第2章 メイド男爵、防衛戦に震え上がる!

4.メイド男爵、着実に既成事実を積み上げるも、おっと誰か来たようだ



「ふぅ、これでよし……」


 私は砦に看板を打ち付けていた。


 そこにあるのは「クマサーン男爵領」の文字。

 我ながら達筆である。


 そう、何はともあれ私は領主。

 まずは領有権の主張が肝心だよね。


 ここは自分の領ですよって既成事実を作り上げなきゃならない。

 王兄様に「あの話はなかったことにしたい」とか言われても、絶対に返さないからね!


 さらには砦の屋上に私の家の紋章の旗を立てておく。

 我がクマサーン家が誇る猛々しくもかわいらしい熊の紋章である。

 数年前に取り潰しになった家の旗だけど、名残惜しくてこっそり持っていたのである。

 久しぶりに見たけど、かっこいい!



「くははは、これでこそ我が男爵領だよっ!」


 砦の屋上に一人立ち、私は領地を見回す。


 やはり自分の領地っていいよね。

 パパ上の遺言だった、我がクマサーン家の再興はここから始まるのだ。

 涙腺がじぃんとしてくるよ。

 領民はいないし、産業もゼロだけど。



 さぁてと、一旦、現状をまとめてみようか。


 まず私は男爵になった。

 王兄様はちょくちょく爵位をばら撒く迷惑行為で有名である。

 正直、お金をもらえれば誰にでも位をやると言うので、「金貨男爵」だなんて言われてるけど、それはともかく男爵だ。

 

 そして、何より、この砦周辺を領地として与えられた。

  

 この砦には凄い力が備わっている。

 それこそモンスターの死体の山を築けるほどの。


 ここまではよし。


 で、問題はここからだ。



 今、私の抱えている問題、それは、砦の操作方法が分からないってこと!

 

 砦ちゃんの出す例の青い画面に尋ねても、『エラー。次の兵器起動には10万ゼニーが必要です』の一点張り。なんじゃそら。


 ゼニーの単位が分からないので、私は笑顔になったり、話しかけたりした。

 世間ではうら若き乙女の笑顔は百の金貨にも勝るとか言ったりする。

 それに、乙女と会話するだけで金貨を投げうつ紳士もいると聞く。


 さぁどうだ。


 私の笑顔はすごいんだぞ。


 なんなら踊っちゃうんだぞ。



 ……無反応である。



 例の「砦ちゃんのステータス」が浮かび上がるのみ。


 せっかく満面の笑みでダンスまでしてあげたのに!


 ゼニーってなんなのよ、このばか砦!


 わけのわからない単位を要求され、正直、キレそうである。

 いや、ほとんどキレたと言っても過言ではない。


 ちなみに没落したとはいえ、私は元貴族なのだが、その口ぶりが下品すぎるという人もいるだろう。

 しかし、これはすべて2年間のメイド訓練およびメイド生活によるものだ。


 メイドの暮らしって荒んでるのかって?

 それは……ご想像にまかせる。

 ただ一言だけ言いたい。

 光が強ければ影もまた濃いのだということを。



 ともかく。


 今、私がすべきことはこの砦の謎を解くことなのである。

 じゃないと、次にモンスターがやって来たら詰む。

 つまり、死ぬし、怪物たちのブランチやアフタヌーンティーになる。

 うぅう、かわいく言ってみても最悪な結末であることには変わりないよ。どうにかしなきゃ。


 そうなれば、まずすることは周囲に散らばったモンスターの死体を片付けることだ。

 放置しておくと、他の魔獣がやってくることになりそうだし。


 私は腕まくりをして、我が男爵領の掃除に出向くのだった。

 

 死体のお掃除、それがサラ・クマサーン男爵様の初仕事である!

 とくとご覧あれ!

 

 え? 男爵様の仕事っぽくないって?

 しょうがないじゃん、領民ゼロだし!!


 

「あーらよっとぉ」


 お掃除、それはメイドにとって必要不可欠の能力。

 すなわち、家事魔法と家事スキルの両方を持っている私にとっては朝飯前である。


 なんせ掃除をしている間だけは、未曾有の力が湧き出てくる。

 どんな巨体のモンスターでも担ぎ上げることができるのだ。

 王立メイド学院でお世話になっていたメイド長は言っていた。


『メイドたるもの掃除中はオークの一匹ぐらい持ち上げなければなりませんよ』


 熱烈指導のおかげさまで、私もだいぶ力持ちになった。

 我が領地のために奉仕するのだと意気込むと、さらに力が出てくる気がする。

 なるほど、これが領主パワーと言うものらしい。

 世の貴族たちが自分の領地拡張に血眼になるのも分かる気がする。


 しかも、私の家事スキルはすごいのだ。

 『調理準備』というスキルがあるのだが、これってモンスターの解体にも有効なのである。


 モンスターは素材の宝庫だ。

 食料になるし、衣類や建物の素材になるものだってある。

 砦には食料だって残されてないし、無駄にはできないのである。



「それじゃ、ちゃっちゃとやっちゃうよ!」


 ここからは半自動モードである。

 モンスターの死体の前に立ってナイフを抜くと、魔獣の毛皮、魔獣のお肉、魔獣の骨、魔獣の魔石……などと、素材がぽんぽん出来上がるのだ。


 一時間もしないうちに、死体の山はあらかた素材へと変わる。

 もっとも、素材を回収できるのは傷の少ないもので、黒焦げになったり、穴だらけになったりしている死体は難しい。

 そういう類いは焼却処分するか、砦から離れたところに埋めることにしよう。


「ふぅ~、あと少しで完了っと!」


 暴れイノシシのお肉は私のメイド魔法で1か月ほどもつので、とりあえず一安心である。

 血まみれになる以外は、なかなかに楽しい作業だよね。

 正直、メイドの仕事は私に向いているのかもしれない。


 とはいえ、今の私は男爵なのだ。

 紛うことなき貴族であり、このメイド姿は仮の姿にしか過ぎない。

 砦の周辺が平和になった暁には女領主っぽい服装を購入したい。

 真っ赤なドレスが似合う、いい女になりたいものである。


 ぶぱ。


 そんな折のこと。

 魔物の死体にナイフをぶすりと刺したところ、その一部が爆ぜた。

 死体にはガスが入っていることがあるから珍しくもない。

 血液的なものがあらぬ方向にぶしゃぱーと飛ぶのだが、私はそれをささっと避ける。

 こんなものを避けられなくてメイドが務まるわけもない。


「あ、あのぉ、た、助けてくてくだ……ひぎぃっ!? 目が、目がぁあああ!?」


「でえぇぇえええ!? 誰!?」


 しかし、である。

 私の後ろから話しかけてきた女の子に、その血液と組織液とアレ的なものが飛んでいってしまったのだ。

 しかも、目に入るって言うクリティカルヒットぶり。


「な、ナニコレ、ぐ、ぐふっ……」


 彼女はそのまま膝から崩れ落ちて意識を失う。

 その服装は泥とススみたいなのにまみれていて、まるで何かの爆発に巻き込まれたかのような様子。


「あわわわわ!? とりあえず人命救助っ!」


 ご存じの通り、人の手当てをするのだってメイドの仕事なのである。

 私は彼女を砦の中へと運び込むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る