お花畑令嬢の行動力を甘くみてはいけない
「仕上がっていない状態で花嫁を外に出すなんて、何を考えているのですか!」
ローク様の対応に何を言うべきか悩んでいたら侯爵家の侍女が私を呼びにきて、控室に戻るとお兄様とお父様がお母様に叱られていました。
お義母様はその様子を楽しそうに眺めていらっしゃいます。
なぜここにいるのかと問えば「息子の準備を見ているより面白い」という理由だそうです。
「お義母様、ルシール様が戻ってきましたから準備の続きをいたしましょう」
お兄様の婚約者エレオノーラ様のお執り成しにお兄様とお父様の青褪めていた顔に色が戻りました……そうとうお母様が怖かったようです。
「ほ、ほら、ルシールも戻ってきたら続きを」
「そうだよ、母上。俺たちを怒っていてもルシールの準備が進まないよ」
お兄様がわざとらしく手を叩きました。
「会場の最終確認をしてこないと」
「ま、待て。私も行くぞ」
侯爵と侯爵令息が行っても邪魔になるのではないかしら。
「花嫁の準備はいくら時間があっても足りないのに、いつまでもメソメソと泣いて邪魔をして」
「侯爵夫人、それよりもこうして花嫁の準備を見ていると自分の結婚式を思い出しませんか?」
お義母様の言葉にお母様が同意なさり、般若からいつもの天使に戻ったお母様の様子にエレオノーラ様と微笑みを交わし合っていたら―――。
「大変です! お嬢様の耳飾りが一つありませんわ!」
あ……。
「あの……」
「部屋を出る前はついていたわよね」
「外に出ている間に落としたのかしら?」
お母様たちの言葉を聞いたエレオノーラ様が「探してきます」と外に出ていきそうになったところ慌てて止めます。
「大丈夫です。失くしたのではありません。重そうだからとローク様がもう片方を着けてくださっています」
「まあ」
「とても素敵な気遣いですわ」
「うちの朴念仁がそんな粋なことをするなんて」
三人の言葉に顔が熱くなるのを感じたとき扉の外が騒がしくなり、何ごとかと思っている間に許可もとらず扉が開かれた。
護衛もできる侍女たちが私たち四人の前に立つ。
こんな無礼なことをする人を私は一人しか知りません。
「ルシール様!」
やはりティファニー様でしたか……何がしたいのかしら、この方は。
「ルシール様、誤解なさらないでくださいね」
「何をです?」
早く準備をしないといけないので退室してほしい。
「ロークは私が好きなんです!」
それをいま、両家の母もいる花嫁控室で宣言する理由が全く分かりませんわ。
これが政略的な結婚である以上、この場に居合わせた貴族の方々も賛成派と反対派がいます。
貴族の派閥違いは常に闘い。
何事もなく無事に終われば賛成派の勝ち、この式で瑕疵になる何かが起きれば反対派の勝ち。このことは反対派の大きなアドバンテージになってしまいます。
「許可なく入ってきてはしたなく叫ぶなど無礼が過ぎるお嬢さんね」
「許可ならありますわ。フレディが連れてきてくれたのですから」
流石ティファニー様、安易に殿下の名前を使いました。
「あなた、急いで聖堂騎士を呼びなさい」
エレオノーラ様が聖堂を護衛する騎士を呼びます。
国から独立した聖堂の騎士に命令できるのは神殿長のみ。仮に殿下がティファニー嬢の釈放を求めても聖堂の騎士たちはそれに応じる義理はありません。
さて騎士が来るのが早いでしょうか。
それとも殿下が表に出てきてティファニー様の回収をするのがお早いかしら。
「男爵令嬢、ここは貴女のいる場所ではありません」
「私が男爵令嬢だからそんなことを言うのですか?」
全く言葉が通じません。
「私はルシール様のために来たんですよ」
はい?
「ロークに愛されているなんて勘違いしたまま結婚するなんて可哀そうだから」
もう結婚していますが……どうしましょう、この方。
「ロークはルシール様を愛していません」
「存じています」
それに何の問題が?
「愛されていないのですよ!?」
どうして怒っていらっしゃるの?
それにしても殿下は何をしているのかしら……もう「いないもの」として扱ってもよろしいですよね。
「いい加減お黙りなさい」
「……は?」
殿下の恋人であろうと身分は男爵令嬢、公爵令息夫人の私が遠慮する必要はありません。
「今回の無礼については侯爵家から正式に抗議しま、ご覚悟なさいませ」
私の家族に不快な思いをさせるなら容赦はしません。
「わ、私はフレディの恋人よ」
「殿下の婚約者でもない以上、あなたは男爵令嬢でしかありません」
しかしティファニー様がやっているこのことは殿下の瑕疵になります。
それがお分かりだから出てこないのですよね、 開け離れた扉の向こうに殿下の金髪が揺れていますわ。
真実の愛でも何でも構いませんが、恋人の我侭は自分で収集できる範囲内になさいませ。
「陛下が許可し聖堂が認めたこの結婚に異議を唱えるなど王族であっても許されない行為。そうですよね、フレデリック殿下?」
出てきて責任を取ってくださいまし。
王家の求心力は殿下のなさったことで落ちており、カールトンとソニックと敵対できる力がないことはお分かりですわよね?
「ル、ルシール」
「ご無沙汰しております、フレデリック殿下」
分かっていらっしゃいますよね?
「ソニック公爵夫人、カールトン侯爵夫人、両家の晴れの日にこのような騒ぎを起こして申しわけなかった」
殿下は頭を下げるとティファニー様の腕を掴んで退室しようとしたが、ティファニー様は腕を振って手を振り払うと目をキッと吊り上げて殿下を睨む。
「ティファニー、君は何をしたいんだ……」
殿下の言葉に同意いたしますわ。
「だって愛されているのは私なんだもの」
「そうだとしても……」
「側妃様は分かってくださったわ!」
この騒動の裏には殿下の母君である側妃様がいらっしゃる、つまりこれはあの方の子ども染みた嫌がらせなのですね。
「側妃様と男爵令嬢は仲がよろしいのですね」
お義母様の言葉にティファニー様の顔が満足したようになりますが……。
「お二人とも男爵家のご令嬢だからでしょうか」
「男爵家で一括りにはできませんわ。ティティス男爵は同じ貴族の常識をお持ちでしたし言葉も通じましたわ」
夜会でお会いしたティティス男爵夫妻は男爵の弟君の娘がやったことで自分たちにも沙汰があるに違いないと思っていた彼の貴族の常識は私たちが知っているもの。
「男爵令嬢は凄いですわね。側妃様でも王妃になるのを諦めた妃教育に挑むのですから」
「真実の愛のためですもの。素晴らしいわね、エレオノーラ」
お母様のパスをエレオノーラ様が受けます。
「私はジョン様をお慕いしておりますが、見苦しくない程度の作法が精一杯です。ジョン様のためにあの教育を受けろと言われてましても想像だけで身震いしてしまいます」
「見苦しくないなんて、エレオノーラ嬢は謙遜が過ぎるわ。カールトン侯爵令息に嫁ぐために幼い頃から切磋琢磨してきた貴女の所作はとても美しいわ」
お義母様の言葉にお母様が「その通りですわ」と頷きます。
「エレオノーラはとても努力家な上にこの美しさ、ジョンったら彼女が取られないように旦那様をせっついて……身分も伯爵令嬢でギリギリ王家に嫁ぐことができますからね、あら失礼」
・・・ セラフィーナ ・・・
侯爵夫人の天使のような可愛らしい見た目に騙されてはいけません、中身は猛禽類ですわ。
それにしても、男爵令嬢を直に見たのは初めてだけど側妃様を彷彿とさせる子だわ。
息子のロークがこの子に逆上せたなど信じられない。
あの子に限ってと思いもしたし、若いのだからそれなりに経験したいのだろうと思って放っておいたが……それについては私も旦那様も実は全く後悔していない。
ロークの元の婚約者は私も旦那様も妥協して選んだ令嬢。
王家の傍系としては王家とのバランスに気をつけなければならず、ロークの結婚相手はソニック侯爵家の利になり過ぎない相手として毒にも薬にもならない家門の令嬢を選んだ。
卒業パーティでロークがしでかしたことを聞いたときは眩暈がしたがルシールと殿下の婚約がなくなるのも時間の問題と知って直ぐに目が覚めた。
私と旦那様はカールトン侯爵が王家との婚約を白紙にするのを手に汗握って待ち続け(パーティーの翌日の午前中には白紙になっていたが)、二人の婚約が白紙となると同時に元婚約者の家にいって婚約を白紙化、そのまま旦那様はロークの釣書を持ってカールトン侯爵家に突撃してくださった。
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