社交シーズンの始まりは波乱の幕開け

 社交シーズン「メリメント・ゲラ」は王家主催の夜会から始まります。


 この夜会は成人している貴族なら参加しなければいけない最も格式高いものですが、今夜ここに集まった方は皆一様に複雑な顔をしていらっしゃいます。


 お義父様にエスコートされながら先を歩いているお義母様はご立腹を隠していらっしゃらない。その機嫌の悪い理由が理解できているので苦笑しかできません。


「脳内お花畑が主催だなんて」


 今までの王妃主催のものと比べると厳粛さが一切ない白とピンクで彩られた会場。ソリア側妃様とその取り巻きのロマンス親衛隊らしい飾りつけだと思ってしまいます。


「正妃様からすれば関わりたくないのだろう」

「殿下の新たな婚約者が決まる前に男爵令嬢のお披露目なんて前代未聞ですもの」


 それは妻を娶る前に愛妾を持つようなもの、こんなことをしてしまったらフレデリック殿下との結婚を了承する有力貴族の令嬢などいなくなってしまいますわ。



「父子揃って男爵令嬢を妊娠させて……旦那様、それもこれも『男だから仕方がない』と甘やかすからではないかしら」


「結婚前の避妊は男の嗜みなんだがなあ」

「父上、下品です」


 何とも言えない会話になりかかったところをローク様が止めてくださいました。


 お義母様が仰る通りソリア側妃様も元は男爵令嬢。その身分で彼女側妃になれたのは正妃である王妃陛下が認めたからに過ぎません。でもお二人は長子を産んだのだからと誤解しているご様子。


「ヒールが折れて骨折でもしないかしら」

「それでもド根性で出席すると思うよ」

「あの派手好きが骨折如きで自分主催の夜会を休むわけがないわよね」


 私もそう思いますが……お義母様、扇子が折れます! ミシミシいっていますわ!


「ほらほら、笑って」

「さらに愛想笑いまで要求されるなんて……旦那様、分かってくださいますよね?」

「分かってるさ、後日夫のほうを締め上げるから」


 それでいいのかと思いはしますが、妻の失態は夫の責任ですものね。


「母上はソリア側妃様と本当にうまが合わないのですね」

「虫唾が走ると言わないだけ感謝なさい」


 お義母様の気持ちがよく分かります。私もティファニー様のことを考えると虫唾が走りますもの。


 ソリア側妃様はティファニー様を大事にしているようですが、それはティファニー様が側妃様の昔にそっくりだからだと思います。



 国王陛下は学院時代にソリア側妃様と出会い恋に落ちました、どこかで聞いた話です。


 周囲の目も気にせずお二人は逢瀬を重ね、ある日護衛の者を振り切って二人きりになったお二人は一線を越えてソリア側妃様のお腹の中にはフレデリック殿下が宿った。お義父様の仰る男性の嗜みを忘れた結果ですわね。


 当時王太子だった国王陛下は学院の卒業パーティーで婚約者に婚約破棄を突きつける、これもどこかで聞いた話ですわね。


 でもフレデリック殿下のときと違うのは当時の国王陛下が「男爵令嬢に王妃は務まらない」と至極まっとうなことを言って猛反対し、陛下は王命でいまのご正妃様を娶り、その後にソリアを側妃として召し上げました。


 一応先にご正妃様を娶ったので、先に愛妾を迎えるフレデリック殿下のやり方は前代未聞なのです。




「王妃様は元婚約者だったご令嬢と親しかったから陛下を心底軽蔑していたわ。でも王命だから仕方がないわよね」


 王妃様は王命で王太子殿下のお守りを頼まれた侯爵令嬢だったのですね。


「王妃様はね結婚も受け入れるしソリアも側妃にすることを認めるから自分に決して心を求めるなと言い放って陛下と結婚したのよ」


 王妃陛下、素敵です。


「陛下はそれを受け入れたのですか?」

「陛下はお花畑の住人だったもの。王妃様の皮肉に気づかず『許された』と曲解してソリア様を側妃として召し上げたの」


 フレデリック殿下はソリア側妃様が後宮にあがって三ヶ月後に誕生。

 出産前に側妃にできたことで殿下は嫡子と認められました。


「王妃様ご本人もご実家も権力欲がない方だから、王妃様はソリア側妃様が側妃として弁えることを条件にフレデリック殿下を王太子として認めたのだけどねえ」


 条件はただ一つだったがソリア側妃様は王太子の母という立場に酔いしれ王妃様たちに喧嘩を売るようになった。庶子になってもおかしくなかった殿下を、条件付きとはいえ王太子と認めてくださった王妃様とその家門に対してです。


 自分に心を求めるなと陛下に言い放つくらい王妃様は苛烈な方ですが、ソリア側妃様の態度を羽虫の騒めき程度にしか気に留めず積極的に応戦することはありませんでした。飛んできた火の粉を軽く払う程度でおさめていらっしゃったそうです。


 そんな温情を測る能力がソリア側妃様になかったことが王妃様の不運。ソリア側妃様は目溢しされているだけと気づかずロマンス親衛隊と共に攻撃を過激化していきました。


 どんなことにも限界があり、限界を超えて本気で怒った王妃様とその家門が本格的に応戦したことで側妃様のご実家とロマンス親衛隊の家がいくつか没落しました。


 正妃を輩出できる侯爵家出身の王妃様と運だけで側妃になれたソリア側妃様との力の差は歴然です。


「それにフレデリック殿下がお生まれになった頃には陛下のソリア側妃様への寵愛は薄れ始めていたのよ。ソリア側妃様にぞっこんで永遠にあの花畑から出てこないと思ったから私たちもその変化には吃驚したものよ」


「母上、それは学院卒業後ですよね?」

「ええ、そうよ。それが何か?」


 ローク様は何でもないと仰りましたが、何か考え込んでいらっしゃいます。


 どうしたのでしょうか。



「お母様にお聞きしましたが、国王陛下もソリア側妃様とのことを『真実の愛』と仰られたのですよね」

「親子は恋愛脳も似るのだろうと言いたいですがソリア側妃の手引きでしょうね……ソリア側妃は国王陛下の寵愛を再び得たくて躍起になっているのよ」


 王太子と男爵令嬢。

 真実の愛。


 側妃様は国王陛下の思い出を煽ろうとしたのかもしれませんね。


「でもあの方は……いつまでもひとつのお花畑で満足できない性格なのだと思うわ」


 つまりは浮気性ということですね。


「フレデリック殿下が産まれて間もなくして同盟国からシェール側妃様が嫁いでこられたでしょう? 彼女の生国を滅ぼした国からの引き渡し要求に応えないようなんて言っていたけれど陛下が娶る必要はなかったのよ。シェール側妃様はいまも淑やかな方だけど、昔は妖精姫と言う名の通り儚げな風貌をお持ちだったのよ」


 こうして国王陛下は次の花畑へと移ってしまわれたのですね。


 陛下の寵愛を得たシェール側妃様は第二王子レイシェル殿下をお産みになりましたが、争いの駒になることを恐れたレイシェル殿下は十二歳のときに王位継承権を放棄していらっしゃいます。


 私とフレデリック殿下の結婚後にレイシェル殿下は公爵位を得てシェール側妃様の故郷のあった場所を領地として封じられる予定となっていましたが、恐らくその話は十年ほど凍結することになるでしょう。



「フレデリック殿下の王太子の座はレイシェル殿下の辞退で守られたけれど、この直後に正妃様の懐妊が発表されたってわけ」


 王妃様がお産みになったセーブル殿下を王太子にできればよかったのですが、当時陛下の体調が思わしくなかったため王太子が赤子であることは避けなければならずフレデリック殿下はそのまま王太子の座に就き続けました。




 ファンファーレが鳴り、王族の皆様が次々とご入場するのですが……。


「なんであそこにあの娘がいるのかしら」


 どうしてティファニー様がフレデリック殿下と一緒にご入場を?


 あそこに立てるのは王族か準王族である婚約者の方のみ。

 ティファニー様はフレデリック殿下の御子を宿していますが、公的な立場は婚約者でもなければ側妃でもなく一男爵令嬢です。


 男爵令嬢のティファニー様に全貴族を見下ろせるあの場に立てる権利も資格もありません。



「国王陛下、ご説明を」


 宰相でもあるお義父様の冷たい声に思わず体が震えてしまいましたが、ローク様が宥めるようにエスコートしてくださる腕に添えていた手をポンポンと叩いてくださったので体の力を抜きます。


 陛下も驚いていらっしゃるから、あれは恐らくソリア側妃様のご独断。


 そしてそのソリア側妃様は憎しみを隠さない目で私を見ています。


 殿下がティファニー様と懇ろな関係になった頃からソリア側妃様は私を憎むような目で見る様になりました。恐らくあの頃からロマンス親衛隊の中で私は「悪役令嬢」だったのでしょうね。



 ……面倒なことになりそうな予感がします。

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