6.メイド男爵、やべぇやつを助けてしまったことに気づく
「そっそそ、そう言えば、マツは何しにこの砦までやってきたの? ここら辺、何もないよね?」
いきなり被害者が現れてうろたえる私。
やばいよ、このままじゃ謝罪と賠償を請求されてしまう。
謝罪ならいくらでもできるけど、賠償は無理だ。
ハタキ棒しか持ってないし。
そんなわけで私は話を祖足すことにした。
それにしても謎だったのだ。
この女の子は私と同世代ぐらいのはずだ。
子供っぽい顔をしているし、背も低い。
そんな女の子がわざわざ辺境の地に何の用があって来たのだろうか。
「くふふふ、天空要塞ラプタンって知ってますか? あー、知らないかなぁー?」
マツの眼鏡がキラリ光る。
そして、彼女は腹の立つ言い回しで私に何事かを聞いてきた。
もちろん、天空要塞って言葉も、ラプタンって言葉も聞いたことがない。
「ふふふ、ラプタンっていうのは超古代文明の空飛ぶ要塞のことですよ! すごく大きくて、動くんです! 大空を飛び回ったと言われてます! んふぅ」
「そ、空飛ぶ要塞?」
「遥か昔、今の時代よりも高度な魔法技術が発展してたって言われてるんです! 空飛ぶ船とか! 地中深くを走る車とか! んふふふぅ」
鼻息荒く、要塞について演説するマツ。
その表情は真剣そのものである。
一方の私は困惑してしまう。
正直、そんなものあるとは思えないのだ。
そもそも要塞が浮かぶはずがない。
浮遊魔法で人が一人飛ぶだけでも大変なのだと聞いたことがある。
「ここら辺には、その超古代要塞が空から落ちてきて埋まってるなんて言われてるんですっ! それをこの天才魔道具エンジニア、マツ・ド・サイエンが探しに来たってわけなんです!」
マツは自分の演説によって勝手に興奮し、びしぃっと指を天につきだす。
いわく、その要塞は未知の兵器でモンスターをゴミのように片付けるとか。
いわく、その要塞は軍隊をゴミのように片付けるとか。
いわく、その要塞は都市をゴミのように崩壊させるとか。
……どんだけゴミを生産するんだ、その要塞は。
昨日までの私なら、彼女の話を鼻で笑い飛ばしていただろう。
なんだ、こいつ、あほかと。
夢見てんなよと。
しかし、今の私は違う。
心当たりがあるのだ。
彼女の話に。
だって、未知の兵器でモンスターを駆除した直後だからねっ!
おそらく、この砦は彼女の言っている超古代ナントカそのもの、あるいは、それに類するものだろう。
ぐわはぁあああ、どうしよう。
この子に実は正解かもなんて言っていいのだろうか。
あんたが今いるこの場所が、超古代要塞かもしれないって言ってもいいのだろうか。
この砦の謎を解明するためには私ひとりじゃ不十分だ。
マツは自分のことをエンジニアって言ってたし、私より砦の操作方法を引き出せる可能性が高い。
彼女を味方につけられたらいいのかもしれない。
しかし、だよ。
そもそも、この子が善人かどうか分からないのだ。
彼女が武器なんか扱えたら勝てる気がしない。
私の能力はあくまでも家事関連にしか発揮できないのだから。
「で、でもさぁ、マツはどうして、その天空要塞とやらを探してるの? ……世界を崩壊させたいとか?」
そこで私は彼女に件の要塞を探している理由を尋ねることにした。
もしも、よこしまなことを言うやつだったら、知らぬ存ぜぬでいなくなってもらおう。
「話せば長くなるんですけど。まず、このラプタンの絵を見てください。これは私の家に代々伝わるものなんですけど」
そう言うと、彼女はツナギのポケットから一枚の紙を取り出した。
一部が茶色くなっていて、どうも古い時代の紙らしい。
「私の祖先が大昔にラプタンと遭遇した時に描いたものらしくて」
開いてみたらびっくり。
その中に描かれている建物がどことなく砦と似ているのだ。
絵は10階建てぐらいあって、もっともっと大きい感じだけど。
「そっかぁ、祖先の人がねぇ」
私は心の動揺を悟られないように適当に相槌を打つ。
そして、考えるのだ。
彼女が邪な人物であるかないかを。
まず、彼女にとって砦を見つけ出すことは一族の悲願ってことなのだろう。
たぶん、祖先の人は要塞の実在を声高に主張していて、周囲から「何言ってんだアイツ」「インチキ野郎」と白眼視され、それでも「天空要塞はありまぁす!」などと叫び、悔しい思いをしてきたのだ。
彼女は根が真面目で純朴な女の子なのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
私の中で一連のストーリーが完成する。
「わかった。一族の悲願とか雪辱を果たすために君はやってきたってことだね?」
「いえ、ちょっと違います」
しかし、彼女は私の言葉を遮り、とんでもないことを言い出すのだ。
「わたし、大きくて動くものが好きなんです!」
「は? 大きくて動くもの?」
マツの目つきが変わる。
垂れ目がちだった眉毛がきりっと吊り上がるのだ。
「はいっ! 古文書によると、ラプタンは縦横無尽に動いたらしいんです! 轟音と水蒸気を上げて、ごぉおおおおって動く巨大要塞! デュフフ、それを操る私! ばおおおおおぉんとか、しゅこーっとか言ってですね、大きな石と鉄の塊が動くんですよ、デュフフフ……コポォ!」
恍惚にも似た表情で早口で何事かをまくし立て、口角泡を飛ばすマツ。
顔は整っているのに、時折見せる笑い声が気持ち悪い。
「へ、へぇ~?」
私の顔が引きつっていくのが分かる。
そう、この子はやばい奴だったのだ。
それも、かなりの重症の変態だったのである!
うわぁ、お近づきになりたくない。
「私の予想では砦に足が生えて、歩き回ったりするのがいいなって思うんですよ! デュフフ、移動要塞ってやつです! わかります? 要塞には口もあって、そこから出入りしたりとかできて! 敵も巨大な動くやつで、それを薙ぎ払ったり、焼き尽くしたり、すごいバトルをするんです!」
さらには自作のイラストらしきものまで持ち出して語り始める。
四本の足で立つ、奇妙奇天烈な要塞。
高熱を見た時に見る悪夢みたいな内容。
私はふぅと息を吐く。
この子、やべぇ。
そもそも要塞に口や足があってたまるか。
うわぁ、どうしよう。
仲間に引き入れる気がどんどん失せていく。
「マツって何ていうか、そのぉ、も、妄想じゃなくて想像力がすごいんだね。絵まで描けるなんてなかなかのものだよ?」
こういう人物をバカにしてはいけないのは世の常識である。
スルーしておくのが上策だ。
できるメイドである私は彼女を褒めておくことにした。
「オウフ! や、やめてくださいよ! それじゃ私が頭のおかしい巨大なものマニアみたいじゃないですかぁ! 私なんてまだまだ、日々精進の身ですよぉ! これからですよぉ!」
私が褒めると異様なまでに嬉しそうである。
あんたは頭のおかしい変態(マニア)みたいじゃなくて、もろにそれなんだけどなぁ。
そもそも謙遜するところが、もろにそれなのである。ソレが何だとは言わないけど。
「まぁ、全てはモンスターをやっつけて世界を平和にするためなんですけどね!」
それからマツは少しだけ寂しそうな顔をするのだった。
確かにモンスターは人類の脅威だよね。
この世界の殆どの地域はモンスターが跋扈して、生活するのに適していないし。
「ちなみに、ほら、この絵にはラプタンが詳しく描かれてるんですよ。何が何だか分からなかったみたいですけど」
マツはそういうと、先程の絵の一角を指し示す。
彼女いわく、先祖の人は果敢にもその要塞の内側を探検してみたらしい。
そこにはあの凶悪な武器だけでなく、ヘンテコなベンチと四角いガラス板の図解が書かれていた。
そう、「10万ゼニー必要です」のあのガラス板である。
ビンゴ!
ビンゴだよ、もう!
一列にそろっちゃったじゃん。
やばいよ、この砦、本当に超古代文明の産物だったんじゃん!
「それじゃ、私は調査にいかなきゃなので失礼します! いつまでも男爵様(仮)のところでお世話になるわけにいかないですから」
そうこうするうちに彼女はその要塞とやらを探しに出ていくという。
笑い方や話し方が気味悪くなるのを除外すれば、彼女はいい子なんだとは思う、きっと。
一途に要塞を探すっていう根性も見上げたものだ。
それにこの砦がなんなのか私よりは知ってそうだ。
ううぅ、どうしよう。
言うべきか、言わないべきか。
冷たい汗がたらりと背中に流れる。
そして、私は決意するのだ。
この女の子に秘密を話してしまおうと。
話を聞いた感じ、この子なら私の野望の賛同者になってくれると思うのだ。
私はこの砦でお家を再興させたい。
彼女はでっかい砦を研究したい。
私も実をいうと、砦の武器をまたぶっ放してみたい。
そして、あのやたらと美味しいお菓子、プリンを食べたい。
ウインウインの関係じゃん、これって!
「あのぉ、驚かないで聞いてほしいんだけど……」
「深刻な顔をしてどうしたんですか? まさか、幽霊メイドだったとか言わないですよね?」
「いいから、ついてきて」
私は彼女を物置の奥へと案内する。
そう、それは私だけの大切な場所。
この砦の謎が眠る小部屋である。
「うわ、まっくらじゃないですか!? 私、こう見えてもチキンハートなんですよ、びっくりして死ぬ自信ありますよ?」
この子、結構、おしゃべりである。
高い声がきんきん響いて耳が痛い。
「ちょっと黙ってて。……ライト」
「……えっ、これって嘘っ、まさか……ぴぃぃいいいい」
光源魔法によって小部屋の中身が顕わになって数秒後。
マツはヤカンみたいな高音を発してぶっ倒れた。
あわわわわわわわ。
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