社交シーズンが始まりました(セシリア)
社交シーズン「メリメント・ゲラ」は王家主催の夜会から始まる。今回はなぜか側妃様の初主催でお義母様たちは絶対に何かあると警戒している。
「やはり止めたほうが良かったんじゃないか?」
「もう来てしまったのですから覚悟を決めてくださいませ」
及び腰のお義父様をお義母様が励ます。後ろではお母様とお父様が似たようなやり取りをしていた。
「大丈夫か?」
「安定期に入ったので大丈夫です」
今日の夜会にはルシール様やお友だちがほとんど参加する。ルシール様に結婚式に出られなかったことをお詫びしたいし、併せて妊娠の報告もできたらと思う。
旦那様と一緒に挨拶周りをしているとソニック公爵家が入場するのが見えて、そろそろだと旦那様と共にお義父様やお父様たちの居るところに戻った。タイミングよくファンファーレが鳴り、王族の皆様が次々とご入場するのを見ているとなぜかフレデリック殿下にエスコートされてティファニー嬢が入場した。
「国王陛下、ご説明を」
宰相閣下の冷たい声に会場が水を打ったように鎮まったが、「伝統ある王家の夜会なのだから大目に見て頂戴」と空気の読めないソリア側妃様の発言に閣下は追及を諦めた。それに気をよくしたのかなぜか側妃様がそのまま公子様に話し始める。
「ソニック公子、いつも私のフレデリックとティフィのためにありがとう」
ソリア側妃様が感情で動く人だとは知っていたが、宰相である公爵も社交界を支える一人である公爵夫人も飛ばして公子様に労いの言葉をかけるのは代替わりを提案している形になるというのに。
「温かいお言葉、ありがとうございます」
そういうと公子様と側妃様のやり取りが続く。側妃様があちこちに置く言葉の地雷を公子様は回収して何ごともなかったようにふるまう。卒業パーティーでの醜聞がいまもまだ噂になっているが、このような姿を見るとやはり優秀な方だと思う。
「ルシールがねえ」
気づくとソリア側妃様の矛先がルシール様に代わっていた。ルシール様のお父君・カールトン侯爵の妹君が陛下が婚約破棄なさった婚約者で、婚約破棄の原因になったソリア側妃様とその叔母君の確執がそのままルシール様に移行しているらしい。
「側妃様、うちの家族に過分なお言葉をありがとうございます。ご存知の通り我が家も・愚息の婚約が白紙になって以来色々大変でして、ほら、まずは次の婚約者を探さなくてはなりませんもの。うちも・婚約者探しに難航すると覚悟していましたが運よくルシールがフリーになりまして。とても良い教育を受けたお嬢さんだから瞬く間に優秀な嫁、私も夫もまだまだまだまだ十分元気ですが最近は優秀な次代に任せて第二の人生を満喫してもよいと思っていますの」
わあお。
見ればお義母様とお母様、その他多くのご夫人方が音を出さないよう注意しながら拍手をしていらっしゃいます。
「それなら良かったわ。フレデリックの心変わりでルシールには苦労させてしまったと思っていたの」
ソリア側妃様の皮肉耐性も凄いわあ……あ、お義母様の扇子が折れた。
「ごめんなさい、ルシール様」
久しぶりに聞くティファニー嬢の声に体が強張り、旦那様の腕にかけている手から冷たくなるような感覚を覚える。「こっちも劇場型かあ」とお義母様たちの呟く声がなかったら体の力が抜けていたかもしれない。
「ティフィ、しっかりなさい」
「申し訳ありません。元はと言えば殿下に恋してしまった私が悪いのですけれど……でもあんな酷いことをされるなんて」
酷いこと?
「ルシール様と会っても大丈夫だと思っていたのですが……やっぱり怖くて。虐められていたときは、殺されるんじゃないかと思ったこともあって」
虐め?
誰が、誰を?
「公子様の寵愛は自分にあるなんてすっとボケたことを言いにルシール様の花嫁控室に喧嘩を売りにいったことを忘れているのかしら」
「仕方ありませんわ、鳥頭のようですもの」
ティファニー嬢の上に盛ったヘアスタイルが鶏冠の様に見えるということよね。お母様の呟きに周りの方々が失笑します……旦那様も?
「あなたは心優しい子だから、あんな反省の様子もない太々しい子を怖がるのも仕方がないわ」
「ソリア様、私のことを聖女だなんて恐縮ですわ」
聖女の「せ」の字も出ていないのに……あまりの曲解に側妃様もドン引きしていらっしゃるわ。
「彼女はこういう
「旦那様?」
「いや……なんでもない」
?
「ルシール様」
ルシール様に挨拶する貴族の波が途切れたところで声をかけるとルシール様は直ぐに気づいてくださった。
「ご無沙汰しております」
顔を上げるとルシール様の『おめでとうでいいのかしら?』という顔と向き合う。私が目線で頷くとルシール様は微笑む……前からお綺麗な方だったけれど今のルシール様には思わず見惚れてしまいそうだ。
「お時間が大丈夫でしたら、あちらのイスに座ってお話ししませんか?」
「喜んで」
色々あったものの夜会はまだ序盤、のんびり話ができると思うと心が躍る。
「ルシール様、結婚式に出席できず申しわけありませんでした」
「お気になさらず、いまはご自分のお体を第一に考えてくださいませ」
そういうとルシール様が嬉しそうに手を叩く。
「トリッシュ伯からは素敵な食器セットをいただきましたの。トリッシュ領は磁器の産地として有名ですものね」
ハーグ伯爵家ではなく実家のトリッシュ伯爵家を話題にするということはルシール様も私と旦那様の婚約について色々お聞きなのだろう。
「気に入っていただけたなら幸いです。あの陶工は父のお気に入りなのです」
「まあ、あの食器をトリッシュ伯が?」
ルシール様が驚くのも仕方がない。娘の私でも大柄なお父様があの繊細な食器で食事やお茶を飲んでいるのを見ると似合わないと感じるのだから。
「物心ついたときから父のあの姿を見ている私でもまだ見慣れないのです」
お父様がティーカップをもって紅茶を飲む姿を思い出して口元が緩むと、周りにいた友人たちが集まってきてくれた。本当に、色々気を使わせてしまっている。
この三人はティファニー嬢によって婚約が白紙。うち二人は別の方と婚約したが、もう一人は次の婚約に踏み切れないと手紙にあった。
今日の夜会はこういう人たちがゴロゴロいて、あちこちでティファニー嬢の非常識を熱く語っている。もちろん私たちもだ。
「先ほどは観劇をしている気分になりましたわ」
「公爵夫人とルシール様の上品で楚々としたお姿が素晴らしいからか、相手方との対比が際立つ素晴らしい演出でございましたわ」
側妃様とティファニー嬢は下品で目も当てられない。
「それにしても『お姫様になりたい』とは……いまどき三歳児でも見ない夢でございますのに」
「あら三歳児ならばお相手は第三王子殿下ですわ」
「それなら夢を見てしまいますね」
フレデリック殿下との婚約など悪夢……あの姑とあの愛人がくっついてくる思うと当然だろう。
その後は彼らが出した本『悪役令嬢ルシア』の話へと移行したが、くだらない話を未来ある子どもに聞かせるのはよくないとルシール様が手打ちにした。全員の目が唯一の妊婦である私に向いたとき―――。
きゃああっ
!
「何かあったのかしら」
「誰かのドレスにワインがうっかりかかったとか?」
遠くの騒めきは聞き取りづらいが「ソニック公子」と「怪我」という単語が聞こえたのでルシール様に声をかけると、ルシール様は不安気にしつつもしっかり頷く。
「皆様、私は席を外しますわ」
ルシール様の背中を見送って、私たちは全員で顔を見合わせて頷く。一番近い二人が手を貸してくれて私も立ち上がり、ルシール様の後を追う。後ろから護衛の騎士が「若奥様」と呼ぶ声がしたが、聞こえないふりをすることにした。
先のほうからルシール様が公子様を呼ぶ驚く声がしたが人が集まっていて進みにくい。漸く前に出られて見た目の前の光景に思わず息を飲んだが、学院で受けた授業が正しい行動を教えてくれる。
ルシール様に状況を確認すると城の医者は手一杯でこちらには来られないらしい。
「ソニック公子様に応急処置を。そこの方、机の上にある未使用のナプキンを出来るだけ持ってきて頂戴」
怪我の処置をした騎士に受け答えする公子様に異常は見られない。頭の怪我なので油断はできないけれどとりあえず出来るだけのことはやった。ルシール様も同じように感じたのか公子様に何かあったのかと問い質す。
公子様ははぐらかすつもりだった様だが、やってきた宰相様が公子様に代わってティファニー様の暴力だとお答えになった。息子の意に反した理由は「義娘に嫌われたくない」だった。
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