ただ無性に君に会いたい(カイル)

 目的地に着くとルシール夫人の独断場だった。


 とりあえずロークと入口付近で待機することにしたのだが、隣にいるロークの顔がどんどん緩んでいく……惚れ込んでいる嫁が前の婚約者に「未練の欠片もない」と宣言しているのを聞けば当然か。



「しかし殿下はルシール夫人に愛されていると思っていたのか」


 殿下と一緒に行動することが多かったのでそれなりに殿下とルシール夫人が一緒にいる姿も見かけたが、ルシール夫人の声や態度に殿下への愛情を感じたことなどなかった。どちらかと言えばデカデカと「義務感です」と書かれていたような……。


「殿下は見栄えがいいし、幼い頃から女性に好意を寄せられるのに慣れ切っていたから」


 なるほど、と感心している間にいま話題のルシア会の話になっていた。


「正会員三十四名……セシリアも入っているんだろうか」

「入っていないほうがショックじゃないか?」

「確かに」


 知りたいが、知るのも怖い。そんな下らないことで悩んでいたとき……。


 ―――フレディ。


「「っ!」」


 ティファニーの声が聞こえて、俺たちは同時に頭を押さえる。思いきり頭を殴られたような感覚、視界がぐらぐらする。


「カイル」


 衝撃には耐性があるはずなのに……なぜロークのほうが立ち直りが早い?

 ロークを探ると頭に巻いた包帯が目に入る、なるほど。


「……ああ、分かっている」


 俺は短剣を取り出して利き腕じゃないほうの腕を切る。ロークが慌てた様子で声を上げる。


「正気を保つためだ、大したケガじゃない」

「馬鹿野郎、これだけ血が出れば大したケガだ。これだから脳筋は!」


 誰が脳筋だ……しかし、ここまでやっても頭の揺れは治まらない。吐き気もしてくる。



「竜の呪いは厄介だな」

「同じく……俺たちでこうなんだから、殿下は……」


 ロークが心配そうな声を出したとき……。


 ――― 父上に頼んでソニック公子との結婚を白紙にしよう。


 はあ?


「殿下は何を言っているんだ? 結婚の白紙って……そんなことを言ったら」


 ――― ルシール、ロークと離縁を命じる。


「これはもう……ダメだろう」


 ロークの残念そうな声がする。俺は学院に入ってからだが、ロークは殿下と幼いときから付き合いがあると聞いている。それなりの情があったのだろう。


 しかし、やってしまった以上はなかったことにはできない。


 ……俺と同じだ。


 これが竜の呪いによるものだと思えば同情もする。この厄介さを俺もこの身で体験した。


 でも駄目だ。

 全てが竜のせいではない。


 火傷するように熱い腕の傷、こうやって誘惑に負けないこともできることを知ればなおさら。


 こうして抗う手段がある以上、自分の責任を免れることはできない。


「そんなことは俺が許しませんよ、殿下。ルシールの夫は俺です、誰にも渡す気はありません」


 こうして堂々と宣言できるロークが羨ましい。




「恋した女性を妻にできても、妻になった女性に恋しても結果は同じですからね。妻が好き、ただそれだけです」


 傷と頭の痛みでぼうっとしていた頭にロークの言葉が飛び込んできた。


 妻が好き。

 ただそれだけ。


 なるほど……。


 俺は近くにいた近衛騎士にティファニーを部屋に連れていくように指示をすると、ロークに合図を送ってその場を後にした。


 いま無性にセシリアという女性に会いたい。

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