読書を趣味にしたら図書室ができました
「若奥様、ご注文していた本が届きました」
「ありがとう、いつものところに置いておいて」
本から目を離さずそう指示したものの、いつまでたっても本を置く気配のない侍女に視線を向ければ彼女は置き場に困っていた。
「随分と増えてしまったわね」
「最近お忙しかったからですね」
確かに、読書を楽しむのは久し振り。
お兄様の結婚式の準備のお手伝いもしていたからね。
「お義母様は?」
「奥様はお茶会に行かれました、嫁自慢をしてくるそうです」
「新しい紅茶をお入れしましょうか」
「お願いするわ」
再び本に視線を戻す。
好きなことを過ごす。
それを考えるようになったのはローク様と結婚し、お礼状の手配などが終わった頃からだったかしら。
物心ついたときから殿下の妃になるための教育ばかりだったから「自由時間」に戸惑った。
でも何かしていないと落ち着かなくて、思い浮かんだのは読書をするローク様の姿だった。
ローク様はよく読書をなさっていて、楽しそうに口角を緩めて本を読むその姿は普段の怜悧な美貌が崩れて一気に親しみが増みます。
どんな本を読んでいるのか背表紙を見たら冒険譚。
私にとって読書といえば周辺各国の歴史や経済、伝統工芸品の成り立ちなど外交関連の書籍が多かったので冒険譚に馴染みはありませんでした。
――― 興味があるなら読むか?
視線が五月蠅かったのでしょう。
頷くともうすぐ読み終わるから待ってほしいと言われ、その言葉通り三日くらいあとに本を貸してくださいました。
いままで情操教育のために読んだ本とは違いました。
ドキドキやワクワクが止まらない冒険譚のテンポのよさに誘われて、うっかり徹夜して読破してしまったのは良い思い出です。
――― 徹夜するほど面白かったなら、これも読んでみるか?
今度は徹夜しないようにと、ローク様は珍しく声を上げて笑いながら次の本を貸してくださいました。
ローク様が声を出して笑うのは珍しく、笑い声に誘われてきたお義母様に事情を聴かれて答えると「私はこの本が好きなの」と言ってお義母様も本を貸してくださいました。
次から次へと本を貸したら私が疲れてしまうとローク様は心配してくださいましたがご心配には及びません。
王妃教育のおかげで常に時間に追われていた私の読書スピードは速く、あっという間に読み終えていく私に使用人たちもどんどんお薦めの本を貸してくれるようになりました。
結果、私の部屋にはたくさんのお薦めの本。
続きがあるものはどんどん次が注文されて届きます。
そろそろ真剣に置き場を考えなくては……。
***
「どうかしら?」
本の置き場に困ってお義母様に相談すると書斎が改装されることになりました。
正確には、改装されたのは書斎の隣の部屋です。
「やっぱり少し狭いかしら」
「え?」
「数日書斎が使えなくなるけれど壁を壊して書斎と繋げてしまいましょう。お兄様の結婚式の辺りに工事をすればいいわよね」
想像以上の大改装になりそうです。
それにしても気になったことがあります。
なぜこの部屋にベッドがあるのでしょうか。
「ロークとケンカしたときに使うといいわ。喧嘩しているのに同じ寝室では寝た気がしないし、この部屋は鍵がかかるから籠城もできるわ」
「部屋も鍵はかかりますわ?」
「あれは内扉で夫婦の寝室と繋がっちゃっているし、昔の当主の意向であの内扉は鍵がかからないじゃない。ついでにあの扉も鍵がかけられる扉に変える?」
「いえ、あの扉はいまのままでお願いします」
鍵付きの扉を使用している夫婦の場合、「内扉の鍵を開けておく」とは閨の誘いになります。
とても恥ずかしいです。
「ロークはそんなに押しが強いほうじゃないと思うから大丈夫だと思うけれど、嫌なときはきっぱりと徹底的に拒絶していいのよ?」
私の想像以上にローク様は閨事に前向きではあるものの、落ち着いた物腰に違わずローク様は私の気分や体調を慮ってくださいます。
「大丈夫です、そんな方ではありませんから」
「それならよかったわ」
嫁ぎ先でお姑様と仲良くできずに困るという話もよく聞きますが、こうしてお義母様やお義父様に良くして頂いている私は幸せですわ。
最近は実家に帰ることが増えて、親族の女性の世間話に付き合わされております。
世間話といっても七割は嫁ぎ先の愚痴で、愚痴の九割九分九厘がお姑様に「言いたいけれど言えないこと」です。
年長者の愚痴を聞くのは若者の義務とはいえ、また三日後に聞くことになると思うと気が重くなります。
「ルシールはいまどんな本を読んでいるのだ?」
お義父様の問い掛けに、ふとローク様と最近お会いできていないことを思い出しました。
もう少しすれば仕事が忙しくなくなると聞いていましたが何かあったのでしょうか、今日はお義父様はお休みなのに補佐役のローク様は出仕していらっしゃいます。
宰相補佐の仕事ではないのかしら?
不意にティファニー様の姿が浮び、急いで打ち消したものの……何で私はこんな反応を?
「ルシール?」
!
「恋物語が多いです。最近読んだのでは、夫に邪険にされて使用人にもバカにされる妻が一念発起して復讐する話ですわ」
あり得ない話ですが、これを薦めてくれた侍女によると物語はどんな妄想でもありだそうです。
「えっと……その前に読んでいたのは?」
「結婚した夫が愛人を家に招き入れ、同居を嫌がった妻を屋根裏で生活させた話ですわね」
「その話でも、妻が一念発起して復讐するのかな?」
「はい、この屋根裏に追いやられた妻の復讐劇は痛快でした。似た話で妻が別棟に追いやられた話もありましたが復讐の仕方が少々ぬるいというか」
お義父様が「そういえば」と咳ばらいをなさいました。
「領地にいる母が来月こちらに遊びにきたいと言っているのだが構わないかな」
「もちろんです」
ソニック公爵家は主家一強なので親戚付き合いも実家に比べたら穏やか。
殿下の婚約者としての丁々発止のやり取りに比べれば春の草原を散歩しているようなソニック家の親戚付き合いです、命もとられませんしね。
王家は家族ですら命の取り合い、身内の茶会は始まりから終わりまでギスギスとしていた。
王妃陛下とフレデリック殿下のご生母ソリア側妃様はとても仲が悪く、自作自演を含めてシーズンに一回くらいの側妃様は毒を盛られたと騒いでいらっしゃいます。
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