32.メイド男爵、マックスと対決する!
「連中は砦の扉に魔法弾を打ち込んでるみたいです!」
様子を観察していたメイメイが大きな声をあげる。
魔法弾とは特殊な魔道具から、魔法の弾を打ち込んでくるやつである。
衝撃とともに対象を破壊するとかいう危険なやつ。
くぅうう、それにしても何で私のお腹が痛むわけ?
動けないほどじゃないけど、誰かに殴られているみたい。
「大丈夫でしゅこーっ、、扉は私が魔道具で補強したのでちょっとやそっとじゃ破られません! それよりきっと、連中は屋上からも入ってくると思いましゅこーっ!」
ここで思った以上に冷静な判断を見せたのがマツだった。
ふぅむ、仮面をかぶったらまともな思考回路になるのだろうか。
正直、一生、かぶっててほしいよ。
いや、喋るのが大変そうだから、やっぱり脱いだほうがいいか。
「そうなると、厄介なのは魔法弾を飛ばしてくる奴らだよね」
マツは屋上を守るべきと言うが、遠隔攻撃を仕掛けてくるやつがいるのである。
魔法弾とかいう武器で、屋上にいたら狙い撃ちされる可能性がある。
「それじゃ私はそいつらをやります! 大丈夫です、ぐーで殴りますから死にません!」
「な、何が大丈夫なの!?」
メイメイは敵と戦えると知ってなぜか喜び、「ここが貴様らの墓場だぁああ」等と声をあげて外へ出て行く。
あんな幼女に一番危険な役を任せるなんて気が引ける。
だけど、正直、私よりも強いのでしょうがない。
あと、人はグーで殴っても打ちどころが悪ければ死ぬよ!?
「はぁっはっはっ! 我が名は世界の強者に死をもたらす冥途拳の使い手、メイメイ! 貴様らの汚れた魂を我が暗黒拳(ダークソウルナックル)で掃除(きゅうさい)してやろう!」
外からはメイメイの元気そうな声が聞こえてくる。
相変わらず、名乗りをあげないと戦えないらしい。
そこはかとなく感じる、十四歳の香りは今日も健在だ。
「なんだこの幼女は!?」
「うぉっ、強いぞっ!?」
「メイド拳だと!?」
さらには悲鳴を上げる敵の兵士の皆さんの声も。
メイメイはドラゴンを素手で殴る女。
死なない程度にお願いしますよ。
「私たちは屋上に行きましゅこーっ! メイメイが敵を集めてきたら一気にキノコスープでしゅこーっ!」
マツはそう言うとキノコスープの入った鍋とお玉を持って屋上へと向かう。
私は念のためにモップを装備する。
お願いだから、誰もいませんように!
「ふははは、俺が一番のりだっ!」
しかし、私の祈りは天には届かない。
っていうか、十四歳以降、まともに届いたためしがない。
屋上には金髪の男の子が立っていて、悪役みたいな声をあげていた。
まっさきに死にそうな奴のセリフである。
「マックス! 隊列を乱すな! 敵がいるかもしれんだろうが!」
下の方から、先ほどの女の人の声が響く。
この人はどうやらフライング気味に砦に登ってきたらしい。
一番乗りだと褒章が出ると目論んでいるのかもしれない。
「何よ、あんた! ここは私たちの領地よ! さっさと出て行きなさい!」
「そ、そうでしゅこーっ……」
とにかく啖呵を切ることだけなら一人前である。
私は彼にここから立ち去るように警告をする。
これでもしも暴れるって言うのなら、黙っちゃいないよ。
「何だ貴様らは!? メイドと仮面の変態が俺の邪魔をするな!」
しかし、私の警告などなんのその。
男は腰に差した剣を抜くと、私たちにそれを向ける。
すなわち、敵意満々ということである。
「死ねぇっ!」
さらには一瞬の躊躇もなく斬りかかってくる。
その対象はマツだ。
おそらく、こんな場面で仮面をかぶっていることに腹が立ったに違いない。
気持ちはわかるよ。分かるけど、暴力はダメでしょ!?
「ひきゃぁあっ!?」
マツは男の剣を間一髪で避ける。
素晴らしい反射神経。
「ふははは、死ぬ前にその顔を見せてもらうぞ!」
いや、マツが避けたのではない。
男の狙いは最初からマツの仮面だったのだ。
彼の剣の切っ先はマツのかぶっていた仮面を弾き飛ばし、マツの顔が顕わになるのだった。
「目が、目がぁあああ!?」
暗い仮面の中から突然明るい世界に視界が開けたからか、マツは目を抑えて苦しんでいる。
そもそも彼女はかわいい顔をしているのだ。
仮面なんかかぶる必要はないと思うのだが。
「お、お前は!! ぷっ、ははははっ! これは傑作だ! まさかあのマツ・ド・サイエンがこんなところにいるとは!」
斬りこんでくるかと思ったら、男はなぜかマツの顔を見て笑い始める。
マツの名前さえ知っている様子。
「し、知り合いなの?」
驚いた私はマツの方を見るも、彼女は茫然自失とした表情。
どうやら二人の間には因縁があるのかもしれない。
「メイド、学のないお前は知らないだろうが、この女は栄光国の魔導研究所の試験で不正を働いた卑怯者なのだ! こんなところに潜り込んでいるとはな」
男はマツを指さして、顔を歪めて大いに笑う。
その様子はかなり嫌味ったらしい。
「そ、それはあなたがっ……!」
マツは男に反論しようとするも、言葉が続かない。
その顔は紅潮していて、目には涙を浮かべている。
ぐぅむ、なんだか複雑なことがあったみたいだぞ。
「俺は栄光国の高級貴族、レーディンガー家の跡取りにして国家戦略室の荒獅子、マックス・レーディンガー! 貴様ら愚民とは生まれてきた世界が違うのだっ! さぁ、ここで死ぬか、命乞いをするか選べ!」
男はここで名前を名乗ると、邪悪な笑みを浮かべる。
その口ぶりからして、かなり性格が悪いのが見て取れる。
それに自分のことを高級貴族なんて言うやつにまともな奴はいない。
たぶん、この人、自分の生まれを自慢しがちな嫌な奴にちがいない。
「レーディンガーだか、何だか知らないけど、マツはそんな卑怯者じゃない! 私の領民をバカにすると、黙っちゃいないよっ!」
私はモップ片手に一歩前に出る。
そう、私は怒っていたのだ。
マツは確かに変人だし、口は悪いし、思い込みが激しいし、反乱分子の気配もある。
そもそも、近寄りがたい大きいもの中毒の変態である。
だけど、大事な領民なのだ。
私の右腕であり、頼りにしている仲間なのである。
それを卑怯者だなんて許せない。
「メイドのくせに領主気取りか! よっぽど死にたいらしいな」
奴は剣をぎらりと光らせて、私を威嚇する。
ひぃいい、やっぱり怖い。
今更だけど、モップじゃ勝てないよね!?
「だだだだ、男爵、あいつの足元、泥汚れがすごいですよっ!?」
そんな時だった。
私の後方からマツの声が響く。
そう、彼女は見抜いていたのだ。
奴の足元の泥汚れを!
それはマックスが砦に登ってきたときに外から持ってきてくれたものだった。
ぬっちゃりした下品な泥汚れである。
せっかく、私が掃除したのに!
ピカピカになるまで磨いているのに!
あんた、貴族なんでしょ、もっとお行儀よくしなさい!
「せりゃあっ!」
私はモップを槍のように構えると、渾身の力をもって足元を蹴る。
世界が止まって見えるほどの神速のモップ。
目指すは、奴の足元の泥汚れ!
ずささささささ!
奴の剣などまるで置き去りにするかのような動きで、私のモップは汚れをとらえる。
1秒間に16回のモップ往復。
スイカぐらいなら爆発させることも可能な、まさに魂のモップさばき!
私ってば掃除のことになると、常人の三倍速く動けるのである。
「ぬがぁああっ!? 足が、俺の足がぁあああ!?」
ラッキーなことに泥汚れだけじゃなくて、奴の足にモップがクリーンヒット。
私のモップは頑固な泥汚れを一撃で屠るパワーを持つ。
人の足に当たったら、多分きっと骨まで響く。
案の定、男は足首を押さえてのたうち回るのだった。
「お、折れりゅうううう!?」
その姿はもはやマックスなんて威厳のある名前ではない。
どっちかというと、ミニマムって感じである。
私たちは悲鳴を上げる彼をどうしたものかと見下ろすのだった。
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