27.ミミン様、砦に向けて出発する
「諸君、仕事の時間だ! 目標は万死の森の奥にある例の砦! おそらく古代文明の遺物が備わっていると思われる。諸君らの力をもって、速やかに占拠せよ! 今回の作戦は私も出向く!」
「ははっ!」
「失態を晒したものは百叩きだっ! 心して準備に入れ!」
「ははっ!」
ジュピター・ロンドが立ち去ってすぐのこと、ミミンは即座に行動に出ることにした。
それは即ち、万死の森にある砦の占拠だった。
彼女の号令に部下たちは背筋を伸ばして大きな声で返事をする。
「ふふ、期待しているぞ!」
ミミンはてきぱきと作業を開始する兵士たちを眺め笑みを浮かべる。
彼女が長を務める国家戦略室には優秀な人材が多数所属している。
栄光国の中枢ともいえる部署だった。
その中の精鋭を彼女が率い、砦に向かわせるというのだ。
並みの村であれば、一時間もかからず制圧してしまう猛者たちである。
辺境の砦など、瞬時に奪還されてしまうだろう。
「マックス・レーディンガー君、君には期待しているぞ。採用試験を首席で突破した研究所の期待の新人だからな」
居並ぶ秀才たちの中でも、ミミンが注目する人物がいた。
美しい髪に青い瞳が特徴のマックスと名乗る青年だった。
彼はエリート養成所と名高い、栄光国研究所から出向してきたのだった。
そこはミドガルドとロンド伯爵がかつて学んでいた場所でもある。
「ははっ! 私の解読能力をもってラプタン要塞の秘密を解き明かして見せます! 首席の名前に恥じぬ働きをいたします!」
マックスは胸をはって自信満々の返事をする。
確かに彼の考古学研究は優れており、研究所でも一、二位を争うほどの翻訳能力を身に着けていた。
もっとも彼が首席で入学できたのには裏があった。
彼は自分のライバルになりそうな生徒をことごとく妨害したのだ。
特にマツ・ド・サイエン・ティーヌという平民の娘にはカンニング疑惑をかけて失格させるといった、非道ともいえる行為を行った。
もっとも彼に悪びれる気持ちは一切ない。
凡人が無様に努力して肩を並べようとするのには虫唾が走るからだ。
人は生まれながらに勝者と敗者に分かれているというのが彼の持論なのである。
「良い返事だ。自信のある男は嫌いではないぞ」
「は、はひっ!」
ミミンはマックスの耳元にまるでかけるようにささやく。
その言葉はマックスの耳に入ると、異様なまでのやる気を引き出すのだった。
「ふふふ、これで古代文明の遺産は我々のものとなる。栄光国はさらに精強となっていく」
ミミンは机の上に地図を広げる。
これから始まるバラ色の未来に一人ほくそ笑むのだった。
超古代要塞を発見できたならば、それは彼女の名声を世に広めることができる。
立身出世を願う彼女にとって千載一遇のチャンスだったと言える。
「ふはは、借金返済までの道筋が見えてきたぞ! 借金取りから逃げ回る生活もこれっきりだ!」
同時に彼女はもう一つ願うことがあった。
それは浪費によって築いた膨大な借金をすべからく返済することである。
軍人としては優秀でも、生活者としては破綻寸前。
それが才色兼備のミミン・ミドガル・ミドガルドなのである。
彼女は知らない。
部下を派遣した砦にいまだにメイドが住み着いていることなど。
しかも、そのメイドがなかなかに食えないものであることなど。
◇ ほくそ笑むジュピター、野望に燃えるミミンを走らす
「ジュピター、どういうことだ!? あの砦を栄光国に譲ってしまうなど!」
ジュピター・ロンドは帰国後、父親から詰問を受けることになる。
いくら栄光国に恩があるとはいえ、無償で砦を渡すことは暴挙ともいえる行動だからだ。
ジュピターに家督を譲った彼であるが、まだまだジュピターの後見人でいるつもりなのだろう。
「うふふ、お父様、何の心配もいりません。あの砦の周りにはモンスターがうようよおりますし、私のドラゴンが二体も放たれてるんですよ? なんて都合がいいんでしょう」
叱られているはずのジュピターは不敵な笑みを崩さない。
彼女が話したのはいつぞやの逃げ出したドラゴンについてだった。
王国の騎士団をひねりつぶすために秘密裏に購入した切り札の一つ。
その爪は敵を引き裂き、ブレスは堅牢な城壁さえも破壊する。
「ド、ドラゴンだと、お前まさか……!?」
父親の顔色が一気に悪くなる。
彼はジュピターの真意を理解したのだ。
「お察しの通りですわ、お父様。あの下品な女には消えてもらうことにします。私、あぁいう女大嫌いなの。私のドラゴンのエサになってもらうわ」
ジュピターは瞳の奥をぎらりと光らせ、父親はぐぅっと唸る。
彼女の狙いは砦の譲渡をエサに栄光国の邪魔者をおびき寄せ、消すことにあったのだ。
ジュピター・ロンドはミミンを心の底から信用してはいなかった。
いつ裏切るかわからないし、そもそも共犯者がいるというのは非常に危険なのだ。
「なんと、お、恐ろしい子なのだ、お前は……」
ジュピターの策謀に父親は舌を巻く。
そして、彼女であれば必ずロンド伯爵家の野望を貫徹してくれると安堵する。
だが、同時に彼女の底知れぬ暴虐さに背筋が冷たくなるのを感じるのだった。
「うふふ、私たちが砦を確保するのは邪魔者を消してからで十分間に合いますわ、お父さま」
ジュピター・ロンドは可憐に笑う。
しかし、その言葉の奥にはどす黒いものが渦巻いているのだった。
彼女は知らない。
そもそも彼女の愛するドラゴンはもうこの世には存在しないということを。
そして、この栄光国の派兵がこの地域の歴史を大きく塗り替えてしまうことを。
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