29.メイド男爵、変な奴らが来ましたよっ!



「うふふ、美味しくなぁれ!」



 お腹が空いては戦はできぬと昔の人はよくいったものだ。

 人間、まずは美味しいものを食べることだよね。


 今日はとても天気が良く、食材調達も上手くいった。

 砦の一角でとびきり美味しそうなキノコをゲットしたのである。

 この間の反省を活かして、地味な模様の地味キノコである。

  

 くふふ、今日のお昼はキノコスープに決まりだよ!


「男爵、なんだか気になる情報が出てきましたよっ!」


 出来上がったスープを味見しようとしていた時のことだった。

 古代遺跡の解読作業をしていたマツが大きな声をあげて走りこんできた。


 ほうほう、気になる情報って何だろうね。

 私は鍋の火を消して、一旦、例の小部屋へと向かうことにした。

 スープはちょっと時間を置いておいた方が味がしみて美味しくなるものだ。


「見ててくださいよ、私、ここの文字が読めますよ、たぶん!」


 マツは壁に描かれた文字を指さし、解読結果を披露するという。

 なるほど、確かに気になっていた情報だ。


「この……かべは……動かせませ……ん……!? わかってるわい、そんなこと!」


 マツが解読したのは、見れば分かる情報だった。

 砦を作ったのは相当ユーモアのセンスに富んでいたのか、はたまた嫌味な奴だったのか、どっちだろうか。

 そもそも、動かせないなんてわざわざ伝えるべきこととも思えないのだが。


「なかなか使える情報がありませんねぇ」


 マツはボロボロになった研究書を片手に溜息をつく。

 まぁ、相手は古代要塞なのだ。

 すぐに解読できるのもおかしい。

 それに、謎が多い方が燃えるってものでしょうよ。


「そ、そうですよ! 私の解読作業は始まったばかり! メイド男爵の癖によくわかってるじゃないですか! ぬはは、早く、巨大要塞をばすばす動かしたいですね!」


 落ち込むマツの肩をさすってあげると、なんだかすごく喜んでくれた。

 ふふ、チョロい、チョロい。


 とはいえ、こんなに難しい文字を読めるなんて大したものだ。

 マツは自分のことを優秀なエンジニアだなんて言っていた。

 正直、眉唾ものだと思っていたのだが、中々どうして、本当だったのかもしれない。


「マツがこの砦に来てくれて嬉しいよ。てか、マツってここに来る前に何してたの?」


 思わず頭の中に浮かんできた素朴な疑問を口にしてしまう私。

 マツって優秀っぽいのに、どうしてこんな辺境をぷらぷら旅していたのだろうか。

 十代半ばと言えば、仕事とか、学業とかに精を出しているのが普通なのに。

 そりゃあ、変な奴だからって言われればその通りなんだとは思うけど。


「そ、それは……ひ、秘密です……」


 私の質問にマツは一瞬、唇をきゅっと閉じる。

 それから、彼女は言葉少なに口ごもってしまうのだった。


「秘密なんかい……」


 どうせ「あ、それ聞いちゃいます? デュフフ」みたいな反応だろうと思っていたのだが、意外すぎるリアクションだ。

 あっちゃあ、ひょっとしたら聞かれたくないこと聞いてしまったのかも。

 たぶん、へまをして追放されたのだ、そうに違いない。


「ま、そんなことはいいや! とりあえずは現状を再確認するよ。砦ちゃん、青い画面、オープン!」


 マツの表情から何かを悟った私は強引に話を変えることにした。

 例の青い画面を呼び出して、それをじっくり眺める。

 最初の頃は驚いていたが慣れたものである。


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【サラの砦ちゃんのステータス】 


 ランク:トリデンメイデン

 素材:頑丈な岩

 領主:サラ・クマサーン

 領民:2

 武器:なし

 防具:なし

 特殊:リボン・ヘッドドレス・ドラゴンタトゥー

 シンクロ率:20%


 次の起動には10万ゼニー必要です

 

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 領民の数が増えたこと以外に大した変化はなさそうだ。

 そして、相変わらずの10万ゼニーの表記。

 前回、武器をぶっぱなしたら10万ゼニー消えたらしい。


 一体全体、10万ゼニーとは何なのか?

 マツとあれこれやっていたら、いつの間にか蓄積されていたのだ。

 どうやってたまったのか、何が原因だったのか、さっぱり分からない。


 ぐぅむ、もしかして、人助けをすると増えるとか?

 まさかなぁ、定義があいまいすぎるし。


 分かっているのは領民が増えると、領民ボーナスとして砦が強化されることだ。

 とはいえ、メイメイが一人加入しただけでは領民ボーナスは発生していないってことらしい。

 ぐぅむ、たかだか一人増えただけでは渡せないってことなのかな。


 つまり、領主としていえるのは、もっともっと領民が増える方法を模索していかなければならないってことである。

 最低でも10人ぐらいは欲しい所だよね。


「はぁい、はぁあい! お師匠様、私にいいアイデアがあります!」


 ここで明るい声をあげるのがメイメイだ。

 子供ならではの天真爛漫な解決策を教えてくれるかもしれない。

  

「近隣の村を襲って、人を連れてきましょうよ! ヒャッハー、悪い子はいねぇがぁあって! 鬼の仮面をつけて盛大に襲いましょう! 包丁をもって脅せば一発ですよっ!」


「あほか! できるか、そんなこと!」


「お、襲うのは悪い子だけですよ!? その子たちには謎の棒を回させる謎の仕事をさせるんですよ!?」


「悪い子でも、そんなことさせちゃダメ!」


 倫理感もへったくれもない提案だった。

 鬼の仮面って何だか知らないけど、そんなので現れたら子供が泣くでしょ。

 それに、いくら悪い子でもさらっちゃダメである、脅すぐらいにしなきゃ。


 もちろん、却下である。

 いくら領民が欲しいからって、私、そこまで人間終わってないからね。


 そもそも、奴隷が回す謎の棒って何なのよ。

 流行ってるのそれ?

 

「えぇええ、意外ですぅ。お師匠様は目的のためなら手段を選ばないタイプだと思ってましたのにぃ」


 私の反応に本気で驚くメイメイ。

 あんたの頭の中で私のイメージ、どうなってるのよ。

 「もっと心を込めて回さんかーっ!」なんて奴隷を鞭うつ暴君にでもなってるのか。


「ふーむ、近隣の街村人募集の告知をするのもいいかもですね。ドラゴンの素材も売りに行かなきゃいけませんし、王都に行くのもいいかもですね!」


「ほうほう、ナイスアイディアじゃないかね、マツ君! 君はやればできる子じゃないか!」


「ひへへ~、誠に恐縮です~」


 マツの割にまともな提案をしてきたので、よい子よい子してあげるのだった。

 そう、領主たるもの、褒め力が大事なのである。

 良い提案が出たら、すかさず褒めろと私のお父さんはいつも言っていた。


「お、お師匠様、私、見張りをしてきます! いい仕事したら褒めてくださいね!」


 マツが褒められているのを見て羨ましくなったのか、メイメイはぐっと握りこぶしを作って屋上へとかけていく。

 彼女は目が大変よろしいらしく、見張りはとても得意なのである。

 

 何もないに越したことはないけど、見張りの仕事って大事だよね。

 ここいらはモンスターも多いし、いつでも防衛戦ができるようにしておかなくちゃいけないし。





「お、お師匠様ぁあああ!」


「な、なに!? もう何かあったの!?」


「なんだか、人がぞろぞろ来ましたよっ!」


 メイメイが張り切って見張りに行って30秒後、彼女は大きな声をあげて私たちを呼びに来る。

 人がぞろぞろってどういうこと?


「この間のメイメイの村人さんたちでは?」


 屋上に上りつつ、私とマツは何が起きてるのか話し合う。

 彼女の言うとおり、一番あり得るのは、メイメイの村人さんたちである。

 ドラゴンの襲撃で逃げて行ったけど、「やっぱり砦がよかった、かわいい領主もいるし」「そうだそうだ、かわいい領主ばんざい」って戻ってきたのかもしれない。

 領民ボーナスもあるし、今ならおもてなしできちゃう自信があるぞ。


「いいえ、違います! 外見からして違いますもの!」


 メイメイは森の一角を指差す。

 そこにはどこぞの軍隊かと思わしき人々が隊列を形成していた。

 ぐぅむ、旗を持っているわけでもないから完全にはわからないけど、明らかにトルカ王国の軍隊ではない。 

 そもそも、彼らの服装がかなり奇妙なのだ。

 上下ともにマツによく似た雰囲気の服装。

 明らかにトルカ王国とは文化が違うというか。


「おい、変な旗が立っているぞ!」


 そのうち金髪の青年がこちらを指さして、なんだかんだ言っているのが見える。

 変な旗とはご挨拶だわねと言ってやりたいが、ここは我慢である。

 連中が何の目的でここにやってきたのか、わからないのだから。


「あ、あれは……いや、まさか……」


 マツは何か心当たりがあるようで、額に手を当てて考え込んでいる。

 

 とはいえ、この砦に何か用があるなら言ってくるはず。

 相手はモンスターではなく、人間同士なのだから。

 私は警戒をしながら、相手の出方を待つのだった。

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