17.メイド男爵、ボロボロの女の子を救助するとアレがやってくる




「ひぇええ、だ、大丈夫!?」


 領民募集の看板を出した直後に現れたのは女の子だった。

 ここらじゃ珍しい紺色の髪の毛を左右でお団子にしている。

 着ている服はボロボロで、どう見てもお金持ちには見えない。

 私はマツと一緒に彼女の手当をすることにした。

 

「あ、あの、近くの森に村の仲間がいるんです。そちらも助けてもらえませんでしょうか?」


 女の子に水を飲ませると、彼女は森の方を指さしてそんなことを言う。

 

「もちろん、助けるに決まってるじゃん! 未来の領民のために、マツ、行くよっ!」


 こういう時は人命救助が第一優先だ。

 私は森へとダッシュである。


 恩を売るために!

 あわよくば、領民になってもらうために!


「えぇえ、男爵、打算がバレバレですよぉおおお!」


 領民Aがとんでもなく不敬なことを言った気がするのだが一旦は無視。

 私は親切で寛大で、領民思いの男爵なのだから。



「お、お助けを……」


 森の奥にうずくまっていたのは、十数人ほどの男女だった。

 さっきの女の子が言っていた人達だろう。


 どの人も皆、顔色が悪い。

 怪我をしている人もいて、早急に手当てをした方がよさそうだ。


 私とマツは手分けをして、彼らを砦の中へと運び込むのだった。



「ありがとう、ありがとうございますぅううう」


「このご恩は一生、忘れませぇええん! ぐふっ」


 獣人の人たちはペコペコとお辞儀をしながら、水と食料を口にする。


 とはいえ、やはり顔色は悪いままだ。

 彼らに出しているのは魔獣のお肉である。

 正直、こういう人にはパン粥とかそういうお腹にやさしいものを出すべきなんだろうけど、そういった食材は一切ないのだ。


 それに、あの顔色、なんだか気になる。


「マツ、私、食料がないか探してくるね」


 そんなわけで私は辺りの散策に出ることにした。

 森があるということは果物など、食べられるものを獲得できるかもしれない。

 それに、森と言えば、薬草なんかも生えているかもしれない。


「おぉっ、ブルーアップルの実があるじゃん! マキイチゴもある! 薬草もしっかりある」


 森に入ると、想像以上に収穫があった。


 メイドとして訓練を受けた二年間、私は様々なメイド技術を身に着けた。

 その一つが野草採集である。

 目に入った草木を瞬時に「使えるもの」と「使えないもの」に判別し、ほぼ全自動で採集してしまえるのだ。


『ご主人様が屋外で遭難されても、最高のおもてなしをするのが我らが仕事ぉぉお!』


 教官はいつだってそう叫んでいた。

 正直、私は話半分で訓練を受けていたのだが、こんなところで役に立ってくれるとは。

 心の中で鬼のメイド長にお礼を言うのだった。


「あれれ、このキノコ、かわいい!」


 袋にありったけの果物や野草を入れ、そろそろ帰ろうかなという頃合いのこと。

 朽ちた木にキノコが群生しているではないか。

 七色に光るボディがかっこいい。


 教官はキノコには手を出すなと言っていたが、念のため持って帰ってみよう。


 うふふ、キノコシチューとか美味しいもんね!




「ひゃあ、すっごい! 大量じゃん!」


 小一時間もしないうちに食料や薬草を持ってきた私を見て、マツが感心してくれる。

 これを食べてしっかり休めば、怪我をした人達も回復してくれるだろう。


「おぉっ、ありがたい! 激痛退散草を頂けるのですか!」


「これで助かるぞ!」


 具合が悪い人には薬草が効くだろうと思っていたが、案の定、ビンゴだった。

 彼らは軽い毒に冒されていたのだ。

 私は収穫物を怪我人の皆さんにどんどん配布するのだった。


「ちょおっと待っててね! すぐに美味しくて消化にいいのを出すから!」


 さらにはキッチンに走りこみ、衰弱した皆さんでも食べられるものを用意。

 二秒ほど考えた結果、山菜のスープにすることに決定。

 ふふふ、メイド修行の結果、お料理の腕はばっちりだかんね!


「メイドさん、ご恩は忘れません!」


「あんたは俺たちの恩人だ!」


 私の手料理を食べた彼らは私をまるで神様を見るかのような瞳で感謝してくれる。

 ふくく、素直に嬉しい。くるしゅうない。


「メイドさん、美味しいです! あなたを私のコックに命名します!」


 しまいにはマツも大歓声をあげる。

 しかし、みんな、メイドメイドと呼んでくれちゃって。

 私、こう見えても男爵なんですけど。

 マツ、あんたの立ち位置はなんなのよ!?



「あ、あのぉ、メイド男爵、このキノコ、やばい匂いがぷんぷんしますよ?」


 そんな折、マツは私の収穫物であるキノコにケチをつけてくる。

 素直な怪我人さんたちとは比較にならない偏屈である。


 そりゃあ、このキノコの正体は分からない。

 分からないけれど、七色に光っててかわいいじゃん。

 女子のメインディッシュにぴったり。

 それなのにマツは私に「絶対にやばい」を連呼する。



「おぉっ、これは……幻のレインボーテングタケじゃ!」


 私たちが取っ組み合いを始めようとしていた矢先、長老的な人が割って入ってくる。

 森の植物の生態に詳しいらしく、私のキノコの正体もすぐに分かってしまう。


「ほーら、すごいでしょ! 幻だってさ!」


「ぐむむ……」


 鼻高々な私。

 対するマツは悔しそうな表情。

 にゃはは、これで一勝である。


「これは幻の猛毒キノコなんじゃよっ! 一本食べたら七回死ぬと言われておるぞい!」


 長老じみた人はさらに言葉を続ける。

 しかも、予想外の方向に。


「やっぱりヤバいキノコじゃないですか! 私、ヤバいものは勘でわかるんですっ!」


 マツは百八十度、態度を変えて勝ち誇る。


 私は「違うもん! わざとだもん!」などと謎の開き直り逆ギレをするしかなかったのであった。情けない。

 うひぃ、先ほどのスープに使わなくて本当によかった。


 ぐぅむ、毒キノコなんて使い道ないかぁ。

 マツが謀反を起こしそうなときに使うぐらいだろうか。

 私は七色に光り輝くキノコをじっと見つめて、一人、考え込むのだった。




「みんな、よかったです!」


 それはさておき、私たちに助けを求めた女の子は皆が助かると聞いて喜んでいた。

 彼女の年齢は10歳かそこら。


 あどけなさを残してはいるけれど、かわいらしい顔立ちをしていた。

 まつ毛長いし、目はくりくりだし、将来は美人になりそう。

 何より髪型がかわいいのだが、着ている服はボロボロである。

 

 ここで私は不思議なことに気が付いた。

 村人たちのうち、あの子だけが髪の毛の色が紺色なのである。

 顔立ちも違うし、人種も違う。


「メイドさん殿、あの子は、メイメイと言いますのじゃ。数か月前にうちの村に逃げ込んできて、うちの村で保護しておるんです」


 私が不思議な顔をしていているのに気が付いたのか、村長さんが例の女の子の経緯について教えてくれる。

 彼らはメイメイを実の子供のように育てているらしい。

 ふぅむ、あの子はあの子でつらい経験があるようだ。



「それにしても、どうして森をほっつき歩いていたんですか?」


「……ドラゴンが出たんです!」


 村人たちが教えてくれたのは、驚くべき内容だった。

 ドラゴンが村を襲い、壊滅寸前まで追い込まれたということ。

 幸いにも死者は出なかったが、村人たちは皆、家を失い、逃げてきたという話だ。


「ド、ドラゴン!? ドラゴンっていうのは、あのドラゴンですか?」


「はい。家よりも巨大で、炎を吐いて、なんでも食べる化け物です」


「翼はなかったので、ランドドラゴンでしょう」


 村人たちは眉間にシワを寄せて、ドラゴンの恐ろしさを力説する。


 私の記憶が確かならば、ドラゴンというのはめったなことでは人里には現れないはず。

 本来は山の奥深くやダンジョンのボスとして君臨しているのとかなんとか。

  

 やばいなぁ、いやだなぁ。


 まさか、この砦にやってきたりしないよね?


 まさかだよね、そんなの。

 

 そんな風に背中に冷や汗をかいてた、その時だった。


 屋上に行っていたマツの声が響く。



「だんしゃくぅうう、でっかい何かがこっちにやってきますよぉおおお! ひへへへ、大きくて動くものぉおおおお!!」


 悲鳴にも嬌声にも近い、大きな叫び声。

 あんのバカ変態、何を興奮してるのよ!?


 そして、彼女の叫びは次の戦いの合図だった。

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