33.メイド男爵、敵兵を煽りに煽る

「マツ、いいこと思いついた! こいつをアレにしちゃおう!」


 ふくらはぎを抱えてのたうち回るマックスこと、ミニマム。

 先ほどのまでの高級貴族とやらの面影はどこかに吹き飛んでいた。


 彼を見下ろしながら、私はとびきり素敵なアイデアを思いつく。

 そう、できるだけ人死にを出さずに敵を撤退させる、いいアイデアを!


「ふふふ、とびきりのスープを召し上がれ!」


 私はお鍋からスープをすくうと、のたうち回るマックスのところへ向かう。


「な、なんだ、お前は!? 何を持ってる!? やめろっ、近づくな! ひぃっ」


 マックスはこちらの意図に本能で気づいたのか、ひぃひぃ言って抵抗する。

 しかし、こちらだって剣で脅されたのだ。

 ちょっとぐらいお仕置きしてもいいよね。


「マツ、この人を抑えてて!」


「はいっ! ほらほら、悪いようにはしませんよ!」


「さぁ、ミニマム、たぁんとおあがり!」


 そんなわけで私は奴の口に例のキノコスープを流し込む。

 ちょっと冷めちゃってるから飲みやすいはず。

 たぁんとおあがりよ!


「やめっ、俺はマキシぐふっ!? おごふっ!? ぴ」


 絶妙な加減でスープを飲み込む、ミニマム。

 奴は高い音を発したかと思うと、一瞬だけにやっと笑う。

 それっきり白目をむいて動かなくなった。

 顔はいいのに禍々しいまでの笑顔でちょっと怖い。


「ひぇええ、死んでない? 笑いタケじゃなかったの?」


「大丈夫です。ただ、気絶してるだけです! たぶん!」


 マツはミニマムの口に手を当てると呼吸を確認する。

 よっし、生きてるのならいいのさ!

 生きていれば、きっといいことがあるから!


「そおりゃあああ!」

  

 私はいつぞやのロープを取り出すと、ミニマムをぐるぐる巻きにする。

 メイドたるもの、ロープ使いはお手の物である。

 

 そして、奴を砦の壁からつるし、大きな声をあげた。


「あなたたち、この男を返してほしければかかって来なさい!」


 砦の淵に立っての啖呵である。

 自慢じゃないが、今日イチのいい声が出たと思う。


「ぬあぁ、あ、あれはマックスだぞ!? 口から泡を吹いてる!?」


「おのれ、人質を取るとは卑怯なメイドめ! 取り返せっ!」


 声をかけられた男たちは私たちを指さして声をあげ、怒涛の勢いでこちらに向かってくる。

 そりゃそうだよね、この男、どこぞの貴族のご子息と名乗ってくれたのだ。

 人をひきつけるにはぴったりのはず。


「貴様ら、何をやっている!? 持ち場に戻れ!」


 あちらの隊長さんらしき人は兵士の人たちに怒号を飛ばす。

 しかし、もう遅い。

 烏合の衆と化した彼らを止められるわけがない。


「メイメイ、そろそろ戻っておいで!」


「はいっ! てめぇら、次に会った時は覚えてろよ!」


 外で奮戦していたメイメイに合図を送ると、彼女は捨て台詞を吐いて戦線から離脱。

 当然、相手を失った兵士たちもこちら側に殺到してくる。


「うぉおおおお! ガキがぁああ!」


 怒り狂った砦の兵士たちは統率不能状態。

 ほとんどの兵士が砦の前に集まり、ミニマムを返せと大合唱だ。


「こうなったらしかたない、敵は三人だ! 壁を登れ!」


 興奮する兵士たちを制御しきれないと思ったのか、あの女の人は諦め顔で突撃の号令をかける。

 うふふ、待ってましたよっ!



「それじゃあ、皆さん、楽しいランチタイムの始まりですよっ!」


 私は砦の淵に立つと、鍋の中にお玉を入れる。

 もちろん私の愛情たっぷりのキノコ汁である。

 そして、下にいる連中一人一人に最適なお召し上がりルートを考える。


「なんだ、鍋なんか持ってきやがって!」 


「そんなもので許してもらえると思うなよ!」


「胸元の開いた頭悪そうなメイド服着やがって!」


 私が一人一人を観察していると、兵士たちはやいのやいの野次を飛ばす。

 その中には聞くに堪えないような罵詈雑言まで入っている。

 こんにゃろう、私だってこのデザインのメイド服を着たくて着ているわけじゃないんだけど!


「さぁ、お残しは許しまへんでぇっ!」 


 私は鍋にお玉を入れると、しゃばあっとスープを空中に飛ばす。

 しかし、それは決してめちゃくちゃにまき散らしたのではない。

 

 一人一人にしっかりと当たるように、できれば彼らの口に入るように調整したのである。


「ほら、あーんしてっ! ご主人様ぁあああっ!」

 

 メイドたるもの、ご主人様のお口にあーんをして食べさせるのは伝統的な務めの一つ。

 もっとも、私はそういうことをやらされる前にこの砦に来たわけだけど。

 すなわち、私のファーストあーんである。

 本当は高貴な身分の方のみが受けられる「あーん」だったのだ。

 名誉なことだと思って欲しい。


「な、なんだ、ひ、いひひひひひひひひひひひ」


「おい、お前なにを笑って、あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」

 

 結果。


 キノコスープを喰らった面々は皆、大笑いをし始める。

 マツいわく、かなり危ない笑いキノコとのことだが、ちょっと口に含んだだけでこれか。

 ミニマムがスープを一口飲んだだけで気絶するのも頷ける。


 砦の下はまさに阿鼻叫喚。

 兵士の皆さんは大笑いして、それから、ばたばたと倒れ痙攣し始める。


「お師匠様、さすがですっ! まさに地獄です! ははははは、兵隊がゴミのようです!」


 死屍累々の様子を見て、お腹を抱えるメイメイ。

 この子、頭のネジが数本飛んでるみたいである。怖い。


「な、何が起こっているんだ!?」


 リーダーと思わしき、あのセクシー女の人は後ろの方で呆然と立ち尽くしていた。

 実を言うと、彼女は狙わずにいたのだ。

 停戦交渉をする相手だと思うから、敢えて残しておいた。


 彼女は倒れた兵士の顔をぺちぺちと叩き、「起きんか、バカ者ぉおお」などと怒っている。

 しかし、相手は何の返事もしない。


「あんたの兵隊は全部倒したけどぉ? ご自慢のざこざこ兵隊を連れて、そろそろ帰ったらぁ? 必要なら毒消しもあげるけど、ほしい? このざぁこ?」

 

 ここで私は撤退勧告へと踏み出す。

 本当ならば、私たちをバカにした彼女にも痛い目に遭ってほしい。


 しかし、相手を全員戦闘不能にしてしまうと、なかなか面倒なのである。

 普通にモンスターのエサになりかねないし、さっさといなくなって欲しい。


 さらに心優しい私は毒消しを用意しようじゃないかと余裕さえ見せる。

 ふふふ、これでこの人たちも改心してくれるかもしれないよね。


「ひぃいい、煽り過ぎてますけど大丈夫ですか? てか、男爵の煽り方ってそういう方向なんですか?」

 

 マツは私の降伏勧告について、ごちゃごちゃと何かを言ってくる。

 そりゃあ、こっちは殺されかけたのだ。 

 ちょっとぐらい、煽ったって罰は当たるまい。


 ちなみに罵倒や挑発はメイド訓練でたっぷりと指導された。

 教官いわく、最近のメイドは奉仕だけではなく、罵倒もできなければならないとのこと。

 罵倒によってご主人様を発奮させることも使用人の務めなのである。

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