恋敵の顔を初めてちゃんと見た気がします

「ソニック公子、いつも私のフレデリックとティフィのためにありがとう」


 ソリア側妃様の第一声はローク様への労いです。宰相であるお義父様でも、社交界を支える柱の一つであるお義母様でもありません。


 ソリア側妃様は感情で動いてしまう方です。



「温かいお言葉、ありがとうございます」


 ソリア側妃様の言葉をローク様は否定なさらない。ローク様が殿下とティファニー様の我侭の尻拭いに奔走させられていることは知っているので礼くらい受け取っておこうと思っていらっしゃるのでしょう。気持ちわかります、私も大変でした。


「いつも夜遅くまで城にいると聞いているわ」


 あなたがそれを言いますか?


 会場にはローク様とご一緒にお二人の尻ぬぐいに苦労している方とそのご家族がいらっしゃいます。おそらく全員の気持ちがいま一つになったでしょう。



「新婚夫婦の生活の邪魔をしていなければいいのだけれど」


 邪魔をしているといえば改善していただけるのですか?


「公爵家の仕事もあるでしょうに、ごめんなさいね」


 公爵家の仕事、それは当主であるお義父様の仕事を指します。

 これは暗に代替わりを薦めているようなものです。


 ……ああ、お義母様の扇子がミシミシいっています。



「側妃様。私は城でも家でも父の手伝いしかできない若輩者ですが、城では先輩方に色々教わり、家では妻と共に頑張っております。苦労は皆で共有しておりますので、側妃様のご温情は皆で分けさせていただきます」


「ルシールと共にですって?」

「はい、私の妻はとても頼りになります」


 そう言うとローク様は私を少し引き寄せて穏やかに微笑まれました。素敵……ではなく、えっと、ありがとうございます。



「ルシールがねえ」


 なんでこんなにソリア側妃様に敵視されているのでしょう。

 悪役令嬢扱いされるのもいい加減にしてほしいですわ。


 本の中のルシアのようにティファニー様の教科書を破いたり、池に突き落としたり、取り囲んだりして嫌味をいう時間なんて一切ありませんでしたわ。あなたのフレデリック殿下の尻ぬぐいで毎日馬車馬より働いていましたもの。


 ティファニー様が妊娠なさったであろう頃に殿下はお友だちと旅行に行っていますが、あの時間を捻出するために一日三時間睡眠でした。疲れた顔をしてふらふらしている私に美容にもっと気を遣えと側妃様が仰られたときは不敬と承知でその自慢のお顔を引っ叩いてやろうかと思いましたわ。


 本当に、なんで―――。


「側妃様、私は……」


 ローク様が私の手をぎゅっと握るから思わず言葉が切れてしまいました。

 抗議を込めてローク様を見ると苦笑しながら隣を見る様に合図を送ってきて……うわあ。


「側妃様、うちの家族に過分なお言葉をありがとうございます。ご存知の通り我が家愚息の婚約が白紙になって以来色々大変でして、ほら、まずは次の婚約者を探さなくてはなりませんもの。うち婚約者探しに難航すると覚悟していましたが運よくルシールがフリーになりまして。とても良い教育を受けたお嬢さんだから瞬く間に優秀な嫁、私も夫もまだまだまだまだ十分元気ですが最近は優秀な次代に任せて第二の人生を満喫してもよいと思っていますの」


 ホホホと優雅に笑いながらお義母様が扇子を開きました。骨は無事のようです、丈夫な扇子ですね。



「それなら良かったわ。フレデリックの心変わりでルシールには苦労させてしまったと思っていたの」


 ソリア側妃様の皮肉耐性も凄い。

 先ほどのお義母様の怒涛の皮肉も一瞬顔を歪められただけで、いつも通り明るい声で話しています。


 ああ、お義母様が扇子を握る手に力を……あ、折れてしまいましたわ。



「ルシール、幸せなようで何よりだわ」

「ありがとうございます」


 射殺しそうな目をしてそんなことを言われても困りますが、感情を隠せないところは嫌いではありません。裏を読む必要がないのでとても楽です。


「お姫様はなれなかったけれど」


 はい?


「知っているのよ。あなたはお姫様になりたかったからフレデリックの恋の邪魔をしたのでしょう? 嫉妬に駆られてか弱いティフィを虐めたことはいけないことだけれどお姫様になりたい気持ちは分かるの」


 なにを言っているのかしら。

 お姫様になりたいなんて思ったことは微塵もありませんわ。


「ごめんなさい、ルシール様」


 ええ、どうしてティファニー様は泣き始めたのかしら。

 お義母様が「これなに劇場」と呟いています。


「ティフィ、しっかりなさい」

「申し訳ありません。元はと言えば殿下に恋してしまった私が悪いのですけれど……でもあんな酷いことをされるなんて」


 酷いこととはなんでしょう。


「ルシール様と会っても大丈夫だと思っていたのですが……やっぱり怖くて。虐められていたときは、殺されるんじゃないかと思ったことも会って」


 震えるティファニー様をソリア側妃様は抱きしめて「もう大丈夫よ」と励ますのですが、私たちは何を見せられているのでしょう。


 ティファニー様、お忘れかもしれませんが聖堂の控室にきて騒ぎ起こしていましたよね。


 あの話は醜聞「ソニック公子の寵愛は自分にあるとサフィア男爵令嬢がソニック公爵令息夫人に喧嘩を売りにいった」として貴族の間に広がっております。


 つまり私から虐められたと訴えて怖いと震えているその姿などこの場にいる全員が信じてなどいないのですよ?



「あなたは心優しい子だから、あんな反省の様子もない太々しい子を怖がるのも仕方がないわ」

「ソリア様、私のことを聖女だなんて恐縮ですわ」


 解釈が斬新すぎませんか?


 お義母様が「聖女なんて一言も言ってないでしょうが」と呟いていらっしゃいますが深く同意いたします。流石にこれにはソリア側妃様も引いていらっしゃるようですよ。


「彼女はこういう女性ひとだったのか」


「ローク様?」

「ごめん……でも初めて彼女をちゃんと見た気がしてね」


 どういう意味なのでしょう。



「あのソリアをドン引きさせるなんて想像以上に凄い子ね」


 想像以上に凄い子。


 お義母様の言葉に私はティファニー様のことをあまり知らないことに気づきました。

 よく考えれば殿下を挟んで婚約者と浮気相手が仲良く談笑することなんてあり得ませんわよね。


 私の知っているティファニー様はほとんど殿下からの伝聞。


 ティファニーのこういうところが素晴らしい。

 ティファニーのこういうところを見習え。


 ティファニー様を好ましく思っていた殿下の言葉だったから、ティファニー様の行動を自由奔放だと思いながらもどこか素敵だと思っていました。


 でもこうして見るとティファニー様に素敵なところはありません。

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