第4章 メイド男爵、栄光国と対決する!
26.ジュピター・ロンド伯爵、栄光国に向かって陰謀を張り巡らせるよ
「ミドガルド長官、お客様がいらっしゃいました」
ここはトルカ王国の北方にある、栄光国。
その首都の一角には栄光国の特殊工作をする部署がある。
その名も、国家戦略室。
読んで字のごとく、国の戦略を決定する重要な部署である。
そのオフィスにはドレスで身を包んだ貴人の姿があった。
「ミドガルド様、お久しぶりにございますぅ、ジュピター・ロンドが参りました!」
その名はジュピター・ロンド伯爵。
トルカ王国で急速に勢力を伸ばしている若き実力者。
輝く瞳、美しい髪、細い腰。
国家戦略室の男も女も彼女の可憐な美貌に釘付けになる。
ジュピターは性格はアレだが、外見は人を間違いなく惹きつける美少女なのだ。
彼女は長官と呼ばれる女性に親し気に挨拶をする。
「やぁ、よく来てくれた。座ってくれたまえ。ふふ、ミドガルドなどと他人行儀だな。私のことはミミンと呼んでくと言っているではないか」
それを笑顔で迎えるのが、長官と呼ばれた女性、ミミン・ミドガル・ミドガルドだ。
タイトな軍服に身を包み、自慢のボディラインをくっきりと浮かび上がらせた、これまた美貌の人であった。
彼女の軍服は特注のもので、胸や腰をやたらと強調しているデザインだった。
特に突き出た胸は凶悪そのもので、はちきれそうにも見える。
ジュピターはどちらかというと華奢な体型である。
ミミンがぐいぐい胸や腰を揺らして近づいてくると、それだけで心がえぐられるのを感じる。
「まぁ、嬉しいことをおっしゃっていただき感謝いたしますわ」
ジュピターはスカートのすそをつまんで貴族風のお辞儀をする。
内心ではミミンに「このビッチ軍人が……」と悪態をつくのだったが、微塵もそんな素振りは見せない。
「ミミン様、その節は大変お世話になりました。おかげさまで我がロンド領にもいい風が吹いております」
「そう言ってくれると嬉しい限りだ。こちらも例の古臭い伯爵家を潰すのに頑張った甲斐があるというも。まぁ、アイデアは先代のロンド伯爵殿のものがほとんどだが」
人払いをした部屋の中、二人は和やかに雑談を始める。
美少女と美女の会話はとても絵になり、背景には花が咲くようである。
だが、その内容はいかにもきな臭い。
「いえいえ、全てはミミン様が裁判所を抱きこんでくれたからこそでございますわ! 何度お礼を申し上げてよいのかわかりません」
「証書や帳簿を改ざんして多額の借金を作らせるのはシンプルだがいい発想だったよ。あの伯爵家の男が慌てふためく様は今思い出しても笑えるが、あはははは」
「そうでしたわね、うふふふふ」
彼女たちが話しているのは、数年前のクマサーン伯爵家の没落事件についてだった。
由緒ある伯爵家が一夜にして多額の借金を請求され、貴族籍を廃された事件である。
善政で知られた貴族が多大な借金を作り、崩壊した事件としても知られている。
クマサーン伯爵家はトルカ王国の先代の国王からの信任が厚かったため、当時は大きな話題となった。
いくつかの貴族家は取り潰しの再考を嘆願し、国王自身も救済措置を取ろうとした。
だが、国王の崩御に従ってうやむやになってしまい、混乱の中、取り潰しになったのだった。
トルカ王国では近年まれに見る事件。
だがそれは意図的に引き起こされた陰謀だったのである。
サラが知ったなら暴れ狂うこと間違いなしである。
その裏を引いていたのが、ジュピター・ロンドの伯爵家。
そして、栄光国側の実行役が、ここにいるミミン・ミドガル・ミドガルドだった。
ジュピターは父親からその話を聞かされており、その意図にも十分に理解していた。
「君のところの領地もずいぶん拡張したらしいじゃないか」
「うふふ、ありがとうございます。計画通り、あれも確保させていただきました」
クマサーン伯爵家を潰した結果、ロンド伯爵家はクマサーン伯爵家の領地のほとんどを、「借金返済の肩代わり」という名目で手に入れることができた。
もっともそれを責めるものは誰もいない。
むしろ、ロンド伯爵家はクマサーン伯爵家の尻拭いをしてくれたと称賛されたほどである。
しかし、ただ領地を拡大することがロンド伯爵家の目的ではない。
また、栄光国の目的でもない。
彼ら・彼女らは陰謀というリスクを冒してまでも手に入れたいものがあったのだ。
それは、今の世界の権力構造を一気に変えてしまうものだった。
「ミミン様、クマサーン伯爵の屋敷から発掘した
「現在、調整中だが、もうすぐ渡すことができるだろう。ずいぶんといいものが埋まっていたようだな」
『
彼女たちが『星神』と呼ぶものは決して神などではない。
この世界で稀に発掘される超古代文明の遺物、それも都市を崩壊させかねないほどの魔導兵器を指していた。
そう、クマサーン伯爵家を没落させた目的、それはクマサーン伯爵家の領地、それも屋敷の下にあった星神を掘り出すことにあった。
そんなものが欲しくて他人の家を取り潰すなど、二人ともとんだ悪党である。
「本当に楽しみで、待ちきれません。ミミン様には感謝してもしきれませんわね」
可憐な笑顔を見せるジュピター。
だが、騙されてはいけない。
彼女の目的はトルカ王国の国家転覆だ。
数で劣るロンド家にとって強大な破壊兵器は喉から手が出るほど欲しいものだった。
そして、魔法技術によって新たな時代の創出を目論む栄光国にとって、星神の研究は国家的な大義になっていた。
「星神ひとつで小国の国家予算ぐらいかかるからねぇ。君は本当に良い拾い物ものだったよ」
「ですわね、クマサーン伯爵家もまさか屋敷の裏にあんなものが埋まってるなんて知らなかったでしょうし」
笑い合う二人の眼がギラギラと光る。
野望の光はともに同じぐらいの強さがあった。
「ときにジュピター君、そろそろ寒くなってくる頃合いだ。私も今年はコートを新調しようと思っているのだが、三着ほど迷ってるんだよねぇ。いやぁ、お金ってなぜか手元に残らないものだよ」
そんな折、ミミンは涼し気な顔で話題を変える。
そう、このミミンという女は陰謀への協力の見返りにキックバックを得ようとしてくるのだ。
あからさまに品のない行動でジュピターの思考は一瞬だけ凍ってしまう。
「そんなことしたら、私の名目でいくらでもお買い求めくださいまし!」
それでも、ジュピターは笑顔で応対する。
内心ではミミンのがめつさにうんざりしていたが、感情を顔に出すことはあり得ない。
「そうか! やはり持つべきものは友だとはよくいったものだ。トルカのお貴族様は私のような安月給の貧乏人とはやはり違うな」
ミミンは快活に笑う。
彼女の言葉は自虐のようにも聞こえるが、トゲが仕込まれている。
己の才覚でロンド伯爵家を盛り立てている自分を「トルカのお貴族様」呼ばわりするなど許しがたい。
とはいえ、ジュピターは怒りをぐぅっと喉の奥に押し込める。
彼女は感づいていたのだ。
このミミンと言う女はそれほど単純な人間ではないということを。
わざと感情を刺激して、本音を引き出そうとしている可能性もある。
キックバックを求めてきたのは、ブラフである可能性もある。
もっともそんなことは全然なかった。
ミミンは浪費家であり、高給取りの癖にどんどん給金を使ってしまうのだ。
彼女の家には買ったはいいが着用していない靴や服がたくさん転がっていた。
「……それで、ここに君が来たってことは経過報告のためだけじゃないんだろう?」
だがしかし、ミミンはただの残念な軍人ではない。
空気がほぐれたのを察知したのもつかの間、彼女の瞳が鷹のような鋭さを発揮する。
「ふふ、ミミン様は何でもお見通しですのね。……実は万死の森に面白い砦がございまして。もしかしたら、ラプタンの一部かもしれませんの」
「ラ、ラプタンの一部だって!?」
ジュピターの言葉にミミンは思わず立ち上がり、身を乗り出してしまう。
どんな素材でできているのか分からないが、立ち上がった衝撃で彼女の胸がたゆんと揺れる。
ジュピターは心の中で、ちぃっと舌打ちをするが笑顔をキープして詳細を話す。
偉いぞ、ジュピター。
「えぇ、まだ完全に確定はしていませんが。ラプタン時代のものであることは間違いありません。十中八九、古代文明の叡智が眠っていると思われる遺跡でして」
ミミンの反応とは対照的に、ジュピターの声は落ち着いたものだ。
彼女はその砦の詳細を話し始める。
いわく、トルカ王国の北の辺境にあり、長年、放置されていた場所であること。
近年になって伯爵家が秘密裏に調査し、古代の異物であるとの確証を得たこと。
「もし本当なら歴史的大発見だぞ! 話を続けてくれたまえ!」
この話は彼女にとって寝耳に水の話だった。
ラプタンの一部を発見できたのなら、その功績は計り知れない。
ラプタンとは古代文明の叡智の結晶。
星神技術の大もとになった場所とも言われている。
それを獲得することは栄光国にとって大きな意味があった。
もしも、ラプタンを発見したなら現在の地位よりももっと上に行くことだってできる。
もしかしたら、上から特別報酬が出て借金をすべて返済できるかもしれない。
もっとも他国に無断で侵入して砦をかっさらうわけにはいかないことはミミンも分かっている。
トルカ王国と栄光国は不可侵条約を結んでおり、表面上は友好的な関係に落ち着いている。
それこそクマサーン伯爵家を没落させた陰謀でもなければ他国に介入することは容易ではない。
ミミンは心の中で羨望の溜息を吐くのだった。
「でもぉ場所が最悪でしてぇ、万死の森にはモンスターが多すぎて近づけないんですぅ。うちの騎士団は例の計画のために温存しておりまして。……そこで大恩あるミミン様に砦の調査をお願いしたいなって思いまして!」
ジュピターはここで今回、栄光国を訪れた目的を説明する。
それは栄光国に砦を「調査」してもらうこと。
それは単に遺跡について調べるという意味での調査ではない。
遺跡に備わっている遺物を持ち帰ることも含まれる。
ジュピターの提案は砦に秘められている古代の叡智を譲るということだった。
「我々に調査を!? いいのかい!? 本当に!?」
ミミンは冷静さを失ったかのように目を輝かせる。
目の前にとんでもないエサをぶら下げられたのだから、無理もない話だったが。
「もちろんです。砦の所有者である王兄様には認可を頂きましたので、ぜひ、部隊を出していただければと思いまして」
ジュピターは国境を超えて栄光国が調査を行っても問題がないことを念押しする。
「キミはなんて素晴らしいんだ! これからもよろしく頼むよ、ロンド伯爵!」
法的に問題もないのなら、断る理由もない。
ミミンは大喜びして、ジュピターの手をぎゅっと握りしめるのだった。
ジュピターもまたミミンの手を握り返す。
その顔には満面の笑みを貼り付かせたまま。
二人の悪女はがっちりと手を結ぶ。
「やはり持つべきものは友達だ! 君がいれば、私はもっと上にいけそうだよ!」
借金返済の目途がついたミミンは目をキラキラさせて笑う。
彼女知らない。
ジュピターが何を企んでいるのかを。
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