34.メイド男爵、砦の脅威のメカニズムに震える


「ええい、星神を解除する! あれは危険な犯罪者だ! ここで排除しなければ後々に禍根を残す!」


 勝ち誇る私たちを前に、あのセクシー女は私をぎらりと睨みつけると何事かを言い出す。

 てっきり降伏するものと思っていた私は逆に驚いてしまう。

 あれれ、煽るのが足りなかったかな?


「ミミン様、いけません! あれはまだ試作段階ですっ!」


「構わん! 全責任は私が持つっ!」


 あの女の人はミミンとか言うらしい。

 彼女は後方に控えた兵士たちと何やら仲間割れの様相。

 しかし、結局は彼女の意見が通ってしまったようだ。


「何やってるんですか? あの人たち?」


 一方の私たちと言えば、彼女たちが何かをしているのを見ているほかない。

 メイメイが殴りこみをかけるのもアリだとは思うのだが、何だか嫌な予感がする。

 さっきのあのわいせつ女の瞳の冷たさは普通じゃなかった。


「ふはははは、待たせたな、メイド女め!」


 そして、敵の隊長みたいな人は大声をあげる。


 彼女の姿は異様そのもの。

 なんせ、腕に長い筒がくっついているのだ。


 それはドラゴンを倒したときに使った、あの46センチ砲によく似ていた。

 もっともそんなに大きいものではないけれど、腕の長さの2倍ほどはある。

 まるで片腕だけ大きい蟹みたいである。


「な、なんですか、あれ!?」


「ふざけてるんですかね? あんなのじゃ身動き取れませんよ?」


 マツとメイメイも首をかしげる。

 確かに、彼女のやりたいことが分からない。


 しかし、その直後のことだ。

 私たちは気づくことになる。

 あのわいせつ女が何をしたいのかが。


「喰らえっ!」


 どぉおおおんっという爆音とともに、彼女の腕から爆炎があがる。

 そして、次の瞬間、私たちの砦につけられたヘッドドレスとリボンが吹っ飛んだ。


「ひぇえええ!?」


 私達は悲鳴を上げて、その場に倒れこむ。

 マツ特製のリボンとヘッドドレスはかなり巨大で質量もそれなりにある。

 それが吹っ飛ばされるなんて、ミミンの武器は危険極まりない。


「今のは警告だっ! 大人しく砦を引き渡さないなら、お前達の体を木っ端みじんにしてやる! もっとも降伏しても、タダでは済まさんがな!」

 

 ミミンはぎらりと瞳を光らせて、冷酷極まることをいう。

 さすがは盗賊の親分である。

 悪党そのものの性格だ。


「そんなもの、私には効きませんよ! 見切りましたからねっ! でりゃあああ!」


 しかし、こっちにも切り札というものがあるのだ。

 それはドラゴンを素手で殴る女、メイメイである。

 彼女ならば隙をついて敵を圧倒できるかもしれない。

 やっちゃえ、メイメイ!

 この際、ぐーで殴ってもいいからっ!


「う、うわっ!? ひ、卑怯ですよっ!?」


 その二秒後のこと。

 彼女は敵兵の持っていた網みたいなものにひっかかる。

 ジタバタもがくも手足を絡め取られて身動きがとれない。


「罠を用意するのはお前達だけではないぞ! ふはは、この野蛮で不可解なガキは後でしっかりと調べてやる!」


 メイメイを捕獲したミミンは高笑いをする。

 ど、どうしよう。

 きのこスープはもうなくなったし、このままじゃやばいよ。


「ここは私と男爵の砦! 私の野望の邪魔はさせませぇええんっ! あふぁっ!? やられたぁあああっ!?」


 私がひるんでいる間に、仕掛けたのはマツだった。

 彼女はモップをもって敵に挑んでいく。

 しかも、である。

 彼女は何もない所で勝手に転んで、敵兵に簡単に捕まってしまう。

 うっそぉお、あの子、運動神経悪すぎる。


「くはははは! メイド、残るはお前ひとりだ! お前は栄光国の奴隷市場に売り飛ばす! 一生、無休で無給のメイドとして生きるがいい! もっともお前が降伏しなければ、この二人が奴隷市場行きだ!」


 ミミンは邪悪な笑みを浮かべ、とんでもない提案をしてくる。

 人を無給でこき使うなんて、最悪の提案である。

 トルカ王国では法律違反であり、本物の悪党しか思いつかないセリフだ。


 しかし、今の私にはどうすることもできなかった。

 唯一の戦力であるメイメイは捕えられ、アイデアを出してくれるマツも目を回している。

 砦は言うことを聞いてくれないし、唯一あるのは私の腰に差したこのハタキ棒だけである。

 私はまるでしがみつくように、ハタキ棒を手に取る。

 どうにかしなきゃ、どうにか……。


「……おっと、あの目障りな旗も落としておかなければなっ!」


 どぉおおおんっと響く爆音。

 そして、私の足元にはあの熊印の旗が転がってきた。

 そう、クマサーン家の旗が。


 焦げ付いた熊の紋章が目に入る。

 ショックで胸が痛い。


「なんてことをするのよ……あんたは」


 ミミンの高笑いが聞こえてくると、頭に血が上っていくのが分かる。

 ど、ど、どっと心臓が脈打つ感覚。


 せっかく私が仲間と一緒にお家を再興したのに!

 あの女、絶対に許さないっ!


 私は所詮はメイドだ。

 無力で無能なのはわかってる。

 だけど、大事な人が捕らわれたまま無抵抗でいるなんてできない。


 私は、私は領主なんだからっ!

 お父さんを超える領主になるって決めたんだからっ!


 奥歯を強く噛みしめた瞬間、ピコーンと言う場違いな音がした。


『シンクロ率が50%まで溜まりました。右腕のみシンクロ可能です。シンクロしますか?』


 目の前に現れる青い画面。

 そこに浮かび出るのは理解不能な文言。


「は?」


 思わず、声が漏れる。

 砦ちゃんの言っている意味は分からない。

 分からないけど、もはや迷ってる場合じゃない。


「するっ! シンクロでもなんでもしてっ!」


 私は叫ぶ。

 二人を助けるためなら、死んだっていいって気持ちで。


『了解。シンクロ率を消費して、右腕を生成します。20秒』


 砦ちゃんの単調な文章が現れた次の瞬間。


「あふぁっ!?」


 私は間抜けな声をあげて突然、すとーんとどこかに落っこちる。

 目の前は真っ暗になり、何が起きてるか分からない。

 分かるのは、私の周囲が地震のように揺れて轟音がしていること。

 

 そして、私が目にしたのは森の緑だった。

 いつもの見上げる角度ではない。

 真正面に見えるのだ。


「な、な、なんだ、貴様、それはぁああああ!?」


 見下ろすと、地面でミミンが大声で絶叫していた。

 何が起きたのか分からないが、私の視点が砦の方に移動しているのである。


「だ、男爵、砦から大きな頭と腕が生えてますよっ!? ぷひゅひゅ、すごい大きいっ!」

 

 続いてマツの絶叫が聞こえてくる。

 その言葉の後半はだいぶ気味が悪いものだったけど。


「は? 頭が生えてる? 腕も?」


 そして、私は気づく。

 私は砦になってしまっているということを。

 動こうにも動けない。

 まるで大地に根を張ったような感覚。


 動くのは砦の側面から生えた、巨大な腕のみ。

 ハタキ棒を握ったソレは、まぎれもなく私の腕だった。


「な、な、なにこれぇえええええ!?」


 思わず絶叫する私。

 どうして頭と腕が生えたのか、これがシンクロってことなのか。

 なんで巨大化してるのか。


「ええい、お前ら、やってしまえ! あの邪悪な化け物を制圧しろ! 二階級特進させてやるっ!」


「ははっ!」


 ミミンに指示された兵隊二人は血眼になって砦の壁を登ってこようとする。

 対する私は動くことさえできない。

 ひ、ひぃ、怖い。

 そもそも、腕が大きくなったからと言って私の武器はハタキ棒である。

 こんなのホコリを払うのにしか使えないわけで。


「だ、男爵! そいつらをホコリだと思ってはたきおとしてくださいっ!」


 私がひるんだのに感づいたのだろうか、マツが捕まった姿勢のまま大きな声をあげる。 

 そ、そうだよね、壁を登ってくる悪者は、壁についたホコリと同じなのだ。

 それになんだか胸のあたりがムズムズするし!


「どこ触ってんのよ、このバカ! 私のハタキ棒を喰らいなさいっ!」 


「ふぐはっ!?」


 巨大ハタキ棒の渾身の一撃! 

 二人の兵士はまるで強風にあおられたかのように吹っ飛んでいく。

 なるほど、このハタキ棒はものすごい風を巻き起こすものだったらしい。


「おのれ、面妖な術を使いおって! 私が相手だっ、伯爵家の亡霊がぁあああ!」


 ミミンは目を三角にして、こちらに例の攻撃を仕掛けてくる。

 どぉん、どぉんっと轟音が響く。

 その弾が当たっているのか、体がしびれるように痛い。


 だけど。

 だけど、耐えられないほどじゃない。

 ふふふ、ピカピカに磨き上げた、私の砦ちゃんは固いのだっ!


「お掃除の邪魔ですよっ、ご主人様ぁああああ!」


 私は渾身の一振りを彼女にぶちかます。

 領主としてこの土地を、領民を守るために!


「こ、こんなものに、メイドごときにぃいいいいいい!?」


 ミミンはハタキ棒の風圧に負けて、吹っ飛んでいく。

 腕の武器は衝撃に負けたのか空中で分解されるのだった。


「き、気持ちいいぃいい!」


 その時に感じた爽快感を私は忘れない。 

 溜まりに溜まったホコリを一気にはらい飛ばすような、そんな快感!

 あぁ、砦になるのも悪くないなんて私は思ってしまう。


 何はともあれ、お掃除は必ず勝つのだっ!


「はわわっ!?」


 次の瞬間、私と砦ちゃんのシンクロは解除され、私は地上へと投げ出された。

 なるほど、あの20秒って言うのはこのことだったのか。


 私は急いで縛られたマツとメイメイを救出。

 ロープさばきもメイドの得意分野の一つである。

 

「男爵、かっこよかったですよっ!」


「お師匠様! 最強ですよっ!」


 二人は感極まったのか、私に抱き着いてくる。

 敵に捕まるなんて初めてのことだったし、ひょっとしたら怖かったのかもしれない。


「ぬぉおおおお! こ、このメイドが……」


 勝負は決したのに、なおも食い下がろうとミミンは起き上がる。

 彼女の服はボロボロに裂け、かなりセクシーな状態。

 顔は紅潮して怒りがマックスという様子だったけど。

 

「体力勝負なら私が相手になりますよ? 次は首を直角に曲げます!」

 

 そこで本領発揮するのがメイメイだ。

 彼女は指をぽきぽき鳴らして邪悪な笑みを浮かべる。

 そして、近場にあった立て看板にどごぉんっとパンチを食らわせて粉々にした。


 ちょっとぉおおっ、それ、私が苦心して立てた奴じゃん!?

 私の村人募集看板!

 なんでどいつもこいつも私の作ったものを壊すのか。


「ひ、ひぃいい。こ、殺さないでくれ。分かった、見逃してくれ、頼むから。こらっ、起きろ! 撤収だ!」


 メイメイの破壊力を目の前にしたミミンは一瞬で戦意喪失。

 あたふたした様子で足元にいる面々を無理やり立たせ始める。


 毒消しを受け取った兵士の何人かは、私たちに感謝の意を述べたりもする。


 そして、愚連隊のみなさんは夕日を背にトボトボと帰り始めるのだった。

 いかにも敗軍って感じである。お疲れ様。


「あ、このざこ、吊るされたままじゃん」


 そして、私は気づくのだ。

 ミニマムが砦の壁に吊るされたままだったことに。

 置いてけぼりにするんだなんてひどいなぁ。

 そんなわけで私はメイメイにミニマムを運んでもらうのだった。

 感謝されなかった。

  

 と、まぁ、ここにおいて、私たちの強盗団からの防衛戦は勝利に終わったのである。

 やったね!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る