35.ミミン様、砦を襲撃にでかけるよ!
「長官殿! 砦を発見しましたが、様子がおかしいです!」
栄光国の国家戦略室の長官、ミミン・ミドガル・ミドガルドの率いる制圧部隊は順調に砦へと向かっていた。
彼らはトルカ王国の王兄からロンド伯爵を経由して、砦の調査と使用の権利を受けた。
これから行うのは無人の砦の制圧という簡単な仕事だが、辺境のモンスターが根城にしている可能性もあるため、戦闘の準備はしている。
だが、精鋭で知られた栄光国の軍隊である。
いくら辺境のモンスター相手でも、恐れることはないと高を括っていた。
しかし、砦を発見した斥候の一人、マックス・レーディンガーは首をひねりながら報告に戻ってきた。
様子がおかしいとは曖昧過ぎる報告である。
「マックス、もっと具体的に報告したまえ! 君は栄えあるレーディンガー家の跡取りだろう!」
軍人とは常に具体的に考え、具体的に行動しなければならない。
観察が曖昧なまま敵と戦うのは死を意味するからだ。
ミミンは斥候が栄光国の有力貴族である、レーディンガー家の人間であることから、愛の鞭を飛ばす。
彼はこれから国を背負って立つ立場になる。
そのためにも鍛えなければならないのだなどと思いながら。
「申し訳ございません! しかし、何というか、理解不能なものでして……」
「ふぅむ、君ほどの人物がそういうなら私が見てみようではないか」
ミミンは要領を得ないことをごにゃごにゃと呟いているマックスに溜息を吐く。
どうせ、モンスターが取りついているとでも言いたいのだろう。
彼女は自分が砦を偵察することにした。
彼女の率いる国家戦略室のメンバーは文武両道に優れたものも多い。
しかし、それはあくまでも訓練場の話である。
臨機応変に事態に対応できる力は備わっていない、まだまだ頭でっかちなエリートでしかないのだ。
これまでに数多の戦場、特にモンスターとの戦いを経験してきたミミンからすれば、部下たちはまだまだひよっこ同然なのだった。
「な、何だあれは!?」
しかし、ここでミミンが目にしたのは、理解不能としか言えないものだった。
砦に巨大なリボンとひらひらした布がついているのである。
ひらひらした布はまるでメイドの髪飾りに使うもののようだが、あまりにも巨大だ。
またリボンもかなり大きい。
一見すると可愛らしい造形にも見える。
だが、そんなものがどうして砦に取り付けられているのか、何の意図があるのか、ミミンは測りかねていた。
さらに凝視してしまうのは禍々しいドラゴンの文様である。
ここの文化圏ではない地域のものらしく、あからさまに異国人が制圧していることがわかる。
「ち、長官どの、砦に旗が設けられておりますが……」
不可解なことはさらに続く。
砦には熊の顔を模した旗が高々と掲げられているのである。
まるで、そこが自分たちの領土であるかのように。
「先日の王兄の一件で、どこかの貴族が先回りして支配しているのか? いや、あの旗は……なぜだ? なぜ、こんなところに」
ミミンの脳裏に浮かんだのは、王兄の動きを察知した他の勢力による横取りである。
確かに、この一帯はモンスターも多く、権力の空白地帯になっていた。
国王の直轄領とはいえ、どこかの貴族が自分たちに先んじて実効支配を目論んでもおかしくはない。
「あれはどこの勢力の旗でしょうか? 熊の旗など見たことがありませんが……」
部下の一人が旗を指さして、首をひねる。
確かに他国の貴族の旗など、知るものは少ないだろう。
しかし、ミミンはその柄に見覚えがあった。
彼女が謀略によって潰したクマサーン伯爵家の旗とそっくりだったからだ。
地図の上からは消えたはずの伯爵家とこんなところで対面し、ミミンは背中に嫌な汗がにじみ出るのを感じる。
それはまるで自分が殺した相手の亡霊を見ているかのような気分だった。
「目障りな旗をかかげよって……」
旧クマサーン伯爵の当主は病で死に、その子女は平民になったはずだ。
年端も行かない子女が砦を占領できるとは考えづらい]。
となれば、後は野望を持った血縁者が乗りこんだのだろう。
そして、勝手に支配を宣言しているのだ。
ミミンは砦の旗について、そう結論づけるのだった。
しかし、そうであれば話は早い。
相手が非合法な方法で砦を支配しているのなら、こちらも武力で奪いとればいいのだ。
王兄がバックについている以上、多少手荒な真似をしても問題はない。
とはいえ、弱小貴族の背後に上級貴族がいるのもよくあることだ。
無駄に刺激するのは上策ではない。
ミミンは「話し合い」で彼らを撤退させることにする。
「誰かいるか? 我々は栄光国のものだ! いるならば、返事をしろ!」
ミミンは砦から数十メートルほど離れた位置に部隊を整列させ、自らが砦の主に声をかけることにした。
砦の入り口には「領民募集」と書かれた看板があり、荒唐無稽な内容が描かれている。
「これで実効支配しているつもりなのか?」と鼻で笑うのだった。
さぁ、どんな相手が出てくるだろうか?
ミミンの表情はいつものままだが、いつでも武器を取れるように身構える。
相手はモンスターの多い辺境の砦を乗っ取る連である。
屈強かつ豪胆な人物が出てくるに違いない。
「はぁい……、何の御用でしょうか?」
しかし、現れたのは桃色の髪の毛をしたメイドだった。
年は10代の半ばだろうか。
きれいに切りそろえられた前髪の愛くるしい顔をしたメイドだった。
かなりの美少女ではあるが、逆に大きな違和感がある。
「我々は栄光国のものだ。この砦の使用権をトルカ王国の王兄様より頂いている。この砦から早急に退去するようにお前の主人に伝えよ。それと、その旗は何だ? 目障りだから外すように言え」
ミミンは相手が少女ということもあり、手荒な真似に出るのは最後だと判断した。
できるだけ丁寧な言葉を使って、事情を説明する。
そもそも、この砦は超古代文明の遺産である可能性があるのだ。
攻撃をして傷つけるのは得策ではない。
「……あ、えー、そうなんですか。……でも、ごめんなさい、不可能です!」
メイドはその場でいぶかし気な表情をするも、すぐに不可能だと即答する。
不可能とはどういうことだ。
ミミンは相手の態度に少し感情が高ぶるのを感じる。
早い話が頭に来たのだ。
「メイドごときが判断できることではない! さっさとお前の主人に伝えてこい!」
「私がこの砦の主なので、無理です! この砦も王兄様から正式に頂いたものですので! ほらっ、証文もありますよっ! そっちこそ王兄様の委任状とかあるんですか?」
メイドはそう言うと、トルカ王国の王兄の印章のついた紙を広げて見せつける。
おそらくは偽造だ。
なんせあの王兄、トルカ王国で男爵の地位をそこら中にばらまいているのだ。
きっとメイドの主人がどこかで購入してきたに違いないが、ミミンが委任状を持っていないのも事実だった。
思わぬ反撃に歯噛みをしてしまう。
「委任状だと!? そんなもの……、ぐ、ぐぅむむむ……」
言い負かされたミミンの顔が悔しさで歪む。
今回の遠征は秘密作戦である。
無人の砦を制圧するのに書類などいるとは思っていなかった。
彼女はジュピターの顔を思い出す。
まさか自分にこんな仕打ちをしてくれようとは腹立たしいことこの上ない。
「それじゃあ、帰ってくださぁい! サヨナラ!」
メイドはそれだけ言うと、窓を閉めていなくなってしまう。
つっけんどんな態度に、はらわたが煮えくりかえりそうになる。
そもそも、奴の主人と話すらさせないとはどういうことだ!?
使用人風情がエリートである我々と話せるだけでも光栄だというのに。
彼女は怒鳴りたい衝動を必死に抑えるのだった。
「ぐぎぎぎぎ、おんのれ、メイドが増長しおって! 我々を侮辱するというのなら、身のほどを教えてやる! 貴様ら、これより戦闘に入る! 準備に入れ!」
ミミンは後ろの方でぽかんと口を開けていた隊員たちに命令を下す。
この砦を攻め落とし、不埒なメイドを懲らしめるのだ。
せっかく辺境まで来たのに、張り合いがないと思っていたところである。
栄光国の精鋭が本気を出せば、この砦など1時間と持たないだろうと考えていた。
「三手に分かれて生け捕りにしろ! せいぜい相手はメイドが数人程度、おそらく兵士などはおるまい。一気に畳みかけて生け捕りにするのだ!」
彼女の作戦はこうだった。
まずは砦の正面の扉を破る部隊、そして、砦の壁を登り上から攻撃する部隊、さらには後方で魔法弾を飛ばして援護する部隊、この三つに分けることだ。
正面突破だけでも簡単にかたがつく相手ではある。
しかし、あの礼儀知らずのメイドには軍隊の恐ろしさというものを教えてやらなければならない。
「栄光国の恐ろしさを見せてやる」
ミミンは戦う前から口元がにやつくのを止められない。
しかし、彼女は知らない。
目の前にいるメイドが摩訶不思議な砦の力を使いこなせることなど。
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