3.メイド男爵、未知なる食べ物に舌鼓を打つ。そして、暗躍する奴が現れるよ
「くはははははは! さぁ、砦よ、その力をサラ・クマサーンに見せるがいい! モンスターどもをゴミのように始末してやろうじゃないかっ!」
私は興奮していた。
興奮しすぎて悪役みたいなことを言っていた。
たぶん、目も血走っていたに違いない。
例の物置小屋に駆け込み、あのヘンテコなガラス板に命令する。
さきほどと同様に「ピコ」などと音がして、青い画面が現れた。
そこにはこのように記されていた。
『エラー。次の兵器発動には10万ゼニーが必要です』
「ぬがぁあああああああ!? ゼニーって何!?」
未知の単位の登場に私は絶叫するように尋ねる。
しかし、返答はない。
その代わり、そこにはこんな情報が映し出されていた。
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【サラの砦ちゃんのステータス】
ランク:ただのメイド砦(最下級)
素材:頑丈な岩
領主:サラ・クマサーン
領民:0(増やそうや)
武器:なし
防具:なし
特殊:なし
シンクロ率:5%(ダメダメやん)
次の兵器発動までの必要経費:10万ゼニー
※防衛戦成功ボーナスとして、プリンをお出しできます
※この画面は「ステータスオープン」と唱えることでいつでも表示できます。
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突っ込みたいことは諸々ある。
「増やそうや」とか、「ダメダメやん」だとか。
こいつ、私のことなめてないよね?
とはいえ、私はとある文字を見逃さなかった。
それはボーナスって言葉である。
たぶんきっとご褒美があるってことだ。
「プリン……? 何それ」
またもや私の知らない言葉である。
ふぅむ、さっきみたいな武器なのかしら?
そこはかとなく可愛い名前だけど、凶悪な兵器だったりするのかも。
プリンとやらをぶっ放して、敵を倒せと言ってるのかもしれない。
もちろん、プリンを出すように伝える。
私はくれるものは何でももらうタイプなのである。
『了解。プリンをキッチンにお出ししました』
すると画面にはそんな表示が出てくる。
ふぅむ、キッチンに出すものなの?
武器じゃないの?
いぶかしく思いながらキッチンに向かう私。
確かあそこには簡単なテーブルがあったはず。
「な、ナニコレ?」
そして、私は目にすることになる。
私の一生を左右するほど魅惑的な悪魔の食べ物を。
お皿に載せられている点からして食べ物なのだとは思うが、てっぺんが茶色い。
まるでヘンテコな山のような形をしていた。
柔らかいものらしくて、スプーンでつつくとふるふると揺れる。
「これがプリン……? こんなの見たことないよ?」
メイドにとって、お料理は出来て当たり前の仕事である。
私だって色んな一通りの料理を作れる。
しかし、この黄色くて頂上がこげ茶色の食べ物は知らない。
くんくんと鼻を近づけると甘い香り。
これは……!?
「た、食べれるのかしら?」
恐る恐る、スプーンを伸ばして、その柔らかなボディをすくう。
そして、恐る恐る口もとへと運び、もう一度香りをかぐ。
砂糖を焦がしたカラメルっぽいにおい。
お菓子のようだ、間違いない。
「にょぐゎ、こ、これは!?」
私は思い切って、その黄色い物体を口の中に入れる。
危険だって思う人もいるかもしれない。
だけど、美味しそうな香りだったんだもの!
最近、甘いものを食べてなかったんだもの!
私の中の甘党かがささやいたのである、これは危険なものではないと。
口の中に広がる美味しいお味。
これまでの人生で感じたことのない、甘さと心地よさ。
「……美味しい。美味しいよぉおお!」
これ美味しいよ!
すっごい乙だよ!
茶色い部分がほろ苦いのもいいよ!
ほっとしたせいか、何だか泣けてきたよ!
「プリンを食べるためにも、私、この砦の謎を解き明かして見せるっ!」
誰もいない簡素な石造りのキッチンで、私は叫ぶのだった。
涙をホロホロと流しながら食べるプリンはとてもとても美味しかった。
◇ ジュピター・ロンド伯爵ちゃんの野望
「伯爵様、作戦は成功です! 万死の森のモンスターどもを追い立てた結果、砦にいた王兄一派は逃げ帰った模様です!」
ここはトルカ王国、王都。
その一画にあるロンド伯爵の屋敷だ。
知らせを聞いた少女、ジュピター・ロンドは口角を上げる。
「よくやった! さすがは我が精鋭たちね!」
ジュピターはきらめく青い髪と大きな碧眼をもつ美少女である。
高齢の父の跡を継いで十八歳ながら伯爵家の当主を務めている。
「ありがとうございます」
彼女の笑顔は可愛らしく、部下もつられて笑ってしまう。
そりゃそうだ、相手は貴族である。
愛想笑いの一つもできなければ首が飛ぶ。
「あとは砦を手に入れるだけよね。私が直接、出て行ってもいいわよ! 古代の叡智を手にするのは、この私、ジュピター・ロンド様なのだから!」
お分かりの通り、彼女は浮かれていた。
彼女は先祖代々の研究によって知っていたのだ、あの砦がただの砦ではないということを。
ハーフツインにした彼女の髪の毛がぴょこぴょこ動く。
どうやら相当機嫌がいいらしい。
本来であれば目の保養になる光景なのだが、部下たちは唾をごくりと飲み込む。
気の進まない報告をしなければならないのだ。
「そ、それが伯爵さま、一つ問題がございまして」
「は?」
「ドラゴンが調教が上手くいかず、二体とも行方不明になっておりまして……。未だに砦を奪うには至っておりません……」
しかし、部下たちが続けて報告をするとジュピターの笑い声はぴたりと止むのだった。
このジュピター、分かりやすい性格なのである。
分かりやすく性格が悪かった。
「行方不明ですってぇえええ!? お前達、あれにいくらかかっていると思っているの!」
ジュピターは立ち上がって、部下をしかりつける。
それも無理もない話なのだ。
部下の言うドラゴン二体というのは、魔獣使いから高額をもって買い取ったものだからだ。
「あれは王室をひっくり返す虎の子なのよ!? 逃げられるなんて話にならないわ!」
怒れるジュピターはどんっと机をたたき、部下たちはひぃっと恐怖に顔を歪める。
それもそのはず、ドラゴンを購入した彼女の目的はトルカ王国の転覆にあった。
ジュピター・ロンドはその愛らしい外見とは裏腹に、かなりの野心家なのである。
王室を転覆させ、代わりに自分の理想とする王国を立てることを目指していた。
「そ、それが、突然、言うことを聞かなくなりまして、現在、捜索隊が探しております……」
「ば、場合によっては辺境の村が襲われるかもしれませんが……」
部下たちは青い顔をして詳細を伝える。
ドラゴンが村を襲えば、壊滅するのは火を見るよりも明らかだ。
バレた場合には問題が大きくなる可能性もある。
「あんた、バカ? ド田舎の村なんか、どうでもいいの。そんなことより、一刻も早く探し出すのよっ! 私、あのドラゴンに乗って王都に突っ込む予定なんだから!」
ジュピターの怒声はさらに続く。
彼女はドラゴンに辺境の村が襲われることなど何とも思ってはいなかった。
農村がときおり強力な魔物に蹂躙されることはよくあることだったからだ。
そもそも野望に燃える彼女にとって村人の命や暮らしなど、どうでもよいことだった。
ジュピターがドラゴンに執着する理由は、それが高額であることだけではない。
彼女はドラゴンに乗って勇ましく王都に侵攻しようと画策していたのだ。
荒れ狂うドラゴンと、それを涼しい顔をして操るジュピター・ロンド。
人々は自分を畏怖し、救国の英雄として崇めるだろう。
想像しただけで、彼女の背筋はぞくぞくしてくる。
「うふふふ、ドラゴン、私のドラゴン……!」
ジュピターはただの美少女ではない。
伝説に名高いドラゴンライダーになりたい系女子だったのである。
「……ま、いいわ。砦は逃げも隠れもしないし。私のものになるのは決まりなんだから」
ジュピターはふぅと息を吐いて心を落ち着かせる。
その時には彼女の表情はいつも通りの美少女に戻っているのだった。
彼女は涼しげな瞳で窓の外を見つめる。
その視線の先は例の砦のある、辺境の方角だった。
彼女は知らない。
一人のメイドがその砦の主人(宿主)となったことなど。
そして、そのメイドによって彼女の野望が大きく捻じ曲げられてしまうことなど。
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