですよ」


 預言の書に攻略……父上も側妃様に攻略されたのか。


 思わず父上を見ると思いきり目を逸らされた。

 そうですか。



「宰相補佐、殿下が見つかりました」

「聞かなきゃダメか?」


 聞き間違いかなという顔をする近衛騎士に詫びて報告を続けさせる。


「フレデリック殿下はロゼッタに、国賓の子爵令嬢と共にいらっしゃいました」

「仲良くお茶を飲んでいたとかではないよなあ」


 ロゼッタはバラが咲き誇る庭園にある別棟でちょっとした休憩所として利用できるようになっている。休憩とは、まあ、城は若い貴族の出会いの場であるからそういう為の建物だったりする。


「公子様、もしかして私の婚約者が見つかったのですか?」


 舞台俳優ばりに通る声でラシャ―ル殿下に騎士が駆け寄り報告する、いや、何で報告した!?


「ロゼッタ? ロゼッタとは何でしょうか? ロゼッタ、ロゼッタ、わが国と貴国は共通公用語を使っていると思いましたが、文化が違えばいろいろと……ロゼッタ、ロゼッタ」


 わざとらしく連呼するな、分かっているでしょう!?


「それでそのロゼッタとはどこに?」

「あちらに」


 こら、そこの騎士!

 案内するな!


「ラシャ―ル殿下! お待ちを!」


 足速っ!

 騎士について駆けだしたラシャールを追うが追いつけない。


 忙しさにかまけて運動不足だったか?

 いや、先頭を走る騎士は別にして毎日厳しい訓練をしているはずの騎士たちも追いつけないのだからラシャール殿下の足が速いのだろう。


 こうしてロゼッタに行くと薬で朦朧としているフレデリック殿下にディリンジャ―子爵令嬢が文字通り襲い掛かっている状態だった。我が国として逃げ道があることにホッとしたのは内緒である。


 ディリンジャ―子爵令嬢はその場で拘束され、未遂だったことと隣国の皇帝陛下が自分たちの随行者だからと詫びたことでこの件は手打ちになった。


「ラシャ―ル殿下、少しよろしいでしょうか」


 騎士から短いが聴取を受けたラシャ―ル殿下を誘って庭の四阿に行く。少し肌寒いがおかげで周りに人がいない。


「子爵令嬢はなぜあのようなことをしたのです?」

「フレデリック殿下が超好みだったそうです。全員攻略してやっと出てきた隣国のおうじ様が彼女の真実の愛だそうです」


「流行してますね、真実の愛」

「本当ですね」


 笑ってみせるとラシャ―ル殿下も笑みを返す……実に余裕のある笑顔。自分もあのくらいの笑顔をできてればいいのだが。



 ***


 パシンッと王妃様の手の中で扇子がいい音を立てる。


「色々あり過ぎてどこから手を付けたらいいか分かりませんね、陛下」

「そうですね」


 パシンッ


「フレデリック殿下は被害者な上に未遂でしたし、既に手打ちとなっているのでこれ以上申し上げることはありませんわ」

「ありがとう」


 パシンッ


「でもこの二人はそうはいきません。いいかげんお分かりですよね?」

「はい!」


 国王陛下の返事が先ほどから元気がよすぎる。

 絶対服従するその姿には威厳が微塵もない。


 セーブル殿下を見て薄々感じていたが、王妃様は教育と躾がとてもお上手らしい。


「それではどうぞ」


 王妃様が一歩下がると国王陛下が前に出る形になる。国王陛下は背後の王妃様に縋るような目を向けたが、王妃様は扇子を広げることで「あなたの仕事」と国王陛下を突き放した。


「ソリア、お前は北にある王家管理の北の修道院に送る」

「何を仰るのです! 陛下、愛する私にそんな仕打ちをなぜなさるのです」


 王家が管理している修道院は全国各地にあるが極寒の地にある北の修道院は気候も戒律も厳しい修道院。住み込みの修道女は一人だけで、彼女は十何年前に何かしらの罪を犯してその地に贈られた高位貴族の女性だと聞いている。


「ソリアよ、そなたが部屋に男たちを招き入れていることを私が知らないとでも思ったか?」


 国王陛下の静かな声にソリア側妃様は息をのむ。俺でも知っている妃の蛮行を知らないはずはなかったが見て見ぬ振りをしていただけだったか。


「この決定は一度は愛したそなたに与えられる私の最後の温情だ。サフィア男爵令嬢」


 男爵令嬢に向ける陛下の目は冷たい。


「そなたはこのまま城に滞在して子を無事に産んでもらおう」

「あ、ありがとうございます」

「礼にはおよばぬ、子どもから親を奪う詫びでもあるからな」


 強硬派の中には母体の中にいるうちに死なせる案もあったが国王陛下はそこまで非常になれない人だし、セーブル殿下はその赤子が争いの原因になったときに処罰を与える様にと進言した。次は自分で選んだ罪なのだからだそうだ、器の大きな方だ。


「城では好きに過ごしてくれ。買い物も遊びも目を瞑ろう。周囲は色々言うかもしれないがそれは私が責任をもって抑える。息子のせいで命を失うそなたへの温情だ」


 子を産んだら、ティファニーは毒杯を仰ぐことになる。

 権力を持ちたいと思ってしまったゆえに、我が子に王冠を抱かせようなどと欲を持つ可能性があるからだ。


「近衛兵、男爵令嬢を部屋に。丁重にな」

「え、ちょっと待って! いやよ、いやあああ!!」


 引きずりだされる男爵令嬢から目を逸らしかけたが、全身に力を入れて最後まで見ることを自分に科す。


「ローク様」


 そっと名を呼んでくれたルシールが隣に並ぶ。妻が隣にいるのに他の女性を見るなど不義理極まりないのに、俺の手はルシールの手を探し出して握りしめてしまう。


「嫌よ……誰か助けて! 誰か……これじゃ私が悪役令嬢じゃない!」


 男爵令嬢がルシールを睨む。


「私は悪役令嬢じゃない!! 悪役令嬢はあなた、私はヒロイン、この物語のヒロインは私なのよ!!」

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