5.メイド男爵、なんだか名前がきな臭い女の子に出会う。
「メイドさん、お助け頂きましてありがとうございます! 私の名前はマツ・ド・サイエンと申します! マツって呼んでください!」
助けてあげたのは私と同世代ぐらいの女の子だった。
私よりも小柄な体格で、背の小さい眼鏡っこである。
きれいな緑色の三つ編み髪の毛はおさげにしていて、先はリボンでとめていた。
眼鏡をはずすとなかなかにかわいい顔の美少女である。
ショートパンツからはきれいな足が伸びていて、活発そうな印象を与える。
「いえいえ、当然のことをしたまでだよ」
彼女は上下がつながった不思議な服を着ていた。
話によると、「ツナギ」と言うらしいけど、オレンジ色で派手派手しい。
私のトルカ王国のほうでは囚人服がこういう色なので、なんだか変な感じだ。
さきほどの一件で血でどろどろになっていた彼女だが、私の家事スキルと家事魔法のおかげですっかりキレイである。
「ご飯まで頂けるなんて感激ですぅう! 美味しいです!」
ご飯を出したらやたらと喜んでくれて、ぱっくぱくと食べ始める。
にぱぁとした笑顔はとてもかわいい。
それにしても、マツなんて珍しい名前だなぁ。
どこか別の地方の人なんだろうか。
出自を聞くと彼女は北の小国の出身だとのこと。
ふぅむ、遠い所からはるばるやってきたみたいである。
「それにしても、びっくりしました! 血まみれのメイドがモンスターを解体してる幻覚を見た気がしたんですよぉ。それで何かおぞましいものが私に飛んできた気がして……てへへ、私、疲れて幻覚を見ていたんですね!」
彼女は自嘲気味に笑うが、それは幻覚ではない。
だって解体作業をするときは、そりゃあもう盛大に、ごばぁっとなるのである。
何がとは言えないが、どぐしゅっ、どぷ、ごぷぱぁっである。
私はメイドなのでそこら辺の耐性はとっくについたけれど、普通の女の子なら自主規制しないと泣く。
「そうだね、疲れてたんだよ、きっと、てへへ」
この子、弱っちい感じなので、アレやソレやコレを頭から浴びたと知ったら再び失神するかもしれない。
そんなわけで、本当のことは秘密にしとくことにした。
「そういえば、この砦は男爵様のものなんですよね。助けてくれたお礼を言わせてもらわなきゃいけませんね!」
彼女はなかなか殊勝な考えをする人物だったようだ。
男爵様……って、よく考えたら、私のことである。
「ふふふ、いい心がけじゃないか! 何を隠そう、その男爵様とは私のことなのだよっ! マツ君、感謝するように!」
私はマツにびしっと言ってあげるのだった。
そう、我こそがクマサーン男爵家当主、サラ・クマサーン男爵なのだ!
爵位を与えられたのは、さきほどのことだったけど。
正直、自分でもいまいち信じ切れていないけど。
さぁ、遠慮なく褒め称えたまえ!
「……いや、あなた、メイドさんですよね? いくら何でも主人の名をかたるのは不敬なのでは? 自称男爵なんて痛い行動、もはや犯罪ですよ?」
しかし、マツは真顔でそんな返事をする。
数秒間、固まる私。
そして、気づく。
「ぬわぁあ、服がメイドのままだったぁあああ!?」
そう、私はどこからどうみてもメイドだったのである。
実をいうと、このメイド服、ものすごく使い勝手がいい。
だって破損や汚れも自動修復するし、浄化機能もある。
多少の魔力加護だってついているのだ。
首元が閉じている割に胸元が開いているなどと、ふざけたデザインだが、それでも動きやすい。
さらに言うと、メイド服以外の着替えはパジャマしか持ってきてないのである!
つまり、脱ぐに脱げない。
ちっくしょう、このままでは男爵としての威厳が保てない。
「ん、何かありましたか? 男爵様は留守なんですか?」
マツはぶつくさ言っている私を見て首をかしげる。
ふぅ、しょうがない。
私は彼女にこれまでの経緯を話してあげるのだった。
もっとも、砦のことは秘密のままにしておく。
「……ひぇええ、それじゃ、あなた、メイドから男爵になったってこと?」
「そぉなんです! 私、男爵! 私、偉い人! 私、貴族!」
「わかりましたよ、それならそう言うことにしておきます! ありがとう、サラ・クマサーン男爵(仮)! よぉく頑張ったね! 感動した! えらい! ……満足ですか?」
マツは私の肩にぽんっと手を置いて、うんうんと首を振る。
明らかに信じていないことを匂わせる口ぶりと表情。
私の鋭い嗅覚は彼女の言葉の後ろに(仮)がついているのをかぎ取ったのである。
「いや、本当だからねっ! これを見てよ、ほらぁああ!」
しょうがないので、王兄様のくれた爵位任命書を見せてあげることにした。
本当はおいそれと人に見せちゃいけないんだろうけど。
貴族の名をかたっていると思われたら、元貴族としての私の沽券にかかわる。
「……こんなものまで用意して必死過ぎますよ? はいはい、わかりました、わかりましたから。もう男爵でいいですから! あんたが男爵芋! 芋い男爵!」
「わかってないでしょ、ぜったい! 芋って言うな!」
せっかく助けてあげたのに、この女、私の言うことを信じないらしい。
そりゃあ、メイド服を着てるからメイドだって思うかもしれないけどさぁ。
いつか豪奢なドレスを着飾って見せつけてやるんだからね!
「そんなことよりも、ビッグニュースがあるんですよ。モンスターに襲われたと思ったら、その直後に大爆発が起きたんです!」
「大爆発?」
「そう! どっかん、どっかん、地面に穴があいて! 軍隊でも攻めてきたのかと思いました」
マツはこの砦まで辿り着いた経緯を教えてくれる。
道中でモンスターに襲われるも、謎の攻撃に巻き込まれて命からがら逃げてきたらしい。
私が男爵であることを「そんなこと」で済まされたのは心外だが、私にかまわず彼女は言葉を続ける。
「私の荷物とか武器とか全部燃えちゃったけど、生きてるからよかったです。メイド男爵にも助けてもらえたし」
マツはそう言って、嬉しそうにほほ笑む。
この子、とんでもないポジティブ思考の持ち主らしい。
一方、私は気が気ではない。
彼女の荷物を燃やした原因に大いに心当たりがあるのだ。
それ、どう考えても、私が犯人だ。
私は「へ、へぇ~、ソウナンダー」と曖昧な相づちを打つ他ないのだった。
あわわわ、さっきのあの攻撃に巻き込まれた人がいるなんて!
ど、土下座で許してもらえるだろうか?
男爵になったものの、メンタルは未だに下僕気質の私なのであった。
あっちゃあ、一難去ってまた一難じゃん、これ。
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