真実の愛に振り回されるのはもう御免(ローク)
「とても美味しい蒸留酒ですね、伯父上」
「殿下の口に合ってよかったです」
ラシャ―ル殿下に伯父上と呼ばれた義父上は満足気に微笑むと殿下のグラスに蒸留酒を追加する。まだ日も高いというのによく飲むな、この二人。
「息子は下戸なので、こうして飲めるのは嬉しいですな」
「それでしたら、僕を『むすこ』と呼びませんか?」
「はははははは、面白いですな」
「義父上、そこは否定してくださいよ」
釘を刺しておかないといけない。
記憶にも記録にもカールトン侯爵に娘はルシールしかいない。
「ソニック公子、婚約が白紙になった私にもう少し優しくしてくださいよ」
あそこまでのっぴきならない展開にして婚約を白紙にせざるを得ない状態にしたのによく言う。
「ご家族と一緒に一緒に帝国に帰らなくてよろしいのですか?」
「帝国に帰ったら騒ぎに巻き込まれるではありませんか」
騒ぎを起こしたのだから責任を持って巻き込まれるべきだと思う。
それなのにラシャ―ル殿下は特使の座を得てうちの国にしばらく残ることになり、縁者ということでカールトン侯爵邸に滞在している。
「いつ帰るのです?」
「伯父上まで冷たいですねえ」
「人の噂も七十五日と言いますからね」
「あのレベルの騒ぎを起こされるとねえ……この国からお嫁さんを連れて帰ろうかな」
ラシャ―ル殿下よ、貴方もか。
「一年くらいは滞在させてくださいよ。この国の平均的な婚約期間は半年、離縁後に女性の再婚を禁止する期間も半年ですから一年間で丁度いいでしょうし」
何が「丁度いい」だ。
「冗談はさておき、真実の愛とは何でしょうなあ」
義父上の表情は穏やかなままだが、その声は硬く怒りが籠っている。
そうか、この国を蝕んだ二代にわたる王太子たちの【真実の愛】に義父上も振り回された一人なのか。そして大切な妹君は遠い隣国に嫁ぎ、娘は寄りにもよって婚約破棄した原因の娘に惚れ込んだ男に嫁いだのだ。
今でこそ妹は隣国で無双しているし、娘も公爵家の皆に溺愛されているがそれは結果論でしかない。能力のある彼女たちだから成せたことであり、悲惨な結末になる可能性のほうが遥かに高かった。
「ソニック公子、失礼を承知で問いますが貴方は男爵令嬢を真実の愛と思わなかったのですか?」
そう言われてふと気づいた。俺は男爵令嬢を永遠に守っていきたいとは思ったが、真実の愛の相手とは思ったことはない。
なぜだろう……もしかして
―――この物語のヒロインは私なのよ!!
最後に聞いた男爵令嬢の声が頭の中で響く。
この世界は創生の竜も含めて何者かに作られた世界なのかもしれない……そんなわけはないか。
例えば預言の書の作者とか……頭の中で創生の竜に夢を話して聞かせた少女がにいっと笑った気がして、俺は急いで頭を振った。
「真実の愛など子どもしか信じない戯言だ。大人になれば嫌でも理解する。可愛く美しいだけの愛などあり得ない、人生より遥かに厳しい高さの山と深い谷を越えて越えて越え続けるものだ」
義父上の恋愛観が凄い。
そして思ったよりも脳筋寄りだった。
「公子様は? 公子様にとって愛とは?」
愛とは……。
「彼女を手に入れるまでは天に昇る気持ちと闇の深淵を覗き込む恐怖を繰り返している感じですね」
「手に入れれば?」
「己の番を守るためなら牙を深く突き立てる獣の気持ちを深く理解しましたよ」
よく言ったとばかりに俺のグラスに酒が注がれる……だからまだ昼間なのですよ。
まあいいか、俺の答えは義父上の及第点を取れたらしいし。
「娘は父親に似た男に惚れるというのは本当なのですね。私は顔は伯父上似だと思うのですが」
「ルシールは顔で惚れるような浅はかな娘ではありませんぞ。殿下もお気をつけなされ、獣が守る花園にうっかりでも足を踏み入れれば咬み殺されて文句を言えませんよ」
ラシャ―ル殿下は両手をあげて『降参』してみせる。
「ルシールに『お疲れ様♡』と言ってもらえたので、それで満足することにします」
「そうして欲しいものです。しかし、私の妻は『お疲れ様です』と言っただけで♡などついておりません。勝手に声音を装飾しないでください」
「細かい男だな」
「細かくないと、あなたみたいな優秀な方に全ての利権を持っていかれてしまいますからね」
王妃様が問題なくなるまで国王陛下に働かせると仰っていたが、どちらにしても他国に比べて圧倒的に為政者に経験が足りない点はこの国の弱点になる。十年たってもセーブル王太子は成人したての子ども、十五年たっても今の俺と同じ見習いだ。
今後の苦労を想像するだけでげんなりしてしまう。
同じことを考えたのだろう、げんなりした表情の父上は俺の隣で「引退しようかな」とぼやく。
そんな父上の肩を義父上が笑いながら叩く。
「ははは、宰相閣下は大変ですな。私はルシールが子を産んだら家督を息子に継がせるつもりでいますよ」
「ほう」
「ほう」じゃない、「ほう」じゃ。
「一緒に暮らしてはいないのでどうしても孫との触れ合いは減ってしまいますからな」
「私もそのタイミングで家督を息子に継いでもらい隠居しようと考えていましたよ」
嘘つけ、いま考えただろう!
本当だったら問題だぞ。
家督を継がされる息子とその嫁に相談なしなんて。
「カールトン侯爵、せっかくなのですから孫を連れてお互いの領地に行き来しませんか?」
「おお、いいですなあ」
笑い合う父親たちのに待ったをかける。
我が子を連れて長期留守はやめて欲しい。
ルシール似の女の子なら絶対にダメだ、いや男の子でも拒否する!
「ルシール夫人に似た娘か」
「ラシャール殿下、一体なにを?」
ぽんっとラシャ―ル殿下が手を打つ。
「私は婚活に力をいれることいする。公子、今度合コンとやらのセッティングをしてくれ」
「俺は既婚者なのでそういうのは独身の者にお願いしてください」
「いや、合コンで出会う女性にそこまでの期待はしてはいけないな」
「いや、それはかなり女性に失礼」
ラシャ―ル殿下は俺の話を聞かずに話を続ける。
「母上の義娘となるのだぞ、相応の胆力が必要だろう」
それは確かに。
「それに子どもへの教育と躾もしっかりした者でないと。ルシール夫人の娘を貰い受けるのだ、ソニック公爵家とカールトン侯爵家のお眼鏡にかなう息子に育て上げなくては」
俺の娘(仮)を嫁にもらう計画はやめて欲しい。
「「ははは、第二皇子殿下」」
俺の娘(仮)の祖父たち二人の声がユニゾンした。
「「うちの孫娘は王族の婚約者にだけは絶対にしませんよ。真実の愛とやらで婚約破棄されては堪りませんからな」」
この騒ぎから約一年後にルシールの妊娠が分かり、その報告に両家と隣国の皇家が喜んだのは言うまでもないが……これはまた別の話で。
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