12.マツさんがメイド男爵(仮)に出会うまでの悲惨で心温まる話
私の名前はマツ・ド・サイエン・ティーヌ。
どこにでもいる普通の16歳の女子です。
実家はサイエン魔道具店というお店をやっています。
魔道具とは魔力を動力にして、様々な魔法を発現するための道具のこと。
子供のころから魔道具に囲まれた私は、魔道具が大好きです。
将来は一流の技師になるんだと、一生けんめい勉強しました。
そして、私は自分の国で一番優秀な学園に入学できたのです。
学園での勉強は楽しく、魔道具制作では優秀賞を頂きました。
自分の大好きなことで認められて、すごく誇らしい気持ちでした。
「ティーヌはきっと一流の魔導研究所に入るに違いない」
級友や先生たちは私をそんな風に褒めてくれました。
魔導研究所と言うのは、様々な魔道具の研究や開発を行う場所のことです。
特に隣国の栄光国の魔導研究所は優秀な研究者を擁していることで有名でした。
そこに務めることは一流の魔道具師の証。
将来は約束されたものだと言われるほどです。
「えへへ~、それほどでもないですよぉ~?」
謙遜しながらではありましたが、恥ずかしい話、私はうぬぼれていたのです。
私ならば、名だたる魔導研究所にパスするだろうと。
私の頭脳と技術ならば、と。
しかし、私が経験したのは恐ろしい現実でした。
就職試験で最も早い日程は栄光国の魔導工学研究所のものでした。
そこはこの大陸で一番の頭脳が集まる場所とも言われ、私の第一志望の研究所です。
私は気合十分に試験会場へと向かいました。
筆記試験は確かに手ごわく、そこそこ難しいものでした。
それでも一生懸命に勉強してきた私には想定の範囲内の問題ばかり。
技術試験では一番早く正解の物質を抽出しましたし、自分でも十分に手ごたえがありました。
ところが、です。
事件が起きたのです。
「君が、秀才と名高い、マツ・ド・サイエン・ティーヌ君かい?」
筆記試験の二日目に、試験会場に向かっていると、とある男子生徒が私に話しかけてくるではありませんか。
彼は背が高く、金色の髪の毛がサラサラとした育ちのよさそうな男の子でした。
いかにも育ちのよさそうな甘いマスクをしていました。
私の郷里にはそんな洗練された男子はいないので、それだけでもびっくりしてしまいます。
「オウフ、秀才だなんて、そんなことないですよぉ……」
しかも、彼は私のことを秀才だなんて呼ぶのです。
私なんて路傍の石みたいなもので、こんなかっこいい人に名前を覚えてもらえることなんてないと思っていたからです。
もしかしたら彼は私の噂を聞きつけたのかもしれません。
私も郷里ではちょっとは名の知れた学生でしたし。
うひぃ、ちょっと照れてしまいます……。
顔が熱くなって、ぽかぽかしてくるのを感じました。
「君にこれを渡しておきたくてね。試験が終わったら、また会おうじゃないか!」
彼はにこっと笑顔を作ると、私に封筒を渡してきました。
ワックスで封をした、きちんとしたお手紙です。
異性からのお手紙なんて初めてです。
ラ、ラブレターなんてことはないにしても、お友達になりたいとか、一緒に勉強をしたいとか書かれているのでしょうか。
私は彼からの手紙を受け取ってしまったのでした。
それに何の意味があるかなんてことも知らずに。
◇
「お前がマツ・ド・サイエン・ティーヌだな?」
「君にカンニングの嫌疑がかけられている。大人しく、持ち物を出しなさい」
それは午後の筆記試験が終わった時のことです。
試験官の男の人が数名、私の机を取り囲むようにして現れたのです。
「わ、私、何もしていませんけど……?」
もちろん、私はやましい行為などしていません。
勘違いだろうと思って、彼らの指示に大人しく従うことにしました。
すぐに身の潔白が晴れるだろうと思っていたからです。
しかし、現実は違いました。
「おい、なんだこれは!? どうして、お前が明日の筆記試験の問題を持っているんだ!?」
試験官の一人が私に一枚の紙を見せてきました。
そこには明日の試験科目である、魔法考古学の問題が描かれているとのこと。
私は目を見張ります。
なぜなぜ彼の手には、先ほど、あの男の子がくれた手紙の封筒が握られていたからです。
「ち、違います。それはただ受け取っただけで! あ、あの金色の髪の男の子からもらったんです! 試験問題だなんて、私、そんなの知りません!」
必死になって弁明をします。
私は手紙の封筒の中に試験問題が入っていることさえ知りませんでした。
「黙れ、小娘が! これは窃盗だぞ!?」
「お前の試験は中止だ! 今すぐ、私たちと来てもらおう」
しかし、試験官の人たちは私の言葉など聞く耳を持ちません。
私があの男の子のことを伝えても、「レーディンガー公爵家のご子息に罪を擦り付けるとは、なんと不遜な奴!」とまで言われるではありませんか。
私はわけのわからないまま、彼らから何時間にもわたって尋問を受けたのでした。
いつまでたっても罪を認めない私に業を煮やして、試験官の一人は私の頬をひっぱたきました。
親にも殴られたことがないのに。
すごく、すごく、痛かったし怖かった。
「貴様のような心根の腐った卑怯者は二度と来るな!」
私は試験会場から叩きだされてしまい、こうして私は受験資格を失うことになったのです。
何が何だったのか。
あの男の子は私にあんなものを渡して何がしたかったのか。
帰り道、私は悔しくて、悔しくて、泣きました。
舞い上がってしまった、私の愚かさにも。
しかし、私の悪夢はこれだけではありませんでした。
「マツ君、君はとんでもないことをしてくれたね。栄光国に目をつけられたらどうしてくれるんだ! 君は退学だ!」
筆記試験の問題を盗んだと私の学校にも通達が行っていたのです。
結果、私は卒業を間近に控えたタイミングで退学になってしまうのでした。
卒業さえできていれば、ひょっとしたら他の研究所でも雇ってもらえたかもしれません。
だけど、それは敵わぬ夢に終わりました。
私の進路は八方ふさがりで、息をするのも苦しかったのを覚えています。
「あれだけ期待させておいて、何だあの体たらくは」
「あれが我が校の首席だなんて恥ずかしい」
退学なって学校をとぼとぼ歩いていくと、級友や先生たちに陰口を叩かれるのが聞こえました。
悔しかったけれど、それ以上に悲しかったのです。
私はやってない。
問題なんて盗んでない。
なのに、誰も私の話を聞いてはくれませんでした。
一度ついてしまった汚名を返上するなんてことはできっこなかったのです。
私は自分にちゃんとした友達がいなかったことを悔やみました。
成績を鼻にかけた嫌な奴だったんだなって気づいたんです。
友達、欲しかったなぁ。
ぽたりぽたりと、涙がこぼれました。
◇
それから私はぼんやりと実家の商売の手伝いをしていました。
実家の皆は私に優ししけれど、どこか腫れ物を触るかのような態度です。
彼らは私の能力を知っているので、私の言い分を信じてくれました。
私への扱いが不当だと怒ってもくれました。
だけど、私の家は平民の家。
どこかの国の貴族の子息が相手では、できることなんてありません。
「ティーヌ、よく来たのぉ。今日も魔道具でも分解していくかの?」
唯一、私の心を癒してくれたのはおばあちゃんでした。
両親を早くに亡くした私にとって、育ての親でもあります。
もともとは腕利きの魔道具エンジニアでしたが、事故で体が不自由になってからは隠居しているのです。
それでも、おばあちゃんとだけは話が合って、私はたびたび、家に泊まりに行くのでした。
「ティーヌ、暇してるなら倉庫を整理してほしいのじゃ。先代の残した面白いものがあるかもしれないのじゃよ」
「倉庫?」
ある日のこと、私はおばあちゃんに言われて、うちの倉庫を整理することになりました。
とっても大きな蔵で魔道具の在庫から試作品やその材料、あるいは使途不明のガラクタまでところ狭しと並べられている場所です。
私はそこであるものと再会したのです。
魔道具屋の奥の奥、そこには年代物のガラクタが置かれています。
その中にはひときわ異彩を放つものがあったのです。
『天空要塞ラプタン』と題された、摩訶不思議な巨大要塞の絵です。
すごく大きい建物なのに空に浮いてる巨大要塞。
どんな仕組みで動いているのでしょうか。
私は子供のころにもその絵を見て、ワクワクしていたのを思い出しました。
「デュフフ、たまらないですねぇ」
嫌な記憶を忘れて、思わず笑みがこぼれてしまいます。
その絵は私のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんが描いたと言われています。
テーマはご先祖様が発見した摩訶不思議な砦だとのこと。
もっとも、そんな話は与太話だろうと親族一同考えていました。
「これだ……!!」
だけど、時間と体力を持て余していた私は思ったのです。
せっかくならその天空要塞を探してみようって。
私は大きくて動くものが好きです。
栄光国の研究所に入ろうとしたのも、巨大なゴーレムや動力機械の研究ができるんじゃないかと思っていたからです。
伝説ではラプタンの落ちた場所はトルカ王国の北の大地と言われています。
人がほとんど住んでいない辺境で、モンスターも多く、万死の森と呼ばれているエリアです。
反対する家族を押し切って、私は冒険旅行に出ることにしました。
「じゃあ、行ってきます!」
一人旅は不安ですが、自分に向き合いたい私にはちょうどいい機会でした。
野宿をしながら、十数日間、フィールドを探索し、今後の研究テーマを決めようと思っていたのです。
そう、研究は自分一人でもできるんです。
私はこれからラプタンの研究だけをして生きて行こうと決めたのでした。
辺境の大地にはモンスターが沢山いるのは知っています。
だが、恐れるに足らずです。
私はおばあちゃんから、たくさんの魔道具を預かったのです。
切れ味が数倍になった武器でやっつけてやると息巻いていました。
しかし、しかし、現実はそう甘くはありませんでした。
気づいた時にはモンスターの群れに囲まれてしまったのです。
私は魔道具を作るのは好きですけど、扱うのは苦手なのでした。あはは。
いや、笑ってる場合じゃないんですけど。
このままでは食べられちゃう!?
そう思った矢先に奇跡が起きました。
ひゅーん、どがあぁああああああんっ!
突然、モンスターに向かって何かが落ちてくると、爆発したのです。
それはまるで神様の雷のようでした。
爆風で私は吹っ飛ばされ、荷物一式を全部失いました。
だけど、生きていました。
モンスターは全部死んじゃったにもかかわらず。
私はほうほうの体で、辺りをさまよいました。
喉が渇き、お腹もすいてきました。
このままではモンスターのご飯になってしまうこと必定です。
そんな時、やけに黒光りする砦を発見したのです。
砦の屋根にはクマの顔が描かれた旗が掲げられていました。
砦には「クマサーン男爵領」と書かれていました。
助かった。
よかったぁ。
人間が、それも男爵様がいらっしゃるんだ。
安心したせいか、体から力が抜けていくのが分かります。
辺りを見回すと奇妙な光景を目にしました。
メイドさんがいたのです。
しかも、ただのメイドさんじゃありません。
なんと、そのメイド、巨大なモンスターを解体しているのです。
ものすごく集中しているみたいで、私のことに気づいていない様子。
私は思い切って彼女に話しかけることにしました。
一晩でもいいので泊めて欲しいと。
「あ、あのぉ……」
恐る恐る彼女に近づくと、前方から何かが私に飛んできました。
それは何だかドロドロして、濁った赤い液体でした。
そして、私は叫ぶのです。
「目がぁああ!? 目がぁあああ!?」
私は顔を抑えながら、意識を失ってしまうのでした。
◇
「ここは……」
目を覚ますと石造りの建物の中にいました。
どうやらメイドさんが私を介抱してくれたようです。
ピンク色の髪の毛の彼女は笑顔の素敵な女の子でした。
メイドさんは男爵を勝手に名乗るなど、最初はちょっと頭がアレな人なんだと思ってました。
だけど、とってもいい人でした。
食事も出してくれたし、新鮮な水も出してくれました。
そして、何より驚いたのは、彼女はこの砦の主だったのです。
ある程度、砦の謎を解き明かしていることも判明しました。
男爵なんだっていう時の彼女の顔はすごく嬉しそうで、キラキラしていました。
私は思いました。
サラと一緒に、この砦の謎を解いてみようって。
彼女なら私のことを色眼鏡で見ないし、心の底から理解してくれそうな気がしたのです。
そして、できることなら、友達になれるのかも、なんて。
それが私の一生を大きく左右する決断だなんて、その時は知りませんでした。
だけど、私はそれを後悔していません。
いいえ、後悔どころか感謝することになるのです
これから始まる、文字通り、歴史に残る日々を私は生きるのですから。
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