36.ミミン様、星神を起動するも派手にやられちゃう
「かかれっ!」
「ははっ!」
兵士たちは訓練通りに整列をして、威勢のいい声をあげる。
あの砦は伝説の超古代文明の遺産なのだ。
今回の作戦に成功した暁には、大量の褒賞が与えられると伝えられている。
相手が数人であっても、気合が入るというものだろう。
「ミミン長官、扉がなかなかに固く、破れませんっ! 特殊な加工がしてあるようです!」
数分後、正面を責めている兵士から思わぬ言葉が返ってくる。
正面の扉を破るのが難しいとのことだ。
しかも、それだけではない。
敵は隠し玉を用意していたのだ。
「はぁっはっはっ! 我が名は世界の強者に死をもたらす冥途拳の使い手、メイメイ! 貴様らの汚れた魂を我が暗黒拳(ダークソウルナックル)で掃除(きゅうさい)してやろう!」
砦のメイドはあろうことか、子供を戦線に投入してきたのだ。
年端も行かない少女である。
まともに相手をすることがためらわれるほど幼い。
あのメイドは何を考えている、子供を戦場に立たせるとは。
ミミンは奥歯をぎりりと噛みしめる。
しかも、その子供はただの子供ではなかった。
「なんだこのガキは!?」
「うぉっ、強いぞっ!?」
「メイド拳だと!?」
魔法弾を放つために後方に控えていた部隊に拳で挑んでいったのだ。
腕に自信があるらしく、大人の男たちが次々と吹っ飛んでいく。
ミミンはあんなに強い少女など見たことがない。
あれは子供に見えて、若見えするドワーフ族か龍人族のたぐいではないかと予測する。
なるほど、敵もさるもの引っ搔くもの。
メイドが鷹揚に構えているのも、正面扉の防御力とあの凶暴な少女によっているらしい。
「ふはは、なかなかやるではないか!」
ミミンは嬉しそうに笑う。
確かに、厄介な相手ではある。
しかし、舐められては困る。
今、行っているのは戦争なのである。
一対一の武力でどちらが強いかというような単純なものではない。
戦術はいかようにも変化させられるのだ。
まずはあの娘を袋叩きにして、取り押さえればよい。
そして、それを人質にして、砦の扉を開かせればよいのだ。
「長官殿、マックス・レーディンガーが単身、乗りこみました!」
ほくそ笑むミミンであったが、予想外の事態が起きてしまう。
国家戦略室の若きエリート、マックス・レーディンガーが一人で砦に乗り込んだというのだ。
若さゆえの拙速さなのか、功を焦ったのか。
壁を登るのが上手いのはいいのだが、一人で抜け駆けをするとは予想だにしていなかった。
とはいうものの、その蛮勇さは嫌いではないとミミンは思う。
敵は所詮数人にしか過ぎないのだ。
奴ならばメイドの数人など、すぐに切り伏せてしまうかもしれない。
非戦闘員であるメイドを斬ることは主義に反することだが、あのメイドは身の程をわきまえない腹の立つ存在だった。
逆上したマックスに処断されたとしても、目をつぶろうと考えていた。
しかし、数分後、彼らエリートたちが目にしたのは予想外のものだった。
「あ、あれはマックス!?」
「口から泡を吹いてるぞ!?」
マックスが縄で縛られて、砦の壁からつるされているのである。
その顔は白目を向いており、尋常の事態ではないことがわかる。
砦の屋上で何があったか分からないが、あのメイドにやられたことは確かだ。
ミミンは自分がやろうと思っていた人質の活用を、あろうことかメイドに実行されたことに酷く憤慨する。
「あなたたち、この男を返してほしければかかって来なさい!」
憎たらしいメイドの声が辺りに響く。
挑発につられ、部隊の面々の注意は一気にそちらの方に向く。
「おのれ、人質を取るとは卑怯なメイドめ! 取り返せっ!」
壁を登るために待機していた部隊だけではなく、扉の前で苦闘していた部隊も、さらには後方にいた部隊も壁際に集まる。
マックスを返すように怒号を飛ばす彼らはまるで魔法にかかったかのようだ。
ミミンはメイドの優れた挑発に舌打ちをする。
「貴様ら、何をやっている!? 持ち場に戻れ!」
戦場で一か所に集まるのは最も愚かなことだとされる。
狙い撃ちにされて、一網打尽にされかねないからだ。
彼女は慌てて声をあげるも、ヒートアップしている兵士たちには届かない。
「こうなったらしかたない、敵は三人だ! 壁を登れ!」
兵士たちが言うことを聞かないなど、未曽有の事態である。
ミミンはそれでもまだ冷静に判断できる脳を持っていた。
彼女は部隊に作戦の変更を伝える。
屋上への総攻撃をもって攻め落とすことにしたのだ。
メイドたちは多勢に無勢となり、手も足も出ないだろうと踏んだのである。
もちろん、多少の反撃は予想しているが、一気に登ってしまえば問題はない。
しかし、彼らは理解不能な事態に遭遇する。
「それじゃあ、皆さん、楽しいランチタイムの始まりですよっ!」
メイドが砦の屋上に立っているのだが、彼女の腕には鍋が抱えられているのだ。
多少の反撃が来るかと思っていたが、何のつもりだろうか。
古来より熱い湯をかける戦法があるのは知っている。
しかし、それでも十数人の部隊に通用するはずがない。
彼らは多少の熱でも大丈夫な特殊軍服とヘルメットを着用しているのだから。
「さぁ、お残しは許しまへんでぇっ! あーんしてっ、ご主人様!」
なぜか猛烈に口を開きたくなる号令とともに、メイドは空中に何かを飛ばす。
それは鍋の中に入っていたスープか何かだろうか。
これはただの嫌がらせ行為だ。
メイドは恐怖のあまり、やぶれかぶれになってしまったのだろう。
「ははっ、頭でもおかしくなったのか?」
ミミンはその様を見て苦笑してしまう。
最後の悪あがきにしても、なんと情けない行為であろうかと。
メイドを捕縛した後は、その主人に多額の賠償金を請求しなければならない。
あのメイドにはお仕置き、いや教育を施してやろう。
勝利を確信したミミンは勝利を前にほくそ笑んでいた。
「な、なんだ、ひ、いひひひひひひひひひひひ」
「おい、お前なにを笑って、あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」
だが、彼女が見たのはこの世の地獄のような光景だった。
部隊の面々は笑いだし、十数秒後には失神したのだ。
ミミンは理解する。
あのメイドは毒を撒いている。
それも神経に働きかける強力な毒であり、マックス・レーディンガーが失神しているのもそれであることも。
鬼のように強い幼女による攻撃も実のところは陽動であり、罠だったのだ。
ミミンは敵の本質を見誤った自分に強く歯噛みする。
あれはただのメイドではない。
まるで、砦を死守する領主のような存在なのだ。
ミミンはやっとメイドが本当のことを言っていたことに気づく。
死屍累々となった状態を見て、メイドはにやりと笑う。
そして、涼し気な笑みを浮かべて声をかけるのだった。
「あんたの兵隊は全部倒したけどぉ?」
メイドの言葉はあきらかにミミンを挑発するためのものだった。
無事にすんでいるのは彼女を含めてわずか数名。
それ以外は皆、うめき声をあげている。
どこからどう見ても敗戦だった。
「ご自慢のざこざこ兵隊を連れて、そろそろ帰ったらぁ?」
「ぐぅううっ!? 雑魚だとぉおっ!?」
ここにおいてミミンは背筋に未知の感覚が走るのを感じる。
メイドに罵倒され、挑発されているにも関わらず、それを心地よいと思ってしまう感覚だ。
もちろん、理性ではありえないと分かっている。
だが、ザコ扱いされることのなかったエリートである彼女は罵倒への耐性が極端に低かったのだ。
「必要なら毒消しもあげるけど♡? ほしい♡? このざぁこ♡?」
メイドの言葉を浴びるうちに、彼女の語尾に愛情さえ感じられる始末。
おのれ、このメイドは魅了魔法でも使えたのか。
このメイドに敗北してしまいたいとさえ思ってしまう。
敗北こそが正解、敗北こそが勝利だという気さえしてくる。
ミミンは突然の精神攻撃に打ち震えるのだった。
「うぉおおおお! な、何を貴様、このメイドが私をたぶらかしおって……」
ミミンは大声をあげて自分にまとわりつく雑念を振り払う。
そして、自分に言い聞かせるのだ。
このまま手土産もなしに、国に帰ったらどうなることだろうかと。
おそらく、上役に白眼視されることになる。
無能の烙印を押されて左遷される可能性すら浮上する。
「ええい、星神を解除する! こいつはここで排除しなければ後々に禍根を残す!」
ミミンはここにおいて決断をする。
念のために持ってきた、星神から取り出した武装をここで使うというのだ。
それは古代の叡智の結晶であるが、まだまだ試作段階の代物だった。
魔力が暴走して自爆する可能性もある。
当然、部下たちは使用を渋るのだが、ミミンには後がない。
無理くり自分の命令を通すのだった。
異形の姿となったミミンは砦の攻略を開始する。
唯一の懸念だった敵の幼女はあっけなく罠にかかり、オレンジ髪の娘も捕獲。
残るのは唯一、桃色髪のメイドのみとなる。
こうなればあとは簡単だ。
「栄光国をこけにした報いだ。生き地獄を見せてやる」
ミミンは嗜虐的な笑みを浮かべる。
しかし、その後、彼女が見たのはわけのわからない光景だった。
「な、な、なんだ、貴様、それはぁああああ!?」
目の前の砦に巨大な頭が生えたのだ。
さらには巨大な腕も一本生えている。
それは確かにメイドのものに違いなかったが、巨大すぎる。
まるで砦が胴体にでもなったかのような様相を呈していた。
ミミンは部下を砦に突撃させるも、ハタキ棒に一閃されて吹き飛ばされてしまう。
残るは彼女一人である。
「おのれ、面妖な術を使いおって! 私が相手だっ、この伯爵家の亡霊がぁあああ!」
どぉん、どぉんっと星神の武装を連発するミミン。
それはまだ試作段階ではあるが岩をも砕く、強力な武装である。
当然、普通の砦であれば壁が崩れ、木っ端みじんになるはずだった。
しかし、目の前の砦は砕けなかった。
痛みはあるのか、メイドは憮然とした表情でこちらを睨みつけてくる。
巨大なメイドに睨まれたミミンは背中にぞくりと嫌な予感を感じる。
ドラゴンに対してさえ感じたことのないプレッシャーをそのメイドは放っていたのだ。
「掃除の邪魔ですよっ、ご主人様ぁああああ!」
「こ、こんなものに、メイドごときにぃいいいいいい!?」
そして、強力な風にミミンは吹っ飛ばされる。
しかも、魔力か何かを帯びているのか、彼女の武装は空中分解するのだった。
ぼろぼろの状態で地に突っ伏すミミン。
彼女はぐぐぐと歯を食いしばる。
こんなところで負けられない。
あんなメイドには負けられないと力を振り絞る。
「ぬぉおおおお! こ、このメイドが……」
「体力勝負なら私が相手になりますよ? 次は首を直角に曲げます!」
そんな彼女の心をへし折ったのは、あの年端も行かない少女、メイメイだった。
どうやらメイドが助けたらしい。
彼女は指をぽきぽき鳴らし、近くにあった立て看板を吹っ飛ばす。
それは大きな音をたてると粉々になってしまう。
尋常の力ではない。
この幼女に殴られれば骨が砕け、脳が飛び散り、即死するだろう。
「ひ、ひぃいい。こ、殺さないでくれ。分かった、見逃してくれ、頼むから。こらっ、起きろ! 撤収だ!」
ミミンは理解したのだ。
このメイドとその取り巻きを相手にすることは危険であると。
特にこのメイメイという幼女は尋常のものではない。
殴り殺される未来がありありと見える。
「お、おのれ、おのれ、おのれぇえええええ!」
敗走の中、ミミンは復讐を誓う。
必ずやこの砦を攻め落とすことを。
そして、こんな目にあわせてくれたメイドを許さないと誓うのだった。
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