18.メイド男爵、はぐれドラゴンと相対する!



「ほら、あっちの方角ですよ!」


 屋上にのぼって、マツの指さす方向を見やる。

 そこでは鳥たちが一斉に飛び立っていた。

 とんでもない巨体を持つ何者かが、とんでもない速度でやってきているサインである。

 

「でもでも、まだ、ドラゴンって決まったわけじゃないし!」


「え? ドラゴン?」


「そう、あの人たち、村をドラゴンに襲われて逃げてきたんだって!」


「うっそぉお! すごいじゃないですか! ドラゴンって言えば、大きくて動くものの筆頭! 巨大モンスター界隈でも大人気のやつです!」 


 私がマツに一部始終を話すと、彼女は予想外の反応を見せる。

 この女、やはりどこかネジが緩んでいる。

 こんな場面で喜ぶんじゃないよ、あんた。

 巨大モンスター界隈って何よ、その近づきたくない集団は。


「ええい、とにかく、こうなったら防衛するよ! 私たちの砦の方が大きいし、ドラゴンが諦めるまで耐え抜こう!」


 私は一人で気炎を上げ、とりあえず王兄様からもらったハタキを腰ひもにひっかけ、モップを片手に臨戦態勢に入る。

 もちろん、何にもできないけれど武器と言ったらこれぐらいしかないわけで。



 うぎごがぁああああああ!


 そして、現れたのは巨大な、緑色のドラゴンだった。

 村人の言っていた通り、翼はなくて二足歩行するタイプらしい。

 その体は砦よりも小さいけれど、大きさは人間の背丈の数倍だ。

 恐ろしさで膝ががくがく笑いそうになる。


「ど、どうする!?」


「くくく、確かにドラゴンは大きいですけど、恐れるに足らずですよ、男爵! 我々にはアレがあるじゃないですか!」


 膝がぶるぶる震える私。

 一方のマツは自信ありげな表情である。

 そう、彼女は先ほど作っていたのだ。

 ヘンテコな道具を!


「あれって、まじであれ!? ドラゴン相手に役に立つの!?」


「とくとご覧じろですよっ!」


 どどどどなどと、地響きをさせながら一直線に向かってくるドラゴン。

 その口には凶悪な牙が光り、噛まれたら即死だ。

 さらに異様なのは全身を覆うウロコ。

 おそらく、ちょっとやそっとの攻撃じゃ効きもしないのだろう。


 しかし、マツは言っていたのだ。


 この大型のスリングショットがあればモンスターをやっつけられるのだと。

 すごいよ、マツ!

 備えあれば患いなしって、このことなんだねっ!



「あ、あのぉ、男爵ぅ」


「……どうかしたの?」


 ドラゴンが50メートル位の位置に近づいてきた辺りでマツが戻ってくる。

 彼女はなんだか眉毛を八の字にして、泣き出しそうな表情。


「弾を作るの忘れちゃってました……。さっき一発撃ったので終わりだったみたいです」


「はぁあああいいいい!?」


 お行儀が悪いのは分かっているが、大声をあげてしまう私。

 そりゃそうだ、発射台だけ作ってどうするのよ!?

 弾がなきゃあ、こんなのただのガラクタである。


「ひへへ、凡ミスですよ! ドンマイ!」


「ドンマイじゃないよ、この役立たずツナギ女ぁあああ!」


 てへぺろをするマツ。

 そして、その首を締めようと掴みかかる私。


 この子は一回、根性を入れ直した方がいい気がする。

 じゃなきゃ、私、いつかこいつの凡ミスで死ぬ。



「ぐふ……あ、あれ!? み、見てください! あんなところに人が!?」


「はぁ? ……え、あれって!?」


 マツにとどめを刺そうとしていた矢先、彼女は素っ頓狂な声をあげる。

 私を油断させるための巧妙な演技かと思ったが、そうではなかった。

 彼女の指し示す方向には信じられない光景があったのだ。


 迫りくるドラゴン。

 その前に立ちふさがるのは一人の少女。

 彼女の頭部には二つのお団子が見える。


「でぇえええ、あれってメイメイじゃん!」


「ひぇえええ!? どういうことですか!? 自殺志願者!?」


 マツが縁起でもないことを言い出すのだが、そう思っても仕方がない。

 相手は小屋ほどの大きさの巨大なモンスター、アークドラゴンである。

 普通の人間が、それも十歳もいかないような女の子が戦える相手じゃない。


 ひぇええ、殺戮ショーの始まりになっちゃうよ!?


「メイメイちゃん! 戻っておいでーっ!」


「それってトカゲじゃないよ!? 危ないよぉおおっ!」


 必死になってメイメイに声をかける私たち。

 せっかく助けてあげたのに、こんなところで無謀に死ぬなんて絶対に嫌である。

 もしかしたら、うちの村民になってくれたかもしれないっていうのに。


 しかし、私たちの必死の訴えもむなしく、メイメイは逃げるそぶりを見せない。


 それどころか、である。

 彼女はドラゴンを前にして、何かの構えをとるではないか。

 手に武器さえ持っていないというのに。



「ぐぎげがぁああああーっ!」


 そんなメイメイにドラゴンは咆哮しつつ一気に襲い掛かる。

 その口には大きくて鋭い牙がびっしりである。

 体は筋肉質で、鱗は堅そう。


 つまりは根っからの捕食者であり、完全な生き物なのだ。

 アークドラゴンは飛ぶドラゴンより劣るなんて言うけど、勝てる要素が見つからない。


「ひぃっ!?」


 私は思わず、目を閉じる。

 凄惨なシーンなど見たくもないし、そんな趣味もない。


 おそらくきっと、メイメイはばりぼりばりぼり、噛み砕かれてしまうだろうから。


 しかし、私の耳に聞こえてきたのは意外な音だった。



 どげしっ、びしっ、どがぁっ!


 何かを思い切り殴りつけるような、そんな音が聞こえてきたのだ。


「うっそぉおお、すごい、すごいよっ、メイメイちゃん!」


 さらにはマツの興奮した声。


 メイメイがすごいの!?

 生きてるってこと!?


 居ても立っても居られなくなった私は恐る恐る目を開ける。


「すごいじゃん……」


 そして、目の前の光景に感嘆の声をあげるのだ。

 なんとメイメイは生きていた。


 いや、それどころの話じゃない。

 メイメイはなんとドラゴンを盛大にぶん殴っていたのだ!



「ふぉふぉふぉ、見てしまいましたか……。あれがメイメイ・メイメイ。わしらの村の守り神ですじゃ」


「「守り神!?」」


 私とマツの驚きの声がハモる。

 屋上の私たちのところに突然現れたのは、先ほどの村長さんだ。

 彼は訳知り顔に長いひげをさすりさすりする。なんかむかつく。


「さよう、メイメイはめっちゃ強いのですじゃぁあああ!」


 それから彼はものすごく主観的な言葉でメイメイの強さについて説明をするのだった。

 めっちゃ強いって、子供みたいな表現だ。

 あんた、長生きしてるんだからもっとマシな表現はないのか。

 

 しかし、ここで明らかになったのはメイメイは素手でドラゴンを殴っちゃう系の少女であること。

 どう考えても強いに決まっている。


 ごくりと生つばを飲み込む私なのであった。


「我が名はメイメイ・メイメイ! 幻の暗殺拳法、堕炎光殺拳(だえんこうさつけん)を極め、世界最強になる女! この右手のうずきを貴様が止められるかな!」


 そうこうするうちに、メイメイはドラゴン相手に自己紹介をおっぱじめる。

 なんだかすっごいものを目指しているらしい。

 十四歳の香りがものすごい。


「うわぁ、幻のナントカ拳で世界最強とか言っちゃってますよぉ!? 右手がうずいちゃってますよ!? 香ばしすぎですよ!?」


 マツは容赦なく、メイメイの自己紹介にかみつく。

 目指すぐらいならいいでしょうが。

 そもそも、あの子は十歳児ぐらいなんだし、むしろ大人びてるぐらいだよ。


「ぐっがぁああああっ!?」


 とはいえ、ドラゴンのタフネスも半端ではない。

 メイメイに何発も当てられても、一向に堪えた様子がないのだ。

 むしろ、怒り狂ってその攻撃に鋭さが増したようにさえ思える。


「ひきゃあっ!?」


 そして、間合いが中途半端に開いたところで、ドラゴンが尻尾を一閃!

 メイメイに直撃すると、彼女は砦近くまで吹っ飛ばされる。


「ぐ……ぐふぅ……。なかなかやるようですね。しかし、私はまだ全力の70%までしか出してませんよ? 私が全力出したらすごいことになりますよ?」


 何とか立ち上がるも、いかにも負けフラグみたいなことを言いだすメイメイ。

 膝はがくがくと震え、肩で呼吸をしている。

 そのダメージは明らかに大きいように見える。

 はっきり言って、私だったらさっきの一発で死んじゃってると思うし。


 どうしよう!?


 このままじゃ、メイメイはドラゴンに食べられて息絶えるだろう。

 

 彼女は私たちを守るためにドラゴンに立ち向かったのだ。

 領主である私が見捨てるわけには行かない。


「メイメイ! 一時避難して! 私に考えがあるわっ!」


 私は叫ぶ。

 

 もちろん、何の考えもなかったけど。


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